22 お披露目パーティ
お披露目パーティ当日────
私は車椅子をヴァルに押してもらいながら、パーティ会場に入る。
もちろんエスコート役はサイモン様。
このところ、すっかり忘れていたけれど、私は一応王太子殿下であるサイモン様の妻であった。
王太子妃部屋は王太子部屋の隣で、行き来が出来る扉もあるが、その扉の前には、ちょっとやそっとでは動かせない大型のチェストを置いてある。もちろんサイモン様が通れなくする為の物で、これはサイモン様が病み上がりの私に掴みかかりながら詰め寄った時に、私付きの三人の侍女が怒って私に提案してきたもの。
おかげで快適に過ごせる部屋となり、夫婦としての触れ合いなど皆無で、悠悠自適な毎日を送っている私は、サイモン様と結婚し、人妻となったという意識が全くなかったのだ。
なので、こうして公の場にて、夫婦揃っての登場に、違和感しかなかった。
「シンディ、君とこうして夫婦として、皆の前に出てくるのは結婚式の時以来だね。結婚後初の夫婦揃っての登場に、皆も喜んでいると思う。
特に君の元気な姿を見て、皆、安心しているだろう。
これからも君は王太子妃として、しっかりとその務めを果たしてもらうつもりだから、君もそのつもりでいてくれ。
さぁ、両陛下に挨拶に行くぞ」
一方的にそう話すサイモン様に、ちらりと視線を送り、その後サイモン様と繋がれた手を見る。
夫婦をやたらと連呼するが、このエスコートも婚約者となってから今まで、数える程しかしてもらった記憶がない。
結婚後はもちろんとして、結婚前も最初だけエスコートをすると、すぐに私を放置していた事を思い出す。
あぁ、嫌だ。
何故私は、この男の妻なのだろう。
今すぐこのしがらみから逃げたしたい。こんなパーティ、目的がなければ来たくなどなかった。
昔の事を思い出すと、ふいに心が弱くなる。周りの視線を感じて、余計に、私なんかが、この人やリリアにやり返す事なんて出来るのだろうかと不安が広がる。
「シンディ様」
その時に、ふいに背後から包まれるような私を呼ぶ声がした。
後ろを振り向くと、私の車椅子を押してくれているヴァルと目が合う。
ヴァルは、とても優しげな表情で、頷いてきた。
私を見るその目はとても優しげで、綺麗で……
金色に光るその瞳がまっすぐに私に注がれている。
それだけで、私は何だかとても安心してしまった。
ヴァルが傍にいてくれる。
ヴァルが私をちゃんと見てくれている。
そう思うだけで、心が強くなるのを感じた。
私も微笑んで頷き、前に顔を向き直してから、サイモン様に声をかけた。
「わたくしは、いつも通り、わたくしの信念に従って行動致しますわ。
さぁ、挨拶に向かいましょう? しっかりとエスコートしてくださいましね?」
貴方に主導権など渡さない。夫を立てない妻で結構。元々立てられるような良い夫ではないのだものね。
現に今日の目的もリリアを助ける為の策なのだし。
ならば、私はこの状況を利用して、私の立場を確実なものとすると共に、この男と、宿敵でもあるあの女を陥れよう。
過去五回も私がされてきたように。
五回目でようやく気づいた私も、存外マヌケだけれど、その分あの二人の狡猾さも学んだのだから。
先手必勝、一念通天。その思いを忘れずに。
そんな事を考えながら、ヴァルに合図を送ると共に前を向く。若干私がエスコートをしている風に前に進み出すと、サイモン様は慌てて隣に並んで歩き出した。
両陛下の前に来ると、ヴァルはスっと下がり、私とサイモン様だけで挨拶を行う。
そして、二人の挨拶を終えると、国王陛下が私に声を掛けてこられた。
「シンディよ、ずいぶんと回復しておるようで安心したぞ。王太子妃としての執務も滞りなく行えていると報告も上がっておる。足の具合はどうなのだ?」
「はい、ありがとうございます。左足を骨折しておりますので、歩けるようになるまでは、もう少し日はかかるかと……」
私の返答を聞いて王妃様が心配そうに私に言った。
「まぁ、本当に大変でしたね。
わたくしは、貴女が王太子妃として嫁いで来てくれるのを、とても心待ちにしていたのですよ。
なのに、最初からこんな事になってしまって、本当に残念に思っていました。
そのせいか、結婚しても貴方達にはまだ、お互い人生のパートナーとしての絆が弱いようにも感じるのです。
王太子も、まだ全快していない王太子妃を、しっかりと支えて上げて下さいね」
「はい! お任せ下さい」
王妃様の言葉に、サイモン様は勢い良く返答する。
そんなサイモン様をちらりと見ながら、苛立つ気持ちを抑えて王妃様に向き直った。
「王妃様のお言葉、胸に刻みます。
次回にお会いできる時は全快の姿をお見せ出来ますよう、励ませて頂きたく存じます」
王妃様は、私達の返答に満足したように微笑みながら頷いた。
両陛下に挨拶を終えた私達は、招待客からの挨拶を受けるために、国王陛下の右隣にサイモン様、その隣りに私の順に、両陛下と並んで席に座る。
パーティに招待された貴族達は順に両陛下に挨拶をした後、王太子夫妻への挨拶を行なうのだ。
高位貴族からの挨拶が始まり、次々と挨拶を受けなければならない。
初の公の場で、王太子妃としての振る舞いを値踏みされる場であり、しかもまだ歩けない私を何とか落とそうと、虎視眈々と狙っている者が少なくない中、サイモン様は、そんな事など全く気付かず、上機嫌で貴族からの挨拶を受けていた。
長い挨拶も終わり、改めてサイモン様が皆の前で私を紹介する。
「今日は、こんなに大勢の者が我が妃、シンディのお披露目に参加してくれた事、とても感謝する。
私達の結婚式の際、思わぬ事故にて妃は怪我を負ってしまったが、順調に回復し、今では公の場に、出て元気な姿を皆に見せるまでになった。まだ車椅子を要するが、それも直に要らなくなるだろう。
私も我が妃を全面的にバックアップしていくつもりだ。なので、皆もあの事故の事は気にせず、我々を見守っていってほしい」
そう言った後、私にもコメントを促してきた。
「車椅子のままにて失礼致します。
改めまして、この場で皆様にご挨拶申し上げます。結婚式には、皆様には多大なご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
体調も順調に回復致しまして、ようやく皆様に元気な姿をお見せ出来るようになりました事、とても喜んでおります。
今後は王太子妃として、しっかりと務めて参りたい所存にございます。
まだまだ未熟ではございますが、今後ともよろしくお願い致します」
中には、苦虫を噛み潰したような表情の貴族達も見受けられる中、私の挨拶と共に拍手が送られる。
それを受けたサイモン様が、頷きながら、また話し始めた。
「我々は心機一転し、国の為に邁進していく所存だ。そしてその為にも、我が妃には何の憂いも無くしておきたい。
皆の見ている中、その憂いを無くす事が私の務めだと確信している。
今、この場に、我が妃の憂いとなっている者を連れてきている。
その者は我が妃の長年に渡る友人であり、信頼を寄せていた者だ。しかし不注意にて、我が妃に怪我を負わせてしまった。そして、憶測での心無い噂に我が妻は心を痛めている。
なので改めてその者に謝罪をさせ、妃の憂いが取り除けられればと考えているのだ」
そこまで話すとサイモン様は、侍従に合図を送る。すると、ドアの前で待機していたリリアが、パーティ会場に入ってきた。