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31 ヴァル視点⑤


「はっ!」


 急に意識が浮上する。

 確か俺は敵の剣で殺られたはずだ。

 ふと、胸から腹に向かって斬られた部分に目をやる。

 傷がない……痛くない……何故だ?

 そして周りを見ると、さっきまで居た戦場ではなく、見慣れた部屋の中にいる事に気付いた。

 ここは教会にいた時の自分の部屋だった。


「おーい、飯食いに行かね?」


 ノックもせずにドアを開けてそう言うのは、昔から決まって友人のリックだ。


「リック……」


「ん? どうした?」


「俺は何故ここに居る?」


「お前の部屋だから?」


「そうじゃなくて! 俺はさっきまで国境で隣国の兵士達と戦っていて……!」


 何が何だか分からなくて、つい声を荒らげてしまった。

 しかしリックは気にしてない様子で飄々と答える。


「なんだ、寝惚けてんのな。ほれ、しっかり目を覚ませ。朝食を食いっぱくれるぞ」


 そう言ってベッドから俺を引っ張り出して、食堂に連れていく。


「ま、待ってくれ! 俺はここを出て行ってから二年以上経つじゃないか! 何でここに戻ってるんだ!? 斬られて死に損なったからって、国境隊からも俺は追い出されたのか!?」


 俺の言葉に足を止めたリックが、無言で振り向いて、俺の顔をじっと見る。


「お前、まさか……」


「え?」


「お前の能力……時戻しだったよな?」


 リックの言葉にハッとした。

 まさか……俺は死に戻ってきたのか?


「リック! 今は何年だ!?」


「お前……やっぱりそうか……今は王国歴756年だよ」


 王妃様がお亡くなりになって、俺が国境隊に飛ばされたのは、王国歴758年だった。

 という事は、あの時から二年遡っている! だとすれば、王妃様はまだ生きている!?


「リック! 教えてくれ! 王妃……いや、王太子妃様は生きていらっしゃるのか!?」


「王太子妃? あぁ、先月王太子様と結婚する予定だった、エドワール侯爵令嬢の事か? 何故そんな事を聞く?」


「予定だった? 結婚してないのか?」


「お前の見てきた過去が、どんな歴史を刻んでいたのかは知らんが、王太子はまだ結婚していないぞ。結婚式当日に花嫁であったエドワール侯爵令嬢が、パニックを起こして倒れ、その後もパニック状態が続いていたらしく、その事に怒った陛下がすぐに結婚を反故し、つい先日その娘は北方の療養所に送られたらしいぞ。そのような娘を王家に嫁がせようとしたエドワール侯爵家も、陛下の怒りを買ったらしく、近々没落すると噂が広がっている」


 リックの話に俺は茫然とした。

 どういう事だろう? あの王妃様がパニックを起こした? そんな事は一度もなかったぞ? 離宮に追いやられた時すらも、毅然とした態度を崩さず、粛々とその環境を受け入れられていたはずだ。


 考え込んでいる俺をなんとも言えない表情で見ていたリックは、仕方ないといった様子で溜息を吐く。


「なにか事情がありそうだな。協力してやるから詳しく話せ。……と、その前に飯に行くぞ! 腹が減っては戦ができぬって東方の地域の言葉もあるしな」


 こうして、俺はリックに協力してもらう事となった。

 時戻しの発動条件がまだ分からない俺は、リックに俺が体験してきた今までの事を話した。もちろん、その中には、俺のシンディ様への思いも入っている。

 しかしリックは冷やかすことも笑う事もなく、真剣に受け止めてくれたのは、本当に有難かった。

 ただ……シンディ様の最期の死に様だけは、話す勇気がなかった。


「はっきりした事は分からないけど、お前が死ぬことによって、時戻しが発動した可能性が一番高い。でも、万が一もあるし、こればっかりは試すわけにもいかないな」


 リックはそう言って、困ったように頭をガシガシと掻いた。


「取り敢えず、お前はこれからどうしたい?」


「せっかく戻ってきたからには、今度こそシンディ様をお救いしたい」


「でも、今世ではその令嬢と面識はないだろ? それに今は療養所に送られているし……」


 リックの言葉に二の句が継げない。

 途方に暮れる俺を見たリックは、

「分かったよ。俺の能力の隠密で色々調べてみるよ」

 と、申し出てくれた。

 俺はリックの協力を得て、今世のシンディ様にまつわる情報を手に入れた。

 その中で、疑問に思う事がある。

 何故シンディ様は、王太子とローガスト伯爵令嬢の顔を見た途端にパニックを起こしていたのかという事。


「まさか……」


 どう考えてもたどり着く結果は同じ。

 それはシンディ様にも前回の記憶があるのではないかという事だった。

 その考えをリックに聞いてもらおうと、リックを探していると、その本人が血相を変えて走ってきた。


「ヴァル! 大変だ! シンディ嬢が死んだ!」


「は?」


「どうやら、毒殺らしい!」


 毒殺? 今世のシンディ様は王家とはもう関わりがないはずだ。

 なのに殺されたのか?


「どうやら差し入れの菓子に毒が入っていたとか。その差し入れは、シンディ嬢の友人のローガスト伯爵令嬢の名前を騙って送られたものらしい」


 ローガスト伯爵令嬢……あの側妃か。

 間接的とはいえ、シンディ様の死に、あの女が繋がっている気がした。


「シンディ様は、いつ亡くなられたのだ?」


「三日前だそうだ」


 三日前……間に合うだろうか。


「時戻しの能力。試してみるのもいいかもな……」


「え?」


「何でもないよ。ありがとう、リック。ちょっとこれからの事を考えたいから、部屋で休むよ」


 そう言って俺は自室に戻りかける。

 

「ヴァル!! 変な気を起こすなよ?」

「心配すんな、大丈夫だよ」

 

 後ろからリックの声が聞こえ、俺は振り向くこと無く手を振りながら答えた。


 自室に戻った俺は、扉に鍵を閉める。

 そして、机の引き出しに仕舞ってあった短剣を取り出した。


「護身用に準備した剣が、まさかこの様な使い方になるとはね」


 皮肉なものだと苦笑いしながら俺は短剣を持ち替えて、剣先を自分に向ける。


「次はもっと前の時期に戻れるように頼む。今度こそシンディ様をお守り出来るように……」


 そう呟きながら、剣先をそのまま自分の胸に突き刺した。

 

 



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