16 サイモンの思惑②
「何だこの書類の山は!? 何故こんなに仕事量が増えている!?
私は忙しいのだぞ! こんなに一度に持ってこられても出来るはずがないだろう! 他へ回せ!」
サイモンは、自分の執務室に積み重ねられた書類の山を見てそう叫んだ。
今までに見たことも無い程の仕事量だ。巫山戯るにも程があると憤慨した。
先日、愛しのリリアがようやく釈放され、これでまたリリアとの逢瀬を楽しめると考えていたサイモンだったが、本日リリアから届いた手紙を読んで吃驚した。
リリアがシンディとの面会を断られ、謝罪の機会を失ったリリアが、あの怪しげな噂のあるザイトヘル伯爵の後妻として嫁がされそうになっているとそこに書かれてあったのだ。
リリアは怪我をさせたシンディに謝って、シンディの侍女として仕えたい、そして汚名を返上したいと考えたらしい。
いずれ側妃として召し上げる為には、リリアの名誉を回復しておかなければならないのだが、昨今、サイモンとリリアが学生時代よりシンディを裏切って、浮気をしていたとの噂が広まっている。
何とか噂を沈静しようとしたのだが、どうしてだか根強く噂が広まり、火に油を注ぐみたいに、動けば動くほど広まりを見せる為、どうすればいいのか頭を抱えていたのだ。
そこにきてリリアからの手紙。
はやる気持ちと焦る気持ちで、どうしていいか分からず、イライラしていた所にこの仕事の山を見て、サイモンのイライラはピークに達したのだった。
「大体、何故急にこれ程までに仕事量が増えているのだ!
前まではこんなに無かっただろう!
お前たちまで私を馬鹿にしているのか!?」
そう叫ぶサイモンに、一人の文官が説明する。
「王太子殿下、これは正当な貴方様の仕事量です。
しかもご結婚以降、王太子妃殿下のお怪我もあり、あまり仕事に手を付けられておられませんでしたので、余計に溜まっているのですよ。
これは取り急ぎ必要な決済分の書類だけ持ってきたに過ぎません。
まだまだ王太子殿下に捌いて頂く書類は、残っております」
「はっ!? それにしても多すぎるだろう!
例え最近はそんなに仕事に時間を割けなかったとしても、この量はおかしすぎる!
結婚前までは、あまり仕事に手をつけずとも、ここまで溜まった事はなかったはずだ!」
憤るサイモンに、そこに居た文官達は溜め息を吐く。
「今までは王太子妃殿下が王太子殿下の仕事を請け負って下さっていました。
それこそ婚約者となってから、ずっと」
文官の言葉に、サイモンは眉を顰めた。
「何故シンディが私の仕事を請け負っていたのだ? 私は知らないぞ!?」
「学園に通って居られた時から、私どもが何度も王太子殿下にお願いした仕事に対し王太子殿下は、今は忙しい、他に回せとの返答ばかり。
王太子殿下の仕事を迂闊に他に回す事も出来ず、あの当時、婚約者であったエドワール侯爵令嬢が、困り果てた私どもを見かねて、お引き受けして下さりました。
それから以降は王太子殿下に断られる度にエドワール侯爵令嬢に回させて頂き、徐々に直接エドワール侯爵令嬢に持っていくようになっておりました」
「……なら、今回もシンディのところに持っていけばいいだろう。
シンディはもう仕事を開始出来るようになったのであろう?」
「はい。私共もそう思って持っていきましたが、先程断られてしまいました」
「はぁ!? 何故だ!」
「それは本来、王太子殿下の仕事。何時までも代わりを請け負うのはおかしいと仰いまして。
王太子妃殿下もご自分に割り当てられた仕事がある為、今後一切、王太子殿下の仕事は手伝わないと断られました」
文官達は、先程王太子妃殿下の執務室で言われた事を思い出し、気まずい思いをしながらそう話す。
王太子殿下は学生の頃より、我儘でサボり癖のあったため、毎回仕事を依頼するのに苦労していた。
そんな自分たちを見かねたシンディが助けてくれたのだが、それに味を占め、毎回王太子殿下に依頼するのが面倒で、婚約者であったシンディのところに、気安く仕事を持っていっていたのだ。
今回、シンディにその事を指摘され、今後もそのような事が続くようなら、人事を考え直すと言われ、慌てて書類の山を持ち帰ってきたのだった。
「くっ……!
さっさと持ってこい!
サインすればいいんだな!?」
サイモンは仕方なく、仕事に取り掛かる事にした。
今回の件でリリアだけでなく、市井に拡がる悪評は今や貴族社会にも流れてきており、自分の評価も下がっている事は知っている。
しかも先日、エドワール侯爵や陛下からも叱責されたばかりだ。
これ以上評価を下げれば、せっかくシンディと結婚して盤石となった王太子の地位が危うくなってしまう。
シンディは今、仕事を再開したばかりで、余裕がないだけだ。
きっと、落ち着いたらまた自分を助けてくれる。
あいつは頭がいいから、仕事を捌くのが上手い。
学生時代の自分の仕事をきちんとこなしていたのなら、これからも頼れるはず。
ほとぼりが冷めるまでは仕方ないが、また前のように、自分の言う事をよく聞くシンディに戻るだろう。
そうすれば自分の分の仕事もシンディに回せばいい。
シンディの使い道に希望を見いだしたサイモンは、自分に都合よく解釈し、二年後にリリアを側妃に召し上げたら、シンディには形だけの王太子妃として、仕事だけをさせようと考えていた。