50 これからの未来
ヴァルに連れられて、私達は王宮内にある王太子妃専用の中庭に来る。
ここを使用出来るのも、城を出るまでのあとわずか。
そこにある四阿にて、私はヴァルに促されて椅子に座った。
ヴァルは、私の前に跪き、私を真剣な表情で見る。
「シンディ様。俺は貴女の事、護衛騎士となる前から知っていました。貴女の、どんな事にも真摯に向き合う姿に惹かれ、いつしか貴女を守れる存在になりたいと思うようになりました。
貴女の専属護衛騎士となれた事は、俺の一番の栄誉であり、自慢でした」
ヴァルが話す一言一言を、大切な贈り物のように、私は真剣に受け止めていく。
護衛騎士となる前から、私を知っていただなんて、知らなかった。
一体何処で私達は出逢っていたのかしら……
「そして、専属護衛騎士となってからは、貴女が懸命にあの二人の策略を阻止していく姿に、感銘を受けました。貴女は尊敬すべき方であり、命を賭してお守りする価値のある方だと考えるようになりました」
少し大袈裟なくらい、ヴァルは真剣な表情でそう言ってくれる。
ヴァルから見た私は、すごく美化されていると思う。だって私はそんなに立派な人間じゃない。
本当はこんなにも臆病で、貴方がいないと、恐らく途中で挫折し、あの二人には勝てなかっただろう。
「気負う事など、何もないです。貴女はそのままでいいのですから」
私の思っている事が、まるでヴァルに筒抜けのようだ。
思わず、赤面してしまう。
「こうして貴女と出逢えた奇跡、そして困難に打ち勝てた奇跡に感謝しています。そのうえで、これからも貴女のお傍に居たいと強く願うようになりました」
ヴァルはそう言って、私に手を差し伸べた。
「シンディ様 どうかこれから先も、俺に貴女を守る権利を与えて下さい。そして願わくば、共に添い遂げて頂きたいのです。
俺は貴女を心から大切に思っております」
そう言った後、ヴァルはバツの悪そうな表情をした。
「これは本来、まだ下賜の話を聞かれる前に、お伝えしたかったことなのですが……」
そう言うヴァルに、私は溢れ出しそうな涙を必死に我慢しながら、差し伸べられた手をとる。
「わたくしこそ、ごめんさい。ヴァルは悪くないわ。私が貴方の話をずっと聞かなかったから……」
そう言って、私は抑えきれなかった涙を流しながら、ヴァルに謝った。
「貴方から別れの言葉を切り出されると思っていたの。貴方が決めた事に、ちゃんと笑顔で送り出さなければならない。
そう思うのに、心が追いついて行かなかった。
あのね、ヴァル。わたくし、貴方がわたくしの傍から離れるのが、とても恐かったの。わたくしも、これから先ずっと貴方と一緒に居たい。こんなわたくしですが、共に添い遂げさせて下さいますか?」
そう言った途端、ヴァルは私の手をグイッ自分の方に引き寄せた。
思わず体勢が前のめりで倒れそうになる。
そう思った瞬間にはすでに、ヴァルの腕の中に閉じ込められていた。
「シンディ様……ありがとうございます」
少し震えた声で、そう言ったヴァルの腕の中で私は思う。
まさか、こんな未来が待ち受けていたなんて、思ってもみなかった。
この奇跡のような未来を授けてくれた神に感謝し、この先もずっとヴァルと共に歩んでいける幸せを大切にしよう。
「ヴァル……わたくしこそ、本当にありがとう」
ヴァルの腕の中で幸せを感じながら、私は心からの感謝を伝えた。
****
私達が部屋に戻ると、ザイトヘル伯爵からの面会希望を聞かされた。
ザイトヘル伯爵の待つ応接間に、ヴァルと一緒に向かう。
二人して部屋に入ると、ザイトヘル伯爵は嬉しそうに顔を緩めながら、こちらを見た。
「あぁ、やっと伝えられたようだね。我が息子がこんなにもシャイだったとは、新たな発見が出来て、とても嬉しいよ」
ヴァルは伯爵に言われて、ややバツが悪そうな表情をする。
「ザイトヘル伯爵、この度は色々とご尽力して下さり、本当にありがとうございます。これからよろしくお願い致します」
「こちらこそ、ようやく願いが叶い、とても喜ばしく思っておりますよ。
これから、息子夫婦がそばに居てくれる毎日が送れるとは、夢のようだ」
私の言葉にザイトヘル伯爵は、とても嬉しそうな表情で、そう答えてくれた。
ザイトヘル伯爵の話によると、ヴァルが生まれた年に聖教会から使者が来て、教皇様の名のもとに攫うようにしてヴァルを連れ去っていったそうだ。
その事でザイトヘル伯爵夫人は、ショックの余り体調を崩し、そのまま帰らぬ人となってしまったらしい。
ザイトヘル伯爵は、聖教会のやり方を国王陛下に訴えたが、世界的な規模で絶大な力を持つ聖教会に立ち向かう事が出来ず、難色を示していたという。
それでもザイトヘル伯爵は再三に渡って訴え続け、自分が息子を探し出した暁には、聖教会と国として掛け合ってほしいと、陛下に約束を取り付けた。
その当時、聖騎士候補として集められた児童たちは、何処で育成されているのか秘匿されており、一切の情報を手に入れる事も出来なかったらしい。
それでも伯爵は諦めず、何とか息子の所在を突き止めようと、必死で色んな情報をかき集めていくうちに、怪しげな事をやっているという噂が立ってしまったのだという。
「まぁ、一時期は人に言えないような、かなり際どい事もやっていたので、その噂もあながち嘘ではなかったというわけで、放置しておりましたが」
伯爵は、当時を振り返って、感慨深げにそう話す。
「しかし、その噂も時には役に立ちますがね。シンディ様のお父上がこの度の件で、どうして親に何も言わずに下賜したのかと、訴えておりましたが、私も陛下との間に入り、少し侯爵の不利になる情報を匂わせるだけで、すぐに訴えを取り下げて早々にお帰りになられましたし」
と、とてもいい笑顔で伯爵はそう話す。
一体どんな情報だったのだろうと少し気になったが、あの父がすんなり引き下がってくれたのなら、良しとしよう。
そして、ずっと気になっていた事を私は聞いてみた。
「以前に伯爵は、私に協力したと話されておりましたが、それはどういったことを? もしや、リリアに婚約を打診していた事と関係ありますか?」
「ああ、まさにその通りですな。息子を見つけた時に、すぐに息子の身辺を調べまして。その時に、息子がお守りしようとしている、貴方様の邪魔になりえる存在を知りましてな。それなら、排除してしまえばいいと、丁度ローガスト家が娘の結婚相手を探している情報を手に入れたので、名乗りを挙げたのです。
もちろん本気で妻とする気はなかったですよ。ただ貴女方から、引き離した方がいいと判断し、それに……まぁ、息子に怪我を負わせた原因を作った相手なので、引き取った暁には、少々現実というものを教えてやらねばという気持ちがあったのも、否定出来ませんがね」
そう笑顔で話すザイトヘル伯爵に、やはりこの人は、敵に回してはいけない人だと感じ、思わず顔が引き攣ってしまう。
「でもあのお嬢さんは、それだけでは済まない人物だったようなので、早々に婚約の打診は取り下げたのですよ。私の情報網によると貴方様や息子のやりたかったのは、あのおバカ二人の断罪だったようなのでね。だから息子からあの書物を送られてきた時に、私は息子に親子である事を伝え、全面的に協力する事を申し出たのです」
なるほど。だからあの時、絶妙なタイミングで伯爵はあの書物の事を、皆の前で切り出してくれたんだ。
今回の回帰では、今まで起こり得なかった事ばかり。その事に疑問を覚えながらも、上手くいったのは、色んな人が助けてくれたからであると実感する。
「ありがとうございます。伯爵や他の方々のご協力なくしては、とてもあの二人を追い込むことは出来ませんでした。
心より感謝申し上げます」
伯爵に向かって、私はカーテシーをしながらお礼を告げた。
そして、ヴァルの方に向き直る。
「ヴァル、貴方が常に私の傍でわたくしを支えていてくれたからこそ、わたくしは晴れてあの二人から解き放たれたのです。貴方にも、心からの感謝を申し上げます」
かなり遅くなったが、ヴァルにも心からの感謝を伝えた。
「俺の方こそ、ありがとうございます。貴女がこうして生きていてくれているだけで、俺は……」
そう答えたヴァルに、少し疑問を覚えながら……