36 その頃の二人①
王太子室にて、ひとり私は焦っていた。
まさかリリアとの関係が、こんな形で露見されてしまうとは……
いや、しかし、たかだか証拠のない書物だ。シラを通しておけば、何とかなるはずだ。
しかし、あれからあの書物を読んだが、何故知ってるのかと思うほど、事細かに表現され、挿絵も鮮明に描かれていた。
まさか、誰か見ていたのか?
いや、でも市井にある、安アパートメントの一室だぞ? しかも三階だ。
誰かが見ていたとは考えにくい。
偶然にしては当てはまる事が多すぎて、思わず寒気がするほどの不気味さを覚える。
しかし、こんな事ばかり考えても仕方がない。取り敢えずはザイトヘル伯爵を取りなす為に、謝罪の催しを考えなければ。
シンディのやつ、今までは私の言う事に逆らった事などないのに、最近やたらと言う事を聞かなくなった。
リリアに対しても、結婚式前まではあんなに信用していたのに、まるで手のひらを返したような振る舞いも気になる。
まさか、何か勘づいたのか? シンディのもとに忍ばせてある、私の手の者からそのような報告はなかったが……
それに、リリアはあれからどうしたのだろう。
気になった私は、リリアに密かに連絡を入れた。
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「お前は、我がローガスト伯爵家に、何度泥を塗れば気が済むのだ!?」
王宮パーティから、父に引き摺られるようにして家に戻った私は、父に怒鳴られ、そのまま部屋から出る事を許してもらえなかった。
しかし困ったわ。まさかあの場にて、サイモン様との関係が明るみになるように仕向けられるとは、思ってもみなかった。
あのシンディが、まさかあのような態度を取るなんて。
あの女は、人の顔色を窺いながら、言う事を聞くしか能のない者だとばかり思っていたのに。
どうしてあんなに強気になっているのかしら?
こうなったら、最早あの計画を早く進めてしまわないと、私の輝かしい未来は一向に来ない気がするわ。
サイモン様は、少し気が弱いのが玉に瑕なのよ……だから、私がサイモン様を動かさないと。
そう考えていた時、扉をノックする音が聞こえた。返事をすると、私付きのメイドが部屋の鍵を開けて入ってきた。
「お嬢様、お食事をお持ち致しました」
「もうそんな時間なのね、ありがとう」
メイドは食事をテーブルの上に並べながら、小声で私に話しかけてくる。
「お嬢様、例のお手紙が届いております」
このメイドは、サイモン様とのやり取りをする上での協力者であった。
本人曰く、許されない恋とか、そういった恋愛小説が大好きなんだそうで、それを地で行く私を応援してくれている。
「ありがとう、読むまでそばにいてくれる?」
「はい!」
好奇心旺盛に返答したメイドを横目に、私は急いでサイモン様からの手紙を読んだ。
とにかくサイモンに会わないと。
「お願いがあるの」
「なんでございましょう?」
興味津々に聞いてきたメイドを一瞥し、そこからとても悲しげな表情をする。
「一目逢いたいとおっしゃっておられるの。このままだとわたくし達は永遠に逢えなくなるかも知れない。だからお願い。私の身代わりになって。
暫くこの部屋で、私のフリをしていてもらいたいの」
そう切り出した私に、ビックリした表情で、そのメイドは私を見た。
さすがにそれは……と、難色を示していたそのメイドに、袖の下をたんまりと渡し、私の食事を食べてもらって、私と服を交換してもらった。
そして私はメイド服を着て、このメイドの振りをする。
「ありがとう。そうね、二時間後くらいには戻ってくるから」
「絶対ですよ! バレたら私、首になっちゃいますからね!」
何とかメイドを言いくるめ、私は顔を下に向けながら空になった食器を持って自室から出る。
廊下には見張りなどはおらず、ホッと一息吐く。
鍵を閉め、調理場にソッと空の食器を置き、そのまま部屋の鍵を持って、こっそりと家を出た。
「なんだ、簡単じゃない」
私は緩い監視に、やや呆れながらもサイモン様との落合場所に向かった。




