24 どんでん返し
「さぁ、シンディ。過去の事は水に流して、ローガスト伯爵令嬢を侍女として受け入れるだろ? そうすればお互いまたいい友人に戻れるさ」
周囲の人達を味方につけたサイモン様が、私にそう言って迫ってきた。
周りの目も、意地を張らずに丸く納めろ的な雰囲気で私を見ている。
「……そうですわね。確かに旧知の仲でもすもの。わたくしの事をよく知っているローガスト伯爵令嬢が傍にいてくれたら、色々と助かるかも知れません」
私の返答に、二人は破顔する。
「そうか! 良かった!」
「シンディ様! ありがとうございます! 精一杯務めさせて頂きますわ!」
二人は声を揃えてそう言い、まるで手を取り合って喜びそうな勢いだ。
その二人に向かって、私は次の一言を発した。
「でも……やはり無理ですわね」
「は? 今更何を言っている?」
私のその一言に、サイモン様が苛立ちを見せながら私に聞いてくる。
私はその言葉を受けて、さも悲しそうな表情をした。
「とても残念だとわたくしも思いますのよ? でも、大切な友人だったからこそ、わたくしはローガスト伯爵令嬢の幸せを壊すようなマネは出来ないと申しているのです」
そこまで言ってから、私は会場内を見渡し、周りにもちゃんと聞こえるように話す。
「このような場で申し上げるのは、どうかと思っておりましたので、先程は言えませんでしたが、ローガスト伯爵令嬢には、縁談の話があるそうです。なのに、わたくしの侍女としてしまいますと、その縁談が流れてしまいますでしょ?
そうなりますと、ローガスト伯爵やそのお相手の方にもわたくしが恨まれてしまいますわ。
サイモン様が、わたくしの憂いを無くすために言って下さっているのは、重々承知しておりますが、ローガスト伯爵令嬢の幸せを奪うなど、それこそ心苦しくて、わたくしの憂いも増すというものですもの。
あぁ、そういえば、お相手の方も本日はお越し頂いておりますのよ?」
私がそう言って、会場内に視線を送ると、サイモン様が焦ったように叫んだ。
「なっ!? ザイトヘル伯爵を呼んだだと!? ちゃんと外しておいたはずだ!! なのに何故だ!」
「サイモン様!」
サイモン様の言葉を受けて、リリアがサイモン様に余計な事を言わないようにと、焦ったように首を横に振る。
周りの人達は、その二人のやり取りを見て、怪訝な顔をしている。
「あら? サイモン様。ローガスト伯爵令嬢のお相手がどなたかご存知でしたの? しかも、まるで知っていてこのパーティにご招待しなかったような口ぶりですわね? 一体どういう事ですか?」
私の問いかけに、サイモン様は焦りと苛立ちで表情が強ばっている。
「私が決めた事だ! なのに妃である君が私に確認もせず、勝手に呼ぶなど許される事ではないだろう! リリアはこの縁談を嫌がっているのだ! ならば友人である君がリリアの意を汲んでやるのが当然だろう! 何故勝手にリリアの縁談を勧めようとするのだ!」
サイモン様がそう叫んだ時、噂のザイトヘル伯爵が前に出てきた。
「おやおや、私は招かれざる客だったということですかな? このような場で恥をかかせられるとは思いもしませんでしたな。
陛下、これは一体どういう了見なのですかな?」
口調は穏やかだが、ザイトヘル伯爵の視線は鋭く陛下を見据えていた。
ザイトヘル伯爵は、40代半ばの年齢で、後暗い噂もある人物だが、財力は王国内でも指折りで、我がエドワール侯爵家にも匹敵するくらいの力を持っている。
王族としても、敵に回すには厄介な相手であった。
ザイトヘル伯爵の言葉を受け、今までことの成り行きを見守っていた陛下や王妃が、ようやく介入してきた。
「サイモン、いい加減にしろ! お前はザイトヘル伯爵にどれだけ失礼な事を言っているのか分からないのか! ここを何処だと思っている! 公の場で自分の恥を上塗りするつもりか!!」
「へ、陛下……いえ、私は……」
陛下の言葉を受けて、しどろもどろになるサイモン様を、冷たい視線で王妃様が見る。
「サイモン王太子。貴方、ローガスト伯爵令嬢の事をリリアと呼び捨てにしていましたね? 縁談のお相手も知った上でそのお相手をワザとこのパーティに呼ばなかったのは、ローガスト伯爵令嬢の為ですか? このパーティは本来、貴方と王太子妃であるシンディとの夫婦としての絆を皆に知らしめる目的で、貴方が言い出した事ですわよね? なのに、この有り様は何なのです? 実に不愉快です」
王妃様は淡々とした口調でサイモン様に向かって話すが、視線はどこまでも冷たい。
「ザイトヘル伯爵よ、気を悪くさせてしまったようだ。王太子には余から後でキツく言っておく。余に免じてこの場を収めてくれぬか?」
陛下がザイトヘル伯爵にそう言うが、ザイトヘル伯爵はサイモン様とリリアにチラリと視線を寄越すと、ため息を吐く。
「陛下、お言葉ですが、肝心の王太子殿下は全く悪びれていないご様子。
貴族にとって、王宮のパーティに呼ばれる事は一種のステータスであり、誉れでもあります。
ですが、よもやこのお嬢さんの為に我が一族を蔑ろにされたのでは、納得もいかないのはご理解頂けるかと。一族の沽券に関わる一大事ですからな。
しかも、今回のパーティは新王太子妃殿下のお披露目パーティ。そのような場でこのように恥をかかされたのでは、それ相応の対応をして頂かないことには収まりますまい」
ザイトヘル伯爵の言葉に、陛下も苦虫を噛み潰したような表情でサイモン様を見る。
「あ……その、ザイトヘル伯爵。さっきのは言葉のあやと言うもので……」
陛下の視線にて、サイモン様は慌てて弁解をしようとしたが、その言葉をザイトヘル伯爵は見事に遮って、次の攻撃の言葉を発した。
「ああ、そう言えば。先程、王太子殿下とローガスト伯爵令嬢はお互いを名前で呼び合っておいででしたな。パーティの始まりの挨拶の時に、心無い噂があったと話されておりましたが、それはこの御二方の事ですかな? 私はそのような噂など普段は気にしないもので、ですからローガスト伯爵が娘の縁談を探していると耳にして、名乗りを上げましたが、先程からのお二人の態度を見ると、その噂が出てしまうのも頷けますな。
王太子妃殿下におかれましては、さぞお心を痛められた事でしょう。お察しいたしますぞ」
ザイトヘル伯爵はそう言って、今度は私に視線を寄越した。
あらあら、見事なまでの援護射撃を頂いてしまいましたわね。
これでわたくしは、夫に裏切られた可哀想な新妻という、痛い肩書きを手に入れてしまいましたわ。
「ザイトヘル伯爵、不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。王太子に代わり謝罪申し上げます。
わたくしがパーティの送り状先を確認し、きちんとサイモン様と話をしていれば、このような事にはならなかったのだと思います。改めて謝罪の場を設けたいと考えておりますので、どうかこの場を収めて頂く訳には参りませんでしょうか?」
私はザイトヘル伯爵に対し、この場であの二人を追い詰めてくれた感謝と、巻き込んでしまった申し訳なさの意を込めて、頭を下げながらそう告げた。
王族は基本、下の者に頭を下げてはならない。
しかし、この場を収めるためには、誰かが頭を下げなければならないのも確か。
であるなら、この場は私がその役目を引き受ければいいだけだ。
穏便に収める事が出来る技量を見せてやればいい。私がかつて、過去全てにおいて、影でサイモン様の尻拭いをしてきた経験値を活かしながら。
私の態度と申し出に対し、ザイトヘル伯爵は態度を軟化して、一息吐いた。
「……仕方ありませんな。本日の主役に頭を下げられてしまっては、矛を収めるしかありますまい。
ここはシンディ王太子妃殿下の顔に免じて、一旦下がる事と致しましょう。
しかし、陛下。王太子殿下の有り様、お忘れなきよう。ここにいる者全て、先程の王太子殿下の狭量を目の当たりにした事を。
改めての場を設けて頂ける事、楽しみにしておりますぞ。
その時はぜひ、ローガスト伯爵令嬢もお呼び頂きたいものですな」
そう言って、ザイトヘル伯爵は踵を返す。
そして今思い出したかのように、陛下に向き直った。
「そうそう、陛下。実はお聞きしたかったことがあったのです」
「……なんだ?」
ザイトヘル伯爵の言葉に、陛下は少々たじろぎながら返答する。
「私は趣味が低俗でして、市井で流行るような書物を読むのが好きなのですが。その私のことを知っている誰かが、私にとある書物を送ってくれたのです。これがまた、面白くて。調べてみるとそれは今、市井でとても流行っている書物なのですが、そこにいる王太子殿下とローガスト伯爵令嬢ではないかと思わせる内容の小説なのです。
物語にしてはとても詳しく描かれておりまして。陛下はご存じであるのかお尋ねしたかったのです」
「王太子とローガスト伯爵令嬢が? 一体どのような書物なのだ?」
ザイトヘル伯爵は陛下のその言葉に、持ってきていた書物を王宮の従者に渡す。
従者より陛下の手に渡されたことを確認したザイトヘル伯爵は、ここぞとばかりに伝えた。
「お二人の密会を著した官能小説です。挿絵付きですぞ」
「なっ⁈」
驚く両陛下を認め、口元を楽し気にゆがめたザイトヘル伯爵は、
「それでは、私は失礼する」
と、今度こそ大広間を後にする。
その後ろ姿に私は、敬意を込めて車椅子越しにお辞儀をした。