29 ヴァル視点③
「お前は今日から、わたくしの護衛騎士となるのよ? まぁ、ほんとうに見目の良い騎士ですこと。あんな離宮の担当にしておくなんて勿体ないわ」
辞令が出た先は、側妃の護衛騎士だった。
騎士団長に異議申し立てをしたが、聞き入れて貰えず、とりあえず側妃様が飽きるまで側につけと命令された。
どうやら、側妃は見目の良い騎士達を取っかえ引っ変えしながら自分の護衛につけているらしい。
その事だけでも嫌悪感を否めなかったが、渋々護衛に付いたある日、俺はとても信じられない事を聞いてしまった。
それは側妃が、ある令嬢と王宮の四阿でお茶会をしていた時だった。
「リリア様、ご機嫌麗しく。お会い出来て光栄でございます。この度はお茶会にお呼び頂き、感謝申し上げますわ」
「あら、貴女とわたくしの仲で、そんな畏まった挨拶は要らなくてよ? 貴女にはとても感謝しているのだもの」
「あの件でございますか? でしたらそのようなお気遣いは無用でございますわよ? わたくしはリリア様を信じておりますもの。例え見ていなくとも、リリア様がそう仰るならば目撃者として証言するなど、造作もない事でございますわ」
「ええ、貴女の信頼には応えなくてはね? 貴女のおかげで、王妃がわたくしを害そうとしたと証明する事が出来たのですもの。
あの目障りな王妃を排し、わたくしはこの王宮で確固たる地位を手に入れられたわ。何か欲しいものはある? お礼にわたくしに出来ることなら叶えて差し上げますわよ?」
「まぁ、よろしいのですか?」
「ふふ。わたくしには国王陛下がついていますもの。王妃がいない今、この国で一番権力を持っている女性は、このわたくしなのよ? 出来ないことなどないに等しいわ」
側妃はそう言って笑っていた。
俺は何を聞いた? あの令嬢は何を言っていた?
目撃者があの令嬢で、しかも側妃の為に現場に居合わせずに目撃者になった?
では、実際は誰も見ていなかったということか?
言い換えれば、側妃一人が言っているだけとなる……という事は……
まさか――階段から突き飛ばされたということ自体が嘘であった可能性があるという事だ。
なんて杜撰な捜査なんだ! 一人の証言だけでなく、もっと色々と調べれば直ぐにシンディ様が冤罪だと分かったはずなのに!
俺はこの事を騎士団長に伝えた。
しかし騎士団長は、静かに首を横に振る。
どうやら直ぐに調べるのを打ち切りにするよう、上からの圧力がかかったらしい。
きっと側妃が陛下に泣き落としでもして、早々に捜査を打ち切らせたに違いない。
こんな事がまかり通っていいのか?
陛下は側妃の言いなりではないのだろうか?
シンディ様にこの事をお知らせしなければ。
そう思い、離宮へと足を運ぼうとしたところ、俺はいきなり拘束されてしまった。
「団長! これはどういう事ですか?!」
俺の叫びに団長は、苦々しい表情で俺を見る。
「余計な事をするな。仕事上で知り得た内容は、他に漏らしてはならない規定がある事を忘れたのか? お前の行動はその守秘義務に反する事だ。お前は暫く謹慎していろ」
そう騎士団長に言われ、騎士団の寮の一室に軟禁されてしまった。
「重大な事ではありませんか! 一人の人間の人生を左右する事ですよ! ましてやこの国の王妃様なのです! 真実を突き止めないと、あのままでは王妃様は死んでしまいます!」
閉じ込められた俺は必死でそう叫んだが、誰も聞き入れてはくれず……
何度か脱走を試みた俺は、暫く国境隊で頭を冷やせと、北方の国境付近に駐在を命じられた。
監視を付けられている為、王妃様に連絡する事も出来ず、仕方なくそこで真面目に仕事をこなす。
その頃には俺も学習し、表立って王妃様を援護する発言をする事もなくなった為、騎士団長の許可がおりて半年ぶりに王宮に戻ることが出来た。
戻ってきてからも、真面目に護衛騎士の仕事をし、監視の目が無くなったと確信したところで、こっそりと離宮に行き、王妃様の様子を見に行く事にした。
離宮に着くと、入り口前に立っているはずの門番がいない。
不思議に思いながらも、好都合だとこっそりと中に入る。
中はすす汚れており、長い間掃除など行われていないかのようだった。
王妃様付きの侍女はどうしたのだろう?
何故か嫌な予感を感じながらも足を進めていく。
王妃様の部屋の前まで辿り着くが、ここでも見張り番の騎士がいない。
部屋の扉には鍵がかかっており、やはり出られないようだ。
「王妃様、俺です。ヴァルです」
そう部屋の外から声をかけるが返事がない。
「王妃様、お忘れでございますか? 護衛騎士のヴァルです」
そう声をかけるも、やはり返事は無い。
ますます嫌な予感がし、扉を強く叩くが反応はなし。
王妃様がここから出されたという情報はなかったはず。
なのに、何故ここには人の気配がしないのだろう?
嫌な予感で焦り始めた俺は、扉を強行突破する事に決めた。
「失礼します!」
そう叫びながら、全力で扉に体当たりし、勢いで開いた扉の先に見えたのは――
すでに絶命し、腐敗がかった王妃様の姿であった。