13 嫌悪感
私が王太子妃専用の庭でお茶をしていると、ヴァルがやって来た。
「王太子妃様。ご報告がございます」
「分かったわ。貴女達は少し下がっていてくれる?」
侍女三人をその場から遠ざけた後、ヴァルを見る。
「頼んでいた事が分かったのかしら?」
「はい。あの御二方の密会の証拠は押さえました。
既に市井にて、あの御二方の学生時代の行動の情報を流しております。
もとより、あの方達は市井にて行動していたおりに、あまり周囲を気にしていなかったようで、あの御二方は目立っていたようです。
写し絵を見せると、あの御二方が今噂されている方々と知って、私が意図せずともすぐに噂は広まりました。
私はその行動は真実の愛ではなく、裏切り行為である事を印象付けるようにほんの少し誘導したまで。
もとより、婚約者がいながら他の女性と親密に行動していたあの御仁には、不快に感じていた人々が多かったので、とても簡単に事が進められました」
ヴァルの報告を聞いて、私は満足気に頷いた。
まだ一部しか出回っていない真実の愛の噂を払拭する為に、新たな噂を上書きしたのだ。実際事実だし、世論を味方につけておくのは悪くない。
「ありがとう、ヴァル。上出来だわ」
私はにっこりと微笑みながらヴァルにそう言った。
ヴァルは胸に手を当てて、頭を下げる。
無口なこの男は、いつも表情を厳しめに私のそばに居て、私を守ってくれる。
頼んだ仕事も的確であり、速い。
とても有能で真面目な騎士が、何故私の護衛騎士をしてくれているのだろう?
「ねぇ、ヴァル。貴方に聞きたいことがあるの。
あなたはとても優秀で素晴らしい騎士だわ。とても感謝してるの。
でも、そんな貴方が何故――」
「お話中、失礼致します。
王太子妃様。王太子殿下が至急お話がしたいとこちらに向かって来られているそうです」
ヴァルに聞いてみたかった思いを遮られた感じで、侍女のマリが王太子の来訪を告げてきた。
「……そう。仕方ないわね。ヴァル、話はまた後で」
「はい」
ヴァルは返事をした後、すぐに定位置に戻って護衛に徹した。
その頃合いを見計らったようにサイモン様がやって来る。
「やぁ、シンディ。ここでお茶をしていたのか。
元気になったようで安心したよ。
私も一緒にお茶していいかな?」
サイモン様は笑顔で私にそう言って、私の返事を待つことなく私の前の席に座る。
「……突然どうなされたのです?
わたくしとお茶など、婚約期間中でもほとんどしませんでしたのに。
あの頃はお忙しいと、いつも約束を反故されておりましたわよね?」
つい恨みがましく言ってしまう。
もうこの男に心など許していないが、それでも積年の恨みを少し口に出すくらいは許してほしい。
「あの頃は悪かったね。
でも、こうして君と夫婦になったんだ。これからはこうして君とゆっくり過ごす時間を取っていきたいと思っているんだよ」
そう笑顔で話すサイモン様に、胡乱げな目をしてしまう。
気持ち悪い。
何を企んでいるのだろうか。
「そうなのですね。わたくしはてっきり何かお話があるのかと思っておりましたが」
「う~ん、そうだね。君とはこれまであまり話す機会が少なかったと、自分でも反省しているんだよ。
これからはもっと君の事を知っていきたいと思っているんだ。
今まであまり構ってあげられなくてすまなかったね」
そう言って、テーブル越しに私の手を握ろうとしてくるので、慌ててカップを持ち上げてお茶を飲むフリをして躱した。
本当に気持ちが悪い。
触れられそうになるだけで、こんなに嫌悪感が湧き上がってくるなんて。
廃妃になるまでに上手く立ち回れるだろうか、不安になってくるレベルだ。
「……そうそう。先程君のお父上に会ったよ。君があんなにお父上に愛されているだなんて知らなかったよ」
「まぁ、そうなんですの?
父は何か言っておりましたか?」
「この度の事故での、君の怪我を大層心配しておられたよ。
お父上の為にも、この事故の収拾を早く終わらせて安心してもらわないといけないね」
「……そうですわね」
「近々陛下からも君に話を聞きたいそうだ。誰も傷つかずに円満に解決する事を願っているよ。
私たちの結婚に瑕疵がつくのは君も本意ではないだろう?」
リリアの名前を出すのを控えてはいるが、ようは早くリリアの責任を否定して事故として終わらせろと言いたいのだろう。
確かに、これ以上この件を引き伸ばす事は難しいようだ。
実際、リリアが意図的に私を突き飛ばしたという証拠などない。
要はそういう疑惑を皆に植え付けて、リリアの人物像を崩していくという目標は達せたのでいいとするか。
「そうですわね。
友人であるリリアがわたくしを裏切っていない限り、わたくしもリリアを殺人未遂の犯人とするのは、本意ではありませんわ。
陛下にもそのようにお伝え致しましょう」
私がそういうと、サイモン様は少し引き攣った表情をしながらも、何とか笑顔で頷いた。