プロローグ
また駄目だった。
何故こんな風になってしまうのだろう。
今回こそは、サイモン様のお心を繋ぎ止められると思ったのに……
私は今、王宮の地下牢にいる。
王妃である私が、何故こんな所に入れられているのか。
それは、側妃であるリリアを害そうとしたという、あらぬ疑いをかけられたから。
リリアは今、妊娠していた。
ウッドベルク王国の国王陛下である、我が夫の子をお腹に宿していたリリア。
学生時代からの親友でもあったリリアを害そうだなんて、そんな事、私がするはずがないのに……
私は二人の事に口を挟んだ事はない。
リリアに嫉妬することなく、仲睦まじい二人を応援するように接してきたはずだ。
そもそも、サイモン様との間に子供を授からなかった私がいけないのだ。
だから、慣例に従って側妃を娶る事となったのだから、文句などあるはずがない。
そんな事よりも、私は二人とは適正な距離を保ちつつ、王妃として日々の職務を全うしていけば、問題は無いと考えていた。
今回は上手くやれていたはずだ。
なのに、どうしてまた疑われ、誰も私を信じてくれないのかしら……
カッツーン、カッツーン……
疲れきって地下牢で横たわりながら、そんな事を考えていた私の耳に、誰かが地下に降りてくる足音が聞こえた。
顔を上げると、そこにはサイモン様とリリアの二人が立っていた。
「あぁ! サイモン様! リリアも来てくれたのね! ねぇ、お願い! わたくしをここから出して! わたくしがリリアに毒など盛るはずがないわ! だって、わたくし達は親友じゃない! サイモン様! わたくしは、この国の王妃として恥ずかしくない行動を取ってきたつもりですわ! どうかわたくしを信じてくださいませ!」
私は二人に必死に懇願した。
そんな私を見て、リリアがクスっと笑う。
サイモン様は露骨に顔を顰め、
「これがあのシンディなのか?」
と、まるで汚物を見るかの様な視線を寄越した。
ここに入れられた際、王妃として身に付けていた装飾品は全て取り外され、着ていた豪華なドレスも、シンプルなグレーのワンピースに着替えさせられたわたくしは、乱暴にこの地下牢に入れられてから既に二週間は経過している。
当然お風呂に入れるはずもなく、土埃に埋もれ、日の光も当たらないこの場所で、一日にたった一度の硬いパンと水しか与えられていなかったため、今までのわたくしの姿からは想像も出来ない程に見る影もなく、痩せて、汚れていてみすぼらしい。
それでも、王妃であるという矜恃は持ち続け、いずれは冤罪が晴れるという思いで頑張ってきたのだ。
そんな私の気持ちを踏みにじるかのような視線に、思わず私は俯いてしまった。
「サイモン様。お約束通り、ここからはわたくしとシンディの二人きりで話をさせて下さいませ」
リリアがサイモン様に、にっこりと笑いながら可愛らしくお願いする。
そのリリアの仕草に、ほっと一息つきながらサイモン様は頷いた。
「ああ、上で待っている。何も無いとは思うが気を付けろよ。君のお腹の中には私達の大事な宝が入っているのだからな」
サイモン様は愛おしげにリリアにそう言うと、もう一度私を一瞥し、嫌なものを見たという顔をした。
そしてそのまま、私には一言も声をかけてくれる事なく、サイモン様は戻っていく。
「サイモン様!」
私の叫びなど、全く聞こえていないかのように。
「もう、シンディったら。まだそんなに元気に叫べるなんて、本当に図太いわね?」
地下牢の鉄格子の向こう側で、リリアは可愛らしく首を傾げながら、今まで向けられた事もない視線と口調で私に声をかけてきた。
「リ、リリア……?」
「何、その吃驚した顔は。クスッ。まぁ仕方ないか。私は今まで貴女とは友好的に接してきたものね? でもね、教えてあげる。私ね、貴女の事、昔から大嫌いだったのよ?」
リリアはそれは楽しそうにそう話した。吃驚して声が出ない私に構うこと無く、そのまま独り言のように話し始める。
「本当にここまでくるのが長かったわぁ。貴女ったら、サイモン様に愛されてもいないのに、ずっとサイモン様の為にと必死で尽くしてくるんだもの。
サイモン様が絆されないように、私も気が抜けなくて疲れていたのよね。
家柄だけでサイモン様の婚約者になったくせに、そのまま王妃になった貴女の事、どれだけ憎んでいたか、貴女は気付いていなかったでしょう? それはここに入れられていても同じ。全く疑うこと無く、いずれは助かると信じているから貴女は、こんなにもここで頑張っているのよね? だからね? 最後に貴女のそのお高くとまっている顔を、歪ませたいと思ってここに来たの」
クスククと笑いながらそう話すリリアに、私は怪訝な顔をした。
一体リリアは何を言っているの?
「今、宮中は、貴女が居なくなった事で仕事が滞り、少なからずパニックを起こしているそうね? 流石は模範的な王妃と呼ばれていただけあるわね? そんな模範的な王妃が、妊娠した側妃である私に、毒入りのお茶を飲ませようとしただなんて、王妃もやっぱりただの女だったかって、みんな失望していたわよ?」
「わたくしはそんな事していない! ちゃんと調べて!」
リリアの言葉に思わず反論する。
「ええ、そうね? でもね、貴女の専属護衛騎士が、貴女のお気に入りのお茶を差し入れとして私に持ってきた。そのお茶には堕胎薬が入っていたの。それを指示したのは貴女で、実行犯が貴女の専属護衛騎士」
「お茶の差し入れですって? そんな事、ヴァルに頼んだ覚えはないわ!」
ヴァルというのは、王妃である私の専属護衛騎士だ。
寡黙だが、とても優秀で、元聖騎士でもあった、とても信頼出来る人。
あのヴァルが、そんな事をするはずがない。
必死でそう叫ぶ私は、この時初めて私にかけられた冤罪の内容を知った。
誰にも何にも説明されず、ただリリアに毒を盛ったとされて、そのままの勢いでこの地下牢にと閉じ込められたのだ。
その経緯は明らかに異常で、だからこそ、ちゃんと調べてほしいと何度も懇願したけれど、ここに来るのは地下牢担当の男が一人で食事を持ってくる時のみ。
その人に言ったところで何も変わらないと、心が折れそうになっていた所に、サイモン様とリリアが来てくれたから、ようやく話を聞いてもらえると喜んだのに、このリリアの態度は、違和感しかなく……
「お腹の子供は国王であるサイモン様の子。貴女と護衛騎士は未来の国王陛下を、国母となる私共々、葬ろうとした罪で裁かれるのよ? どう? このシナリオ。上手く出来てるでしょう?」
「えっ?」
「クスッ。まだ分からない? だって貴女、いつまでも皆の支持を得ていて邪魔なんですもの。徐々に追いやって、自滅するように仕向けようとしたのに、貴女の護衛騎士が何かと邪魔するし。
だからあの護衛騎士を私の元に引き抜こうとしたのに、生意気にも断るから、あの護衛騎士も排除する事にしたの。
あの美丈夫は好みだったから、勿体なかったけれどね?」
「リリア……? 貴女、さっきから何を言って?」
「あ、そうそう、因みにあの堕胎薬入りお茶は、シンディ、貴女が王家に嫁いで来た時からずっと飲み続けていたものよ? 貴女が毎朝飲んでいるハーブティの中に堕胎薬が入っていたの。貴女に妊娠されると私が側妃として召し上げられる事も出来ないから、サイモン様と相談して、初めから貴女が妊娠しないようにしていたのよ。貴女ったら、最後まで気付かないのだもの。本当にお馬鹿さんよね?」
は? リリアは何の話をさっきからしているの?
堕胎薬入りのお茶? 嫁いで来た時からわたくしはそんなものを飲まされていた?
サイモン様もそれを知っていて、それでも子が授からないわたくしを責めていたの?
それに……護衛騎士を排除したって言った?
「ヴァルは……ヴァルはどうなっているの?」
「あらあら。シンディは最後までお優しいこと。この状況で、たかが護衛騎士一人を気にかけるなんて。裁いたと言ったでしょ? あの護衛騎士はもうすで処刑されたわよ?」
「なっ! ヴァルは何もしていないじゃない! どうして罪も無い人を簡単に殺める事が出来るの⁈」
「邪魔だったからと言ったでしょう? あの護衛騎士は、私達の計画に薄々気付いていたようだったから、もう面倒になってしまって。まとめて二人とも排除して、私が改めて王妃となってサイモン様を支えてあげるわ」
さっきからリリアの言葉が理解出来ない。こんなにも話が通じない人だった?
「だからね?」
そう言ってリリアは小瓶を私に投げて寄越した。
「貴女はここで自害なさいな。公開処刑もありかと思ったけれど、万が一、あの護衛騎士のような人間が現れて、この一連の流れに疑いを持たれて、民衆を惑わされても面倒なのよね。貴女がここで自害すれば、貴女の家族は助けてあげるわよ? でないと、公開処刑の時に、貴女の両親や親族も、貴女の隣りに並んで一緒に処刑する事になるわ。貴女もそれは望んでいないでしょう?」
終始楽しそうに笑いながらそう話すリリアを見て、私の中で何かがストンと胸に落ちた。
あぁ、そうか。
今までずっと、リリアとサイモン様にしてやられていたのか。
初めから仕組まれていたとも気付かずに、今度こそはと、必死でやり直しを頑張ってきたのに……
「さぁ、シンディ。早くその小瓶を拾いなさい。でないと貴女の家族や親族が、家門ごと無くなってしまうわよ?」
楽しそうに私に向かってそういうリリアを無表情に見る。
こんな女を親友と思っていただなんて……
今度はもう、生き返りませんように。
神様、どうかこのまま、もう生を終わらせてください。
もう、この二人には二度と出会いたくありません。
ヴァル、私の専属護衛騎士だった為に、巻き込んでしまってごめんなさい。
私も、すぐに貴方の所に行って、ちゃんと謝るから。
こんな不甲斐ない主人であった私をどうか許さないでね。
心の中でそう呟きながら、私はその小瓶を拾うと、そのままリリアの前で全てを飲み干した。




