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1 くり返す人生


 『……』


 『……何度でも……』


 『私が貴女を……助け……』


 

 遠くから聴こえた微かな声に、私の意識は浮上した。

 

 ふと目が覚めると、自然にそこが自分の部屋である事に気が付く。


 まただ。


 私はつい先程、王宮の地下牢で息を引き取ったはず。

 なのに、次に目が覚めたら、また自分の部屋のベッドで目覚めてしまった。


「はぁ……」

 つい溜め息が溢れてしまう。

 出来る事なら、もう二度と目覚めたくなかった。

 私はもう疲れ果ててしまっていたのだ。


 私の名前はシンディ・エドワール。

 エドワール侯爵家の一人娘だ。

 そして、この国の王太子であるサイモン・ヤード・ウッドベルク殿下の婚約者でもある。

 完全な政略結婚であり、サイモン様は私にさほど興味もなく、月に一回、婚約者同士のお茶会を義務的に参加される程度で、それ以外の交流はなかった。

 私の王太子妃教育が始まると、何度も王宮に足を運ぶ機会があったが、サイモン様から会いに来てくれる事もなかった。

 それでも私は、少しでも良好な関係を築いておきたくて、王宮に行った際は、サイモン様に何度も会いに行った。

 その甲斐あってか、少しずつサイモン様も歩み寄って下さり、恋愛関係ではなかったが、将来の国の在り方について話し合ったりしながら、より良い関係を築けていたと思う。

 それなのに……


 私はベッドサイドに置いてある呼び鈴を鳴らす。

 それに反応して、ドアをノックする音が聞こえ、入室の許可を出した。


「おはようございます。お嬢様、お目覚めでございますか?

 本日はおめでとうございます。

 晴れて王太子妃様となられる、御目出度い日でございますものね。

 さあ! これからお支度に忙しくなりますわよ!」


 私付きのメイドのアンがそう言って、笑顔で部屋に入ってきた。


 あぁ……やはり……

 また結婚式当日に戻っていたか……

 息を引き取ってから、過去に戻ってくるのは今回で六度目になる。

 しかも毎回、結婚式当日に……


 どうせなら、もっと早い段階の過去に巻き戻って来たかった。

 婚約する前とか、せめて何とか婚約解消が出来るくらい前に。

 結婚式当日では、逃げる事も、今更病弱なフリすらも出来ない。


「最悪……」

「何かおっしゃいましたか?」

「……いいえ。何でもないわ」


 つい出た言葉にアンは首を傾げていたが、それよりも式の準備に取り掛かるべく、他のメイドや王家から送られてきた侍女達と共に、式場に向かう準備に忙しく、慌ただしい雰囲気で私の言葉はこれ以上、誰にも聞こえなかった。


「どうせまた死ぬのに……」



 ****



 一度目の人生では、予定通り王都にある大聖堂で結婚式を挙げ、大聖堂から王宮までの道のりで、民衆にお披露目する為のパレードを行なった。

 王宮に着いてからは、自国の貴族達や、他国からも沢山の賓客を招いて、それは盛大なお披露目パーティが開かれた。

 これから幸せになるものだと信じていた私は、サイモン様の支えになれるよう、結婚後も王太子妃としての執務や慈善活動にも力を入れ、王妃教育も頑張った。

 

 結婚してから半年経ったある日、国王陛下が突然病に倒れ、そのまますぐに崩御されてしまった。

 突然の出来事で、何の覚悟も出来ていない状態のままサイモン様が国王陛下となり、私は王妃となった。

 そしてサイモン様が国王陛下となって初めて命じられた言葉が、側妃を娶るという言葉だった。

 サイモン様は、半年経っても子供が出来ないことを理由に、側妃として私の友人であったリリア・ローガスト伯爵令嬢を指名した。



「王妃様、これからよろしくお願い致しますわ」


 側妃として迎え入れたリリアが私にそう言った。

 王族は、婚姻後二年経っても正妃がなかなか子宝に恵まれない時に、国の議会の中で新たな側妃候補者を指名して、そこから選んで召し上げるのが慣例となっている。

 まだ結婚してから半年しか経っていない私達だったが、急な即位にて次代を担う子が居ない事に焦っているのかもしれないと思い、サイモン様の意向に何も言わずに受け入れた。

 その頃には私はサイモン様の事をすごく愛しており、胸が張り裂けるような痛みを感じながらも……


 リリア・ローガスト伯爵令嬢は、学園時代からの友人であり、私とサイモン様との結婚式の時には、花嫁である私の介添人(メイド・オブ・オナー)にも選ばれた人。

 コーラルピンク色の緩やかな長い髪。  

 同じ色のパッチリとした大きな目。

 形の良い小さい鼻と、ふっくらとした小さな口唇。

 やや低めの小柄な体型にしては、しなやかで艶っぽい曲線美。

 

 容姿は私と正反対の女性。

 

 私は、ハイトーングリーンのストレートの長い髪で、エメラルドグリーンの切れ長の目。薄めの口唇に、女性にしては長身の方だ。

 全体的にほっそりとした直線体型で、胸元も心許無い……。


 サイモン様が指名したリリアと私は、あまりにも違うタイプの女性であった事も、私の心に不安の影を落とした原因の一つだった。


 リリアが側妃となってから、サイモン様はリリアの所ばかり通うようになり、3ヶ月後には懐妊している事が分かった。

 そこから更にサイモン様はリリアばかりを気遣うようになり、私への態度が急によそよそしいものへと変化していった。


 それでも私は王妃として高い矜恃を持ち、より一層政務に励み、周りからの嫌な雑音を聞こえないふりをしながら、必死で堪えていた。


 しかし、そんな私を嘲笑うかのように、王宮内では妊娠した側妃に嫉妬して辛くあたっているとか、虐めているなどの噂が急速に広まっていった。


 そんなある日、私はサイモン様に謁見の間に呼ばれ、出向くとそこには宰相や近衛騎士団長と数名の騎士、そしてサイモン様とサイモン様に怯えながら寄り添うリリアが居た。

 そして私がリリアを殺そうとしたという、とんでもない冤罪をかけられた。

 もちろんそんな事は絶対にしていない。

 そう訴えるも誰も信じてくれず、一応は未遂である為、私はそのまま離宮に軟禁状態となり、そこで王妃としての政務のみを行うように命じられた。


 何が何だか分からなくて、暫くは放心していたが、無情にも王妃としての書類仕事はどんどん送られてくる。

 いつかは冤罪が晴れると信じて、必死に離宮で仕事をこなしていたが、ある時、リリアが無事に王子を出産した事を耳にした。

 その後も私の冤罪は晴れないまま、離宮から出る事も叶わず、食欲もなくなって徐々に痩せ細っていく。

 ふと窓の外を見ると、小さな赤子を胸に抱き、リリアと寄り添いながら散歩をしているサイモン様の姿が目に映った。

 笑い合いながら歩く姿は、私がずっと描いていた理想の家族の姿で……

 とても楽しそうで、幸せそうで……


 何故私はここに一人でいるのだろうかと、ふいに思った。

 何のために誰のために、いつ出られるかも分からない状態で……

 きっともう、私の罪は確定したもので、いまさら誰も真相など暴いてはくれないのだろう。


 そう思った瞬間、恐ろしさに身体の芯から寒気を感じ、震えが止まらなくなった。

 そこからはあまり覚えていない。

 気付くと、もう何も食べられず、ベッドから起きることも叶わずに、ただ息をしているだけの毎日。

 最低限の世話だけして、必要以上に近寄りもしないメイドたちも、ここ数日は見ていない。

 そう思いながら、私は静かにそのまま一度目の人生に幕を閉じた。



 

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