35 茶葉の結果②
人払いされ、部屋には私とバーグ先生だけとなった。
それを確認し、バーグ先生は覚悟を決めたように真剣な表情で話し始めた。
「結果から申し上げますと、あの茶葉には堕胎剤となる成分が含まれた植物が混合されておりました」
ああ、やはり。
すでに私は飲まされていたのね。
取り乱すことも無く、静かにバーグ先生の言葉を受け止めた私を見て、バーグ先生が首を傾げた。
「驚かれないのですね? もしや、ご存知だったのでしょうか?」
「……いえ。驚いておりますわ。
でも、それよりも誰がわたくしにそれを飲ませようとしたのかを考えていたのです」
バーグ先生の質問に、私はそう答える。先生は頷き、声を潜めた。
「ええ、私もそれが気になりました。畏れ多くも王太子妃様に、このような恐ろしい事をするなんて……なので、無闇に他の人に知られる訳にもいかず、どうすればいいかと悩んでおりました」
そこまで話すと、バーグ先生は目を泳がせながら、言いにくそうにした。
「……その、こう申しては不敬でありますが、この事を私が知ってしまったことで、私にも危害が加えられるのではと恐れをなしてしまい……それで、王太子妃様にお知らせするのを躊躇してしまいました。申し訳ございませんでした」
先生はそう言って、つらそうに頭を下げる。
私は正直に気持ちを話してくれた先生に、好印象を受けた。
やはり、この人は信用出来ると。
「先生、謝らないで下さい。巻き込まれるかもと怖くなるのは当然ですわ。むしろ、先生の身の安全に気を配れなかったわたくしが至らなかったのです」
そう言った私を見て、バーグ先生はホッとしたように、大きな息を吐いた。
「先生の身の安全は保証致します。ですので、この茶葉の検査結果と共に、いざという時に証言して頂けませんか?」
私の言葉に、先生は目を見開いて驚いている。
「そうですわね、先生には暫く、教会に併設する救護施設へ出張という形で、一旦王宮から出てもらいましょう。教会には、聖騎士の方々も在駐しておりますので、変な輩も来ないでしょうから、安全だと思いますわ」
「それは、とても助かりますが。教会の管理下であるところに、そんなにすぐに行けるものなのですか?」
「ええ、ちょっとしたツテがありますので。それに、救護施設は人手不足と聞き及んでおります。医師はとても貴重なので、喜んで引き受けて下さいますわ」
にっこりと笑ってそう説明すると、バーグ先生は意を決したように、真剣な表情で私を見た。
「分かりました。いざという時、必ず証言すると誓います。臆病者の私をお叱りするでなく、身の安全を考えて下さり、とても感謝致します」
これでいい。バーグ先生くらい正直で、少し臆病なくらいが却って信用に値する。身の安全を約束する事で、バーグ先生は裏切ることはないだろう。
私はようやく茶葉の検証結果と、証言者を手に入れた。
後は、この茶葉を誰が私に飲ませたのか。
まぁ、それについては過去でリリアが自白したので、リリアの周辺を調べてもらい、おおよその予想はついているが。
そして、もう一つ。
私は考えなければならない事がある。
それは、あと約三ヶ月後に陛下が崩御されてしまう事。
私は過去五回に渡り、陛下がお亡くなりになった時の事を経験している。
しかし、私は今まで、陛下がお亡くなりになるのは仕方の無い事と、受け流していた。
そして、陛下のお亡くなりになった後、サイモン様が即位し、そこからあの二人の天下となってしまうのだ。
今回は、まだ王太子であるサイモン様をリリア共々断罪するとしても、すぐには沙汰が下りないかもしれない。
私はあの二人を断罪すると共に、私には一切の瑕疵なく、この結婚は無かったことにする、もしくは離婚を認めてもらいたい。
しかし、過去に離婚が成立した王族はいない。
なので、この場合、廃妃でいい。
しかし、それらの手続きの途中で陛下がお倒れになれば、どうなるか。
甘い汁を吸おうと、断罪されたサイモン様を再び担ぎあげる者達が現れ、立太子したばかりの新王太子様や、他の王子達との即位争いが起こり、国中が荒れる可能性がある。
もちろん、私が瑕疵なく王宮を去る事も出来なくなるかもしれない。
なので、陛下にはまだまだ健やかで居てもらわないといけないのだ。
過去において陛下の死因は、全て心臓発作であった。
元々身体が強い方では無い陛下は、度々心臓の痛みを訴える事があったそうだ。しかし、それは極秘扱いにて、私も王太子妃教育にて王宮に上がっていた際に、偶然その現場に居合わせた為に知ってしまった事。
もちろん固く口止めされ、念書まで書かされた程だ。
なので、突然の崩御にもそんなに驚かなかった。
そして過去、何度も離宮に軟禁されていた時に、離宮に置いてあった蔵書を読み漁り、心臓発作の原因や予防法なども目にする事があった。
適度な運動にて体力作りをするなども大切だが、過度なストレスがよくないと書いてあったのを思い出す。
陛下のストレスを軽減し、過度な心臓への負担を和らげる事が出来たなら。
あるいは、陛下の突然の心臓発作の原因が分かったなら。
私は、サイモン様とリリアへの断罪の準備と共に、どうすれば陛下の突然の崩御を防ぐ事が出来るのかを考える事にした。