46 一連の結末③
「ザイトヘル伯爵よ。何故そんなにシンディを気にかけるのだ?」
陛下も同じように疑問に思ったのだろう。ザイトヘル伯爵にそう問うた。
「その件につきましては、後ほど。
その前に報告しなければならない事がございまして。
まずはこの騎士から、陛下に願い出たいと申しておりますので、騎士の話を先に聞いて頂けますか?」
ザイトヘル伯爵の言葉に、皆の視線がヴァルに向く。
「あぁ、シンディの専属護衛騎士か。確か名前はヴァルであったな。して、そなたの願い出たい事とは、なんだ?」
「発言を許可して頂き、感謝致します。
国王陛下は先程、私に褒美を遣わして下さるとおっしゃいました」
「ん? あ、あぁ確かにそう言った。何か望みがあるのか?」
陛下は、ヴァルにそう言われて頷きながら問うた。
「はい。私は聖騎士となるべく、赤子の時に聖教会に引き取られました。しかし能力が開花せず、王宮騎士となったのです」
「うむ。先程シンディからも、そのように聞いておる」
「さようでございましたか。私の出自は聞かされておらず、身寄りはいないものとし、ここでシンディ妃をお守りすることに生涯をかけるつもりでございました」
「うむ。そうであったか。しかしシンディの今後によっては、仕える相手が代わるやもしれん。そなたほど優秀ならば、それに見合った能力の持ち主でないといかんだろう。どれ、遠慮せずに申し出るがよいぞ」
ヴァルの言葉に、それとなく自分を匂わせるように、陛下はそう答える。
「いえ、私はシンディ妃の護衛騎士の任が解かれた暁には、王宮騎士を退き、生家に戻ろうと考えております。
まずは、その許可を陛下にお願いしたく」
「生家? そなたは先程、身寄りがないと申しておったのではないのか?」
ヴァルの言葉に、陛下は疑問を呈す。
もちろん、私もヴァルの言葉に驚きを隠せないでいた。
ヴァルの生家? そんな事、一度も聞いた事がなかった。
そんな重大な事を聞かされていなかった事に、とてもショックを受ける。
そうか……私はヴァルにとって、それだけの存在……
ヴァルは今回の事を機に、私から離れて別の人生を歩む決断をしていたのね。
私は自分がここから出ても、ヴァルは付いてきてくれると勝手に思い込んでいた。
そんな自分勝手な思い込みをしていた自分が、とても恥ずかしい。
この決断をしたヴァルを笑顔で送り出さなければならない。
だが、今までヴァルには迷惑をかけっぱなしで、頼りまくっていた自分を振り返ると、恥ずかしすぎて顔を上げる事も出来ない。
どうしていいか分からず、動揺を隠すだけで精一杯の私は、ヴァルを見る事も出来ずにいた。
ヴァルは陛下の質問に答える。
「はい。ですがシンディ妃に仕えていた私を見て、父が気づいてくれたのです」
ヴァルはそう言って、ザイトヘル伯爵を見た。
「そうですよね? 父上」
ザイトヘル伯爵は、その言葉に大きく頷く。皆は驚き、一斉にザイトヘル伯爵に視線を向けた。
「さよう。ようやく見つけたのですよ、陛下」
ザイトヘル伯爵は、とても嬉しそうにヴァルを見ながらそう話した。
「まさか……そなたが二十年くらい前からずっと訴えていた、あの時の……?」
「正確には二十三年前からですよ。この子が産まれてからすぐに聖教会に連れ去られて、そのショックで妻は……」
ザイトヘル伯爵はその当時を思い出すかのように、辛そうな表情をした。
「しかし、ようやく見つけたのです。階段から落ちてきたシンディ妃をお守りすべく、身を呈して受け止めた騎士を偶然見た時に。
なにせ、その騎士の顔が亡き妻に瓜二つでしたからね。
滅多に社交界に顔を出さなかった私ですが、王太子の結婚式には参加して、本当良かった。
その時の驚きは、今も思い出すと感動で震えます」
そう陛下に説明したあと、ザイトヘル伯爵は私に視線を寄越した。
「シンディ妃。私は貴女にもとても感謝しているのですよ。貴女のお陰で私は息子を見つけられたも同然ですからね」
そう言って、穏やかな笑みを浮かべた。
ザイトヘル伯爵に続き、ヴァルが話を続ける。
「陛下、ですので、私はシンディ様が妃殿下であらせられるその日までお仕えし、その後は辞させて頂きたくお願い申し上げます」
「う~む……そうか、そなたがザイトヘル伯爵の……ならば仕方あるまい。そなたを見つけられたなら、伯爵家に戻せるように教会に掛け合うと、二十三年前に約束してあったからな。それがすでに教会から出ているのであれば、掛け合う必要もない。優秀な騎士を失うのは残念だが、そういった事であれば認めざるを得ないな」
ヴァルの言葉に、陛下は渋々そう返答した。やはり陛下は、私が居なくなったあと、ヴァルを自分の傍に置くつもりだったようだ。
「そうです。これは私と陛下との、長きに渡る約束でした。そして、長い年月を経て、ようやく息子を取り戻せる時が来たのです」
ザイトヘル伯爵はそう言ったあと、私に視線を向けた。
「だからこそ、私は恩あるシンディ妃の行く末に、何か力になれればと考えたのです」
その言葉に私はビックリする。
恩だなんて……
それどころか、私の方が散々ヴァルを頼り、迷惑をかけまくっていただけなのに。
改めて振り返ると、どうにも居た堪れない思いがして、ヴァルのほうを見られない。
しかしヴァルは、そんな私の様子を見て、申し訳なさそうに向き直った。
「シンディ様、色々あったばかりでお疲れのところ、申し訳ございません。
私の件につきましては、改めて後で、シンディ様にご説明させていただきます」
そう言って、頭を下げてくる。
私は、どう返答したらいいのか分からず、頭を下げているヴァルを呆然と見ていた。
そんな様子の私達を見て、陛下が嘆息する。
「どうやら、我々はこの後ゆっくりと、ザイトヘル伯爵とその息子を交えて、話さねばならんようだな。
シンディよ、まだそなたの処遇は決まっていない。まずは先程言ったように、ゆっくりと休むがよい」
陛下は私にそう言って、退室を促した。この後の話し合いがとても気になったが、陛下に言われれば、退室するしかない。
「はい、それではわたくしは失礼させていただきます」
こうして、今度こそ私は退室した。




