3 転落
「お嬢様、殿下がお迎えに来られました」
アンの報告に、私は頷いた。
開かれた控え室の扉から、サイモン殿下が入ってきて、私を見るよりも先に私の後ろに控えているリリアにチラリと視線を向ける。そしてその視線を受けたリリアもまたサイモン様を見つめていた事に気付いた。
なるほど。何故今までの回帰で気づかなかったのか。
今までもそうやって、何気に視線を絡ませていたのね。
「サイモン殿下にご挨拶申し上げます」
私はカーテシーにて挨拶をする。
私の言葉にてサイモン様はようやく視線を私に向けた。
「これから夫婦になるのだ。堅苦しい挨拶は要らない。時間だ、行くぞ」
そう言ってエスコートする為の腕を差し出す。
全く。一言くらい着飾った私に褒め言葉をくれてもいいところなのに。
私はこの人の何がそんなに良かったのだろう。
いくら政略結婚といえど、始めからこの態度だったなと過去を思い返しながら、乾いた笑いが込み上げた。
「……どうした? 何が可笑しい?」
「いえ。サイモン殿下がとても素敵だと思いまして、嬉しくなってしまったのです」
「そうか。そなたもよく似合っている」
「ありがとうございます」
無表情で言われてもね。
リリアも見ているし、これ以上褒める気もない事がとても伝わってくる。
ああ、気付けばこんなにわかりやすい態度だったのか。
そんなにリリアが良かったのなら、婚約解消してくれれば良かったのに。
自分が即位するまでは侯爵家の後ろ盾を失わず、かと言ってリリアも手に入れたいだなんて、なんて身勝手な人なんだろう。
サイモン様への怒りの気持ちを顔に出すこと無く、微笑みながらサイモン様と共に大聖堂の式場に向かう。
後ろにはメイド・オブ・オナーのリリアが控えながら……
式場にはすでに来賓の方々が沢山集まっていた。
式が始まり、教皇様からの祝福を受けた後、誓いの口づけだ。
サイモン様は、ゆっくりと私に顔を近づけてくるが、サイモン様との口づけなんて、御免こうむりたい。
なので、参列者からはしている風に見せかけながら、顔をずらして軽く躱す。
サイモン様は驚いて目を見開いたが、にっこりと笑って、自然に見えるように顔を離した。
サイモン様は何か言いたげの様子であったが、結局何も言わずに、そのまま式が進行される。
両陛下や両親が見ているので、私は終始微笑みを絶やすことなく、幸せな花嫁を演じよう。
式が終わると、この後は来賓に見守られながら、大聖堂の正面にある長い階段をゆっくりと降り、下に準備されたパレード用の馬車に乗って王宮まで行く流れとなっている。
しかし、私はここで思い出す。
そういえば、過去に私は、妊娠しているリリアを階段から突き落としたという冤罪をかけられた事があったなと。
ならば、今回はその冤罪を実行すると共に、リリアにその罪を被ってもらおう。
メイド・オブ・オナーであるリリアは、階段から降りる時に私のウェディングドレスの裾を持って、私の後ろから一緒に階段を降りてくる。
丁度、三分の一程降りた所で、一度リリアがウェディングドレスの裾をうっかり手放した時があった。
すぐに慌てて、また裾を掴み直すが、その時に力強く掴み直したせいで、私は体勢を少し崩しかけてしまうのだ。
今まではサイモン様の腕にしっかりと自分の腕を絡ませていた為、直ぐに体勢を戻し、事なきを得ていた。
なので、今回はそのタイミングを利用する事にする。
リリアに突き飛ばされたように見せかけて、階段から落ちよう。
リリアを巻き添えにして。
大聖堂の正面階段は百段ほどあり、上手く落ちなければ命はないかもしれない。
でも、リリアに罪を被せた上で巻き添えで階段から落とせる事が出来たのなら、本望だ。どっちみち、このまま結婚してまたサイモン様と夫婦関係を続けていく事など、今の私には到底無理なのだから……
そう決心した私は、いよいよサイモン様と共に階段を降りる。
もちろん、サイモン様のエスコートはあるが、ここはサイモン様の腕に手を軽く添えるだけにした。
またしても不思議な顔をしたサイモン様に、にっこりと微笑む。
「さぁ、サイモン様。参りましょう」
「……ああ」
それ以上何も言わないサイモン様に、フッと笑いが込み上げる。
私への関心の薄さに感謝だわ。
私たちが降りる予定の階段は、横幅が広く長い。なので、一段一段の両端に来賓の方々が立って、両サイドからの祝福を受けながら階段の真ん中をゆっくりと降りていく。
両サイドにいる来賓たちが証人だ。
その為には、あたかもリリアのせいで落ちたと見せなければならない。
緊張にやや震えながらも、そんな自分を叱咤しながら笑顔で階段を降りていく。
ちょうど三分の一の所に差し掛かった時に、
「あっ……」
というリリアの声が聞こえたと共に、微かにドレスが引っ張られる。
今だ!
「キャ!」
小さな叫び声と共に体勢が崩れ、倒れそうに見せる。それと共にドレスのスカート部分を強く引っ張る。
ドレスの裾を強く持ち直したばかりのリリアは前のめりになり、体勢を崩したリリアは私にぶつかり、共に階段から落ちそうになった。
「リリア!」
その時、私の隣りにいたサイモン様が、同時に階段から落ちそうになっている私たちを見て、すかさずリリアの身体を受け止めた。
そして、私だけが階段から足が離れ、空を切るように落ちていく。
落ちながらも階段上を見ると、リリアを抱きとめたサイモン様とリリアが青ざめた顔で私を見ているのが目に映った。
あぁ。リリアも巻き込みたかったのに。
結局は私だけが落ちて死んでいくのね……
そんな事を考えながら、転がり落ちていく衝撃で、私は意識を手放した。