18 仕掛ける
「やぁ、シンディ! 君から私を訪ねてきてくれるとは思いもしなかったよ。
さぁ、こっちに腰掛けてくれ。
今、ちょうど少し休憩を取ろうと思っていた所なんだよ。
一緒にお茶にしよう」
「お邪魔しますわ。お仕事中であるなら申し訳ないと思っておりましたが、ちょうど良いタイミングでしたのでしたら、安心致しましたわ」
そう言って、私は微笑みながらサイモン様の前の席に腰を下ろした。
「それでシンディ、体調はどうだい?
仕事を再開したと聞いたよ? 無理はしていないかい?」
過去にこんな風に気遣ってもらった事がなかったので、そのギャップに驚いてしまう。
ああ、吃驚した。思わず目を丸くして気持ちが顔に表れてしまうところだった。
こんな気遣いが過去に少しでもあったなら……
いえ、それでも結果は変わらなかったわね。絆される事は無いけど、過去と比べるのはよそう。
そんな事を考えながら、サイモン様に微笑む。
「ありがとうございます。まだ歩行は難しいですが、他は順調に回復しておりますので、これ以上自分の仕事を休む訳にはいかないと思い、仕事を再開致しましたの。
サイモン様にも、ずいぶんとお心を砕いて下さったようで、本当に申し訳なかったですわ」
「いや、君が元気になったなら本当に良かったよ。とても心配していたからね」
サイモン様はそう言って、微笑んでくる。その表情は心做しか疲れきっており、よく見ると目の下にクマもある。
おかしいな? 報告ではちゃんと睡眠時間も取ってるし、三食も欠かしてないと聞いたけど?
ストレス? まさか自分に割り当てられた仕事をしただけで?
だとしたら、やはり王の器ではないわね。
そんな事を考えながら、優しげに声をかける。
「サイモン様こそ、体調は大丈夫ですの? 何だかとてもお疲れのご様子ですわ。目の下にクマもありましてよ? 睡眠はとれていらっしゃいますの?」
そう聞いた私に、サイモン様は目を見開き、それから少し照れたように笑いながら私を見た。
「シンディが心配してくれて、とても嬉しいよ。最近忙しくて、睡眠を取ってもなかなか疲れが取れないんだ。
何だか食欲も湧かないし……」
そういうサイモン様に呆れる。
うそつき。
ちゃんと三食しっかりと食べて、なんならおかわりする時もあるって聞いているわよ?
ちょっと真面目に仕事しただけでそれなのか。
日頃から真面目に働いている王国民に謝りなさいよね。
そう思うが、今日来たのは単に労いにきたわけではない。
「この前、文官達がわたくしの部屋を訪れてきましたの。
サイモン様のお仕事を手伝うように言われましたが、わたくしも気持ちに余裕がなかったもので、お断りしてしまって……
もしそれが原因で、サイモン様に過度なご負担をおかけしたのではないかと、気が気じゃなかったものですから、今日はこちらに伺わせて頂きましたのよ?
何かお手伝い出来る事はございませんか?」
そう聞いた私に、サイモン様は一瞬ニヤリとした。
あ、今、やっぱりコイツはチョロいとか思ったわね?
苛立つ気持ちを押さえながら、必死で心配そうな表情を作る。
「ありがとうシンディ。やっぱり君は優しいね。
実は今、とても難しい案件があって、それでこんなに悩んでいるんだよ。
もし君が知恵を貸してくれるなら、こんなに嬉しい事はないかな」
「まぁ! わたくしなんかでよければ、是非手伝わせてくださいませ! それで一体どんな難しい案件ですの?」
「それが……説明したいのはやまやまなんだけれど、ちょっと私は出掛けないと行けない用事があってね。なのに仕事は山積みで困っていたところなんだ。
……君さえよければ、代わりに仕事を片付けてもらいたいんだけれど、頼めるかい?」
あぁ、早くリリアに会いに行きたいのに、行けなくて苛立っていたのね。
今にも出て行きそうな勢いでソワソワしているじゃない。
この様子だと、すぐにでも密会の証拠が押えられそう。
そう考えながらも、表面上はサイモン様を労わっているように、心配そうな表情をする。
「まぁ! 本当にお忙しいのですのね! 分かりましたわ。わたくしでは至らないかも知れませんが、ぜひお手伝いさせて下さいませ。
どうぞサイモン様は、お気になさらずお出掛け下さいませね」
私がにっこりと笑ってそう言うと、サイモン様は目に見えて、パァーっと瞳を輝かせながら喜んでいた。
「ありがとう、シンディ! じゃ、後のことはよろしく頼むよ!」
そう言って、早々に執務室から出ていく。
「ヴァル」
「御意」
私の呼び掛けにヴァルは短く返答し、ヴァルも姿を消した。
「さて、と……この書類の山。どうしてやろうかしらね?」
素直に手伝うのは、何か癪に障る。
急ぎの分だけ捌いて、後は明日の持ち越しでいいだろう。
全部引き受けるとは言っていないしね?
私は部屋に残っているサイモン様付きの文官達に、急ぎの案件だけピックアップしてもらい、それを素早く捌いていく。
「ああ……こんなに早くこの案件が処理出来るなんて」
「今日の分のノルマがあっという間に……」
「今日は久々に定時で帰る事が出来る……」
あ、やってしまった。
つい、癖で いつものように書類を捌いてしまった。
しかし、久々に定時で帰れるって……嘘でしょ? そんなに難しい案件は無かったわよ?
こんな書類も上手く捌けないなんて、本当にサイモン様は未来の王の、いえ、王子としても器ではないかのように思えた。