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30 ヴァル視点④


「お、王妃さ……ま?」


 返事など返ってこないと分かっていても、声をかけずにはいられなかった。

 腐敗がかった王妃様の死体は、かなりやせ細っており、餓死の末での絶命であったのだろうと見て取れる。


 何故、餓死なのだ?

 ここは離宮とはいえ、城の敷地内にあるのだぞ?

 離宮の管理を任されている者や、王妃様の世話をする侍女、見張り番など、数人は常に配置されていたはず。

 それに、そうだ!

 王妃様は執務はこなされていたのに、仕事を持ち込まれた様子もない。

 本当に、この有様は何なんだ?

 あまりにも酷い扱いなのではないか!

 王妃様は何もしていなかったんだぞ?

 側妃に冤罪を着せられた、いわば被害者なんだぞ?

 なのに何故……

 全く掃除されていない部屋。

 人の手が全く入っていない状態になってから、どれ程の月日が経っていたのたろう?

 

「うわああああああ!」


 俺は狂ったように叫んでしまった。

 最後にお会いした時のシンディ様は、とても知的で、一本の白百合を思わせる凛とした、清楚で綺麗な素晴らしい女性だった。

 とても尊敬していたし、憧憬の念も抱いていた。そして、その奥に秘めていた気持ちには、気付かないフリをして……

 

 聖騎士の素質がなかったからと、幼い頃から過ごしていた教会から逃げるように出て行き、空虚となっていた心を少しずつ満たしてくれていた、とても大切に思っていた人。その事に、このような状態になって、ようやく気付く。


「すみません王妃様……俺が戻って来るのが遅かったばかりに……! せめて、傍についていられれば、貴女にこんな死に方などさせなかったのに……! すみません! ごめんなさい! すみません……!」


 泣き叫びながら、王妃様の亡骸の手を握り、俺は謝り続けた。

 俺の叫び声に気付いた城の騎士達や、城のメイド達などが離宮に集まってくる。そして、俺の声に誘われるままに王妃様の部屋に辿り着く。


「う、うわぁぁぁー!」

「キャーーーー!」


 辿り着いた者達は、王妃様の亡骸を見て、皆一様に叫び出す。中には吐く者さえも居た。


「お前ら……! 答えろ! 何故王妃様がこのような状態で放置されていたんだ! 離宮担当の騎士やメイド、侍女などいただろう!?」


 怒りに任せて叫んだ俺に、そこに居合わせた騎士やメイド達が顔を見合わせながら、ボソボソと話し出す。


「え……貴女、行ってなかったの?」

「え? てっきり貴女が行っていたと思っていたのよ」

「お前が担当だったんじゃないのか?」

「いや、配置換えがあったから俺は外れたんだ」

「次はお前だっただろ!?」

「俺は行かなくていいって聞いたんだ!」


 それぞれがなすり合いを始めたが、まとめると、どうやら誰もが誰かがここに来ていたと思っていたらしい。


 ふざけるな!

 お前らはどんな残酷な事をしたと思っている!

 中からは助けを求める事も出来ず、たった一人で孤独の中で命を落とした王妃様。そんな王妃様に、寄り添う者が誰一人として居なかった事に無性に怒りが込み上げてくる。


 いや……俺も人の事など責める権利などない。

 俺も王妃様の元を去っていった一人なのだ。


 俺はそのまま放心状態で、王妃様の亡骸の傍で座り込んでいた。

 いつの間にか大勢の人間がここに入って来ており、王妃様の亡骸を何処かへ連れていく。

 そして俺もそのまま、連行された。

 連行された俺は、再び軟禁された。


「お前は王宮騎士に向いていないようだな」


 騎士団長が俺を訪ねて来て、そう言ってきた。


「団長……」


「お前は一人の人間にのめり込みすぎる。そして優しすぎるのだ。王宮は魑魅魍魎の巣窟と言っても過言ではないのだぞ? お前のような考えでは、ここではやって行けないだろう。聖騎士からの転職で期待していたが、どうやら私の見込み違いだったようだな。お前はもうここにはいらない。出ていけ」


「何故ですか……! では、王妃様があのような状態になったのは当然だったと言うのですか!? 俺の考えは間違っていると言うのなら、どうすれば王妃様を助ける事が出来たと言うのですか!? 王妃様は冤罪だったのに!」


 騎士団長の言葉に、悔しくなって俺は反論した。どうあっても助けられなかったなど、認めたくなかったのだ。


「それ以上言うな! あの方たちの耳に入れば、お前は不敬罪で処刑されてしまうぞ!」


 団長は厳しい表情で俺を制した。


「あの方たち……?」


  俺の言葉に苦々しい顔で、それ以上の言葉を発しようとせず、騎士団長は他の騎士達を促す。


「こいつを国境隊に戻せ。もうここに呼び戻すつもりはない」


「「「はっ!」」」


 他の騎士達は、騎士団長の命令にて早々に俺を連れ出す。

 俺はもう抵抗する気力もなく、その命令を茫然と聞きながらまた連行され、国境に向かう馬車に乗せられた。


 国境に着いた俺は、また国境隊の兵士として、隣国との小競り合いに駆り出された。


 戦っている間はいい。

 何も考えずに相手を倒せばいいのだから。


 そんな思いで戦っていると、視界の端に剣で切られて死んでいく兵士たちが、ちらちらと目に留まる。

 その様を見ると、徐々に王妃様の無惨な死体が目に浮かんできた。


 思わず立ち止まり、思考停止した俺は、仲間の

 「危ない!」

 の言葉に気づいたと同時に敵の剣で斬られてしまう。


 あぁ、王妃様。

 俺もすぐ貴女の元に行きます。

 次の人生では、幸せになって下さい。

 出来れば次の人生でもう一度、貴女に会えたなら……


 そんな事を思いながら俺の意識は遠くなっていった。





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