15 駆け引き①
「え? ローガスト伯爵令嬢が謝罪したいと謁見を申し出ているですって?」
ジュリアにそう伝えられた私は吃驚した。
いくら最終的に私がリリアを庇った事で釈放されたとはいえ、階段から突き落とした件について、まだ完全に疑いが晴れたわけではない。
昨今、自分がどのように周りから噂されているのか知らないのだろうか?
知ったうえで謁見を求めるというのは、余程リリアは私を懐柔させる自信があるのだろう。
確かに今までの私なら、リリアの言う事は何でもすぐに信じただろう。
今回だって、すぐに私がリリアを庇ったなら、ここまで長引かず、リリアに疑いの目が行く事もなかったはずだ。
なのにそうしなかった私を、リリアは疑問に思ったのかもしれない。
しばらく考えてから、私は答えた。
「会うつもりはないわ。お断りしてちょうだい」
「畏まりました」
ジュリアはすぐに私の返答を伝えに行った。
まさか私が謁見を断るだなんて、思いもしていないのでしょうね?
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「断られた!?」
「そうだ。まぁ可能性は低いと思っていたんだ。あの方はまだ傷が癒えていないのだ。いくら友人とはいえ、その原因となったお前に会うのは抵抗があるのだろう。
こうなった以上、ザイトヘル伯爵との婚約を勧めるしかないな。
うちとしてもお前をこのまま家に置いていては王家に睨まれる可能性がある。
何らかの行動を起こさねば、世間的にもよろしくないからな。
ザイトヘル伯爵の元に嫁ぐか修道院に行くか、早急に決めろ」
父に呼ばれて執務室に来たリリアは、父の言葉に二の句が継げない。
そのまま執務室を出て自室に戻ったリリアは、信じられない思いだった。
確かに結婚式当日まで、リリアとシンディは良好な関係だった。
シンディは完全にリリアを信じきっていたはず。
なのに、あの日以来シンディの考えが読めなくなっている事にリリアは苛立ちを隠せなかった。
「どういう事? あの女が私を拒むだなんて……
誰かあの女に入れ知恵でもしているのかしら?
もういいわ。お父様に頼んでも無駄なら、サイモン様に頼んで場を設けて貰うとしましょう。
会いさえすればきっとまたあの女は私を信じるはず。
私の名誉挽回の為には、今はあの女に取り入らなければ……」
そうしてリリアは秘密裏にサイモンに連絡を取る。
学園時代から、こうして秘密裏にサイモンに連絡を取るのは慣れたものだった。
「この手紙をあの方に渡して。
いつものやり方でね」
リリアは担当メイドにそう告げると、メイドは心得たかのように頷いて手紙を受け取る。
「サイモン様なら、上手くあの女を呼び出してくれるわ。
何としてもあの女に取り入って侍女にならないと。
あんな変態オヤジに嫁ぐだなんて有り得ない! 修道院送りも以ての外だわ!
わたくしはいずれサイモン様の妃になって、ゆくゆくは王妃にまでなる女なんだから!」
誰もいない自室で、リリアは両手を握りしめ、全身を震わせながらそう叫ぶ。
普段は大人しくか弱い女性を演じているリリアだが、本来は気性の激しい性格である事は、リリアの家の者しか知らない。
しかし、まさかそんな大それた事を考えている事などは誰も知らなかった。
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シンディの怪我も大分良くなり、まだ左足は治っていないが、右手は動かせるようになっていた。
「……って。手が動かせるようになった途端に仕事が入ってくるって、どうなの?」
シンディは目の前の書類の山を見て溜息をつく。
「申し訳ございません。本来の王太子妃様のお仕事に加え、ご結婚前より引き受けて頂いていた、王太子殿下の担当分が、あれ以来滞っておりまして……」
申し訳なさそうにそう告げる文官を見て、さらに溜息が出る。
「わたくしが療養していた間、サイモン様は何をしていらしたの?」
「お、王太子殿下は、その……
ローガスト伯爵令嬢をお助けする事に力を尽くしておられましたので……」
言いにくそうにそう告げる文官を横目に、過去の自分にも呆れた。
何故私は、あの男の分の仕事まで引き受けていたのか。
あの男はその空いた時間でリリアと楽しんでいたというのに。
「王太子殿下の仕事は、これからはご自分で行なってもらってちょうだい。
わたくしはわたくしの分の仕事だけ行います。
ローガスト伯爵令嬢が釈放された今、王太子殿下も心置きなく仕事に打ち込めるでしょう?」
そう言って、サイモン様の分の書類は持ち帰ってもらった。
文官はとても困った顔をしていたが、知った事ではない。
ちゃんとサイモン様に仕事をさせるのも、貴方達の仕事でしょう。