エピローグ
ザイトヘル伯爵は、あれから数日後に息子の存在を世間に公表した。
聖教会と面と向かって対立する訳にも行かず、行方不明となっていた息子が見つかったという事にして……
それを機にヴァルは、私が王宮を出る数日前に、ザイトヘル伯爵家に戻る事となった。ヴァルは、私が王宮を出るその日まで、専属護衛騎士を続けると言っていたが、私を迎える者が専属護衛騎士の格好のままだと、変に勘ぐる者や軽んじる者もいるだろう、そんな思いを私にさせていいのかというザイトヘル伯爵の説得にて、渋々伯爵家に戻っていった。
そしていよいよ、私が王宮を出る日、貴族然とした姿のヴァルが、ザイトヘル伯爵と共に私を迎えに来た。
その姿は、スラリとした長身に、やや中性的な美しい容姿を兼ね添えている為、一見優男のようにも感じるが、その毅然とした態度には凛々しさがあり、見る者の心を鷲掴みにするような魅力があった。
特に、女性の目を奪う程の魅力を兼ね添えたヴァルが、私を迎えにきた時、周りからは惚けるような溜め息がいくつも聞こえてきたものだ。
しかし、そんな周囲の様子など我関せずといったふうに、ヴァルの視線は私にだけ向いている。
「シンディ様、お迎えにあがりました」
そう言った時のヴァルの笑顔は、本当に眩しくて、周りからは「キャー!」という黄色い歓声まで聞こえてきた程。
もちろん、私も心の中で悶えていたが、元王太子妃という矜恃をもって、穏やかに微笑んで対応した。
しかし、その時の私は顔が真っ赤になっていたそうで、熱でもあるのでは?と思って心配したと、後でヴァルに言われたのは記憶に新しいが……
ヴァルの元に下賜という名の元で嫁いで以降、これまでにないくらいの幸せが待っていた。
ヴァルは、これまでも私に過保護だったが、妻となった今では、それ以上の過保護っぷりを発揮している。
義父となったザイトヘル伯爵は、そんな私たちを見て、
「口から砂糖が出そうだよ。甘い物いらずの毎日だね」
と苦笑しているほどだ。
そんなヴァルだが、もともと聖教会にて、色んな座学や貴族のしきたりなども教えられており、基礎は出来上がっていた。
しかも、私の事以外では、冷静でとても優秀なので、ザイトヘル伯爵家の嫡男として、しっかりと父からの教えを吸収しているようだ。
結婚して半年後。
私は風の噂で、サイモン様が亡くなった事を知った。
その最期は、心臓発作が原因なのか、過酷な労働に耐えられなかったからなのか分からないくらいに、身体はボロボロでやせ細り、誰だか分からない程であったという。
死に直面した時、サイモン様は何を思ったのだろう。
過去、死を迎えるたびに生き返って、六回もやり直しをしてきた私にとって、死とは何か、未だに分からない。
だからなのか、サイモン様の死を聞いても、実感が湧かなかった。
あれほどの長い時間、時を超えて苦しめられ、悩まされた人であったサイモン様の死を、自然に受け止められる日が来たなら。
その時、ようやく繰り返していた回帰も終わった、と感じられるのだろうか。
――そして、そのままゆっくりと時は過ぎ。
なんと、子を為せないと諦めていた私が、結婚して二年目に妊娠した。
その時の喜びは言葉に表せないほど。
ヴァルは、より一層、私に過保護となり、義父も、世界中から子ども用品を多量に取り寄せ、我が家は歓迎ムード一色となった。
生まれてきた子供は、ヴァル似の女の子だった。
成長するにつれ、ヴァル似というより、亡くなられたヴァルの母君似になっているそうで、義父の可愛がり様はヴァルも呆れる程だ。
そして、その三年後には私似の男の子を授かった。
二人の子宝に恵まれるなんて、私は本当に幸せ者だと思う。
この幸せを運んできてくれたヴァルには、感謝してもしきれないほどだ。
「いつもありがとう、ヴァル」
私がそう言うと、決まってヴァルも言ってくれる事がある。
「俺は、貴女が笑って過ごしてくれていなら、それでいい」
そう言うヴァルは、私を見ながら時々涙ぐむ時すらある。
不思議に思って聞いてみると、いつも誤魔化されてしまうが……
こうして幸せに暮らしている私に、
リリアの情報は一切、入ってこない。
多分、ヴァルや義父は知っているだろうが、娼館での出来事を、女の私には聞かせられないといった配慮なのだろうか。
亡くなったなら教えてくれるはずだから、リリアはあの悪烈な場所で、未だに地獄をみているのだと思う。
こうして過ぎていく日々の中、私はようやく苦しかった運命から、解放されたような気がした…………
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「よっ! お前の姫さんは元気?」
「リック?」
リックは時々こうして、我が家、ザイトヘル伯爵家に、俺の様子を見に来る。
「これでもう、お前が能力を使う事も無さそうだな」
「しっ! リック! 声がでかい!」
周りを見渡しながら、俺はリックの口を塞いだ。
「う……! 分かった! 分かったから手を退けてくれ!」
リックがもがくので、渋々手を緩めてみる。
「全く……一生、姫さんには知らせないつもりか?」
呆れたようにそう話すリックに、俺は頷いた。
「言うつもりはないよ。もうこの能力も封印するからね。俺が力を使ったのを知っているのは、お前だけだ。だから、お前も、もう忘れてくれ」
「それでいいのか?」
「ああ、それがいいんだ。話してしまうと、どうしても過去に引きづられてしまうだろう? 俺はあの人に、いつも笑顔でいてもらいたいだけなんだ」
俺の言葉を聞いて、リックは肩を竦めた。
「分かった。なら、この話はもうおしまいだ。正直、その力をお前が使うのは嫌だったからな」
俺の死を見た事のあるリックは、思い出したかのようにそう言った。
「あら、リックさん、来てらしたのですね?」
ちょうど話し終わった頃、シンディがやって来た。
「リックさんも御一緒にお茶をどうぞ。丁度お茶の準備が出来たので、ヴァルを呼びに来たところでしたの」
笑顔でそう言う彼女を見て、あらためて思う。
俺の力は、彼女の悪夢のような過去と共に封印しようと。
過去は振り返らず、これから共に過ごす未来に向かって、進んでいこう。
「ありがとう、シンディ。貴女の入れてくれるお茶が一番美味しいよ」
「まぁ、ヴァルったら! それは飲んでから言って下さいな」
そう言って笑う貴女の笑顔を、これからも守り続けていこう。
俺は心の中で、そう決意しながら、リックを交えて、シンディと共に、美味しいお茶を楽しんだ。
~完~