男爵令嬢は流星の騎士と想いあう
その夜、わたくしはエイリアスに誘われるまま、二人で一頭の馬に乗り、王都から少し離れたところにある丘へと向かった。
隣町へと続く街道を途中で折れて、森を抜け、夜空の見える場所に着いた。
わたくしとエイリアスは並んで座り、指を絡めて満点の星空を見上げた。
エイリアスは星々を指さして、遠い故郷の話をしてくれた。
「ディアナ、君だけは、私の本当の姿を知っておいてほしい」
そう言った彼の姿は、静かに闇に溶けていった。
わたくしの前には、地上に落ちてきた満月があった。
淡い光を放つ球体は、静かにわたくしを照らしていた――。
「喜べ、ディアナ! 我が娘よ! 国王陛下とこの父とで、お前の婚約者を決めたぞ!」
この国の騎士団長をしているお父様が良い笑顔で言ってきた時、わたくしは嫌な予感しかしなかった。
わたくしと同じ黒い髪と青い瞳を持つこのお父様は、王立学院の同級生だった国王陛下の忠臣で、ほぼ国王陛下のことしか考えていない。
「お前は我が騎士団の副団長、エイリアス・グレイと婚約して、一緒に王立学院に通うのだ!」
ワーオ! お父様の部下で騎士団の副団長と婚約するなんて、相手が普通ならとっても良いお話よ!
でもね、彼はただの騎士団の副団長ではない。
異邦人だ。
いくら国王陛下が王立学院でのエイリアスの世話係をお望みでも、娘を異邦人の婚約者にするってどうなの……。
エイリアスが隣国の王太子とかだったら、まだ良かったんだけどね……。
あれは半年ほど前だ。
辺境伯の領地の西にある山に、ティーカップをソーサーに逆さにして置いたような、おかしな銀色の物体が落ちてきた。
その時の様子は、『まるで流れ星が地上にまで到達した時のようだった』と伝えられている。
辺境伯率いる辺境軍に包囲された謎の物体から出てきたのが、エイリアスだった。
シルエットだけなら、エイリアスも人間よ。頭と胴体と手足がある。
ただ、頭は雫を逆さにしたみたいで、目は黒目だけ、鼻はないし、口はあっても唇はない。胴体と手足は、のっぺりしていてすごく細い。
身長は、わたくしとそう変わらない位だったはず。
「ワレワレハ宇宙人ダ」
と、全身が銀色のエイリアスは辺境伯に名乗ったという。
「我々ということは、他にも仲間がいるということなのか!?」
辺境伯と辺境軍が身構えると、エイリアスは「ワレハ宇宙人ダ」と言い直したらしい。
一人称が『我』とか、物語から飛び出してきた魔王なのって感じだわ……。物語みたいに、勇者に魔法でも撃ち込まれて、倒されてくれたらよかったのに。
怪しすぎるエイリアスと対峙しているその場に、ずたぼろの伝令が馬に乗ってやって来て、『辺境伯領の東方で山崩れが起き、なぜか山裾の町や村が水没した』と伝えたそうだ。
辺境伯と配下の者たちは、山が崩れると、どうして町や村が水没するのか、まるでわからなかったそうよ。
「ココハ俺ガ出ルシカ、ナイヨウダナ」
エイリアスはそう言うと、辺境伯たちに東方でどういったことが起きていそうなのかを説明した。
『山に水源となる湖かなにかがあって、水が岩かなにかで上手いことせき止められていたのが、山崩れによって崩壊した可能性が高い』
このエイリアスによる片言の説明は、後の調査で正しかったことが証明された。
辺境伯はエイリアスを捕虜として東方に連れて行き、一緒に山崩れを調査した。
エイリアスは山崩れが起きた山で、時間が経つと固まる不思議な泥を作り、その泥を使って『ダム』なるものを作ったそうだ。
辺境伯もお父様と同じ国王陛下狂いなので、いろいろと不思議な術を使えるエイリアスを国王陛下に献上した。
国王陛下は忠臣であるお父様の騎士団にエイリアスを入れて、様子を見てみることにした。
エイリアスは騎士団でこの国の剣技を習得し、その強さで副団長にまで上り詰めた……というのは表向き。
「エイリアス、あいつはスゲーよ! やってらんねーよーな書類仕事をサクサクこなす! もうあいつが騎士団長でいいんじゃね!? 王立学院を卒業させて、騎士学校にぶち込んで、騎士団長になってもらおうぜ!」
前副団長であるお兄様は、お父様と一緒にエイリアスを絶賛していた。
『数年待ってもいいから、書類仕事をサクサクこなすエイリアスに、騎士学校卒業という学歴をつけて騎士団長になってもらいたい。そうしたら、自分たちは戦うだけでよくなる』
わたくしのお父様とお兄様は、おそらく脳内まで筋肉でできている。
このめちゃくちゃな計画は、二人の崇める国王陛下のお力をもってしても止められず、エイリアスはまず王立学院に入学することになったのだった。
わたくしとエイリアスとの顔合わせは、王立学院への入学後だった。
わたくしとエイリアスの婚約は、元よりエイリアスに王立学院卒業という学歴をつけさせることを目的としたもの。
エイリアスは異邦人で両親もなく、両家の顔合わせなども必要としていなかった。
それにしたって、婚約者と初めて会う場所が王立学院の廊下とか、どうなんだろう……。
「ディアナ嬢、聞きましたわよ! 異邦人のエイリアス様と婚約なさったのでしょう?」
「すごいですわ! わたくし、本当に驚きましたのよ! さすが騎士団長の娘といったところですわね」
「王様の覚えめでたき、騎士団の副団長様とご婚約ですわね! うらやましいですわ!」
第二王子であるアウグスト殿下が取り巻きの三人の令嬢たちと、従者である侯爵家の三男を連れてやって来て、わたくしを嘲笑していた。
取り巻きの令嬢たちは格上の、侯爵令嬢と伯爵令嬢と子爵令嬢だ。
男爵令嬢であるわたくしは、曖昧に笑ってやりすごすことにした。
アウグスト殿下の婚約者である、ラーボック公爵令嬢のマルガレーテ様はどうしたのだろう。これでは噂通り『第二王子殿下は婚約者と不仲だ』と思われてしまうわ。この場では最も格下のわたくしでは、お諫めすることもできないけれど……。
「婚約者と会うから、おしゃれをして来たのだな」
アウグスト殿下が、わたくしの頭にあるフリル付きの大きなリボンを指先で弾いた。オレンジ色のリボンを、白いフリルで縁取った、流行ど真ん中のヘアアクセサリーだ。
「黒髪も綺麗に巻いて。流行りの縦ロールですわね!」
「おリボンと同じオレンジの口紅ですのね! 頬も同じお色なのかしら? 黄土色に見えますけれど?」
「春らしい菫色のドレスですこと! スカートの斜めフリルが、まあ、三段も! よくお似合いですわよ!」
わたくしは王都での流行りのファッションに身を包んでいた。
亡きお母様の侍女だったルースと一緒に、なんとか今っぽいおしゃれをしてきたのだ。
ルースは何度も「こんなおばあちゃんには、わかりませんよ」と言っていたけれど、わたくしは若い侍女なんて雇うつもりはなかった。
ルースはおばあちゃんかもしれないけれど、わたくしにとっては亡きお母様も同然ですもの。
わたくしが若い侍女なんて雇ったら、ルースはすぐにでもわたくしの侍女を辞めて、お母様のお墓のある父の領地に行ってしまうわ。
「わたくしたちには、とてもできませんわ!」
「とーってもお似合いでしてよ!」
「異邦の騎士様と婚約者した方らしい装いですわ!」
三人はわたくしを見ながら笑い出した。
わたくしは、銀色の奇妙な姿をした異邦人の婚約者だ。
少しでも侮られないよう、美しく装ったつもりだった。
「楽しそうでいらっしゃいますね」
男の声がした。
わたくしたちは一斉に、声のした方を見た。
長い銀髪を黒いリボンで緩くまとめた、黒曜石のような瞳を持つ、ものすごく美しい男性が立っていた。
黒い騎士服を着ているせいだろうか。辺境の三騎士様と、王都の双璧と呼ばれる騎士団の二人、母親の身分が低いため騎士団の見習い騎士になった第三王子殿下。この国でも名高い美男たちを混ぜ合わせて、良いところだけ取り出したように見える。
背は高く、全身が適度に鍛えられていた。
ゴツすぎず、細身すぎず――。
こういう体つきを、英雄体形と呼ぶのだろう。
「第二王子殿下にご挨拶いたします」
男は騎士の礼をしてから、わたくしの肩を抱いた。
「私のディアナ、今日は買い物に行こうと約束していたでしょう。迎えに来ましたよ」
わたくしは間近にある男の顔を見上げた。『私のディアナ』ですって!?
「待たせすぎましたね」
男はわたくしに甘い笑みを浮かべてみせた。
誰……? 誰なの……?
いや、わかってはいるのよ。わたくしを『私のディアナ』なんて呼んで許されるのは、婚約者であるあの銀色の異邦人しかいない。
「エイリアス様?」
「そうですよ、私のディアナ。さあ、行きましょう」
エイリアスはわたくしを促して、廊下を歩き出した。
わたくしたちの背後では、アウグスト殿下の取り巻きの令嬢たちが叫んでいた。
「なんて麗しい方なの!? どういうこと!?」
「ものすごい美形じゃない! 全身が銀色でツルツルなのではなかったの!?」
「そうよ、瘠せ細った裸の小男だって聞いていたのに! この国一番の美男だわ!」
エイリアスがわたくしの耳に唇を寄せて、「この姿は好評のようですね」とささやいた。
令嬢たちの「きゃあ!」にも「ぎゃあ!」にも聞こえる凄まじい声が、背後で上がった。
わたくしは驚きすぎると黙り込むタイプで良かったわ。
そうでなかったら、ものすごい悲鳴を上げていただろう。
わたくしはエイリアスに連れられて、馬車で古着屋に連れていかれた。
店内には流行遅れになって手放されたのだろう、色とりどりのドレスが下げられていた。
「ここは古着の匂いに気を付けている店です。古着を買う時はここで買いましょう。臭いのはいけません」
エイリアスはわたくしの前に立つと、「解析シマス」と言って、わたくしを上から下までじっくり見ていった。
さらにエイリアスは店内も「解析シマス」と言いながらぐるっと見まわした。
エイリアスは店内から鮮やかなロイヤルブルーのドレスを選び出した。色こそ派手めだけれど、フリルなどはなく、スカートの広がりも控え目だ。これまでに見たことのない、シンプルなドレスだった。
「おいおい、騎士様。そいつが流行ったのは、先代の王様の頃ですぜ?」
店主の親父が言うと、エイリアスは「把握シマシタ」と返した。
わたくしは銀貨二枚という激安の、妙なドレスに着替えさせられた。
頭のリボンも言われるままに外した。
エイリアスはわたくしの頭に、ドレスと同じロイヤルブルーのリボンをつけてくれた。細くてフリルもない、ただのリボン。
麗しの騎士様は、わたくしにはこういう時代遅れな装いがお似合いだとでも思ったのだろう……。
エイリアスは、同じ頃に作られた、ワイン色や、濃い緑、黒に近い茶色などのドレスと、同じ色のリボンを買ってくれた。
「アクセサリーもつけましょうね」
エイリアスは古着屋を出ると、ふわりとほほ笑んだ。
次に連れていかれたのは、王都一の宝飾品店。エイリアスはイヤリングとペンダントのセットを買ってくれた。一粒ダイヤのものと、小さな真珠が一粒だけついたものの二種類だ。
さらに、化粧品を扱う商店にも行き、エイリアスはまた「解析シマス」と言って店内を見まわしてから、口紅などを買ってくれた。
「リボンとドレスは同じ色同士でも、別な色を組み合わせても良いです。アクセサリーはバラバラではいけません」
エイリアスは買った物を持って、わたくしの屋敷まで来てくれた。
エイリアスはわたくしの縦ロールの髪を濡らして、まっすぐに戻した。
ルースがわたくしに一粒ダイヤのイヤリングとペンダントをつけてくれた。
エイリアスがルースに指示して、わたくしのお化粧も直してくれた。
翌日、王立学院に行くと、アウグスト殿下が走って来て、わたくしの前にシュタッと音を立ててひざまずいた。アウグスト殿下の後ろでは、従者が困惑した顔をしていた。
「どちらの国から留学して来られた姫君でしょうか? 私はこの国の第二王子、アウグストです。どうかお気軽にアウグストとお呼びください」
わたくしはまた嫌味が始まったのだと思った。悪意さえあれば『姫君』だって罵り言葉になるもの。
ロイヤルブルーのドレスとリボン、純白のアイシャドウ、ワイン色の派手な頬紅と口紅は、やっぱり時代遅れで変なのだわ……。
「おやめください、アウグスト殿下。私の婚約者です」
「エイリアス様!」
わたくしがふり返ると、エイリアスがゆったりと歩いてきていた。
「なんだと!?」
アウグスト殿下は飛び上がるようにして立つと、わたくしを上から下までねっとりと眺めた。
「あの脳筋の娘が、こんな美人だったとはな。先に知っていたら、お前との婚約を断らなかったぞ」
アウグスト殿下はわたくしの顔に手を伸ばしてきた。その手がわたくしに触れる前に、エイリアスがわたくしの肩を抱いて引き寄せてくれた。
「ディアナ、中庭のベンチでお話ししましょう」
アウグスト殿下は「おい、待てよ!」なんて、怒気をはらんだ声で呼びかけてきたけれど、エイリアスは無視して歩き続けた。
わたくしは自分がこの時代遅れな装いをすると、美しく見えるのだと知った。他の令嬢や令息たちからも、急におしゃれになった、美人になったと褒めまくられた。友達も急激に増えた。
エイリアスも令嬢たちから美形だ美形だと騒がれて、『流星の騎士様』なんて呼ばれるようになっていた。
わたくしは自分と婚約者が褒められて気分が良くなるよりも、ひどい虚しさを覚えた。
わたくしは身につける物やお化粧を変えただけ。
エイリアスだって、本当は銀色の異邦人なのに、どうやったのか美形に変身しただけ。
人は美しいものが好きだというのはわかるけれど、以前とはあまりにもみんなの態度が違いすぎて……。なんだか受け入れがたい気持ちだった。
わたくしはそれでも、エイリアスに『解析シマス』の力で整えてもらった姿で登校し続けて、「美人」と言われながら快適な三年間をすごした。
卒業式を無事に終え、わたくしはエイリアスと共に卒業パーティーに参加した。
エイリアスとの婚約は、お父様と国王陛下から、このまま継続しても、破棄しても、どちらでも良いと言われていた。
「皆の者、聞け!」
アウグスト殿下がいきなり、パーティー会場の真ん中で叫んだ。
「私はラーボック公爵令嬢との婚約を破棄する! 本来であれば、私はラーボック公爵令嬢となど、婚約しなかったのだからな!」
ワーオ! わたくしたちの代でも、この婚約破棄イベントが起きるなんて! 王立学院の歴史にまた伝説が一ページ増えたわ!
アウグスト殿下がわたくしの前に走って来て、またシュタッとひざまずいた。
「我が本来の婚約者は、騎士団長の娘のディアナだ。ディアナ、君のエイリアス・グレイとの婚約は、今日までのものだったな。あんな異邦人の世話を、長らくご苦労であった。明日からはこの第二王子の婚約者として、騎士団長ともどもこの国を支えていってほしい」
え……!? わたくしなの!? 取り巻きの令嬢たちでなく!? わたくし!?
わたくしはマルガレーテ様の姿を探した。マルガレーテ様は少し離れた場所で、ひどい顔色をして立っていた。
「わたくしのどこを良いと思われたのですか?」
「他の者のように飾り立てなくとも、君は十分に美しい。また、王子妃としての品格も、充分に備えている」
わたくしは改めて、マルガレーテ様を見た。マルガレーテ様はわたくしのものと似た、ロイヤルブルーのドレスとリボンを身につけていた。
マルガレーテ様は、ドレスばかりが浮き上がるように目立っている。その上、良く見れば愛らしい華やかな顔立ちに対して、装飾のほとんどないドレスとリボンは物足りない感じがした。
「わたくしの美しさも、アウグスト殿下のおっしゃる品格も、すべてエイリアス様からいただいたもの。わたくしはこのまま、エイリアス様と結婚いたします」
わたくしは隣に立つエイリアスにほほ笑みかけた。
エイリアスはやさしく笑い返してくれた。
「なにを言うのだ!? その男が本当はどんな姿か忘れたのか!? 人間に化けているだけで、全身が銀色のおかしな小男ではないか!」
「それでもかまいません」
わたくしはエイリアスに身を寄せた。
アウグスト殿下は口をぱくぱくとさせながら、わたくしとエイリアスを交互に指さしていた。
エイリアスは先生に習う勉強の他に、放課後も図書室に通っていろいろな本を読み、この国について学んでいた。
わたくしは書架の間に立って、本を『解析シマス』しているエイリアスの姿が好きだった。
窓から差し込む夕日に照らされた美しい人間の男の姿に、たしかに銀色の異邦人の姿が重なることもあった。
エイリアスの故郷は、遠い星空の彼方にあって、文明が発達しすぎて滅んだらしい。
エイリアスは滅びゆく故郷を脱出して、宇宙船という星空を駆ける馬車に乗り、わたくしたちの国にやって来た。
エイリアスはこの国で生きていくことに決め、この国の衣装をまとい、この国についていろいろ勉強していた。
わたくしに王子妃としての品格があるというならば、エイリアスと一緒にこの国の礼儀作法を勉強したからだ。
礼儀作法は二人だけではわからなくて困っていると、一人でいることの多いマルガレーテ様が来てくれた。王子妃としての教育を受けたマルガレーテ様は、わたくしたちの礼儀作法の先生になってくれた。
エイリアスはお礼としてマルガレーテ様にも『解析シマス』をした。
マルガレーテ様の魅力を引き立てるのは、明るいオレンジやピーチピンク、若草色をした、細かいフリルがいっぱいのドレスとリボンだった。
ペンダントも小さな花やフルーツの寄り集まったデザインのものが、マルガレーテ様の愛らしさに合うようだった。
愛らしくて少しいらずらっぽい顔立ちの、明るい金髪に緑の瞳のマルガレーテ様には、わたくしと同じものは似合わない。
わたくしに似合うロイヤルブルーのドレスなど着たら、顔がひどい土気色に見えてしまうわ。
「婚約は破棄なのですね。わかりました」
マルガレーテ様は震える声で了承した。うつむいて、肩を震わせている。
「いや、待て! ちょーっと待てっ!」
「婚約者がいなくなったなら、マルガレーテ様、どうか私の手をとってくださいませんか?」
アウグスト殿下の従者である侯爵家の三男が、マルガレーテ様に向かってひざまずいた。
マルガレーテ様は、「はい」と迷うことなくその手をとった。
この侯爵家の三男は、卒業と同時に第二王子殿下の従者を辞めて、エイリアスと共に騎士学校に入学することが決定していた。
アウグスト殿下は卒業後、しばらくして取り巻きの令嬢の一人と婚約した。
しかし、すぐに令嬢から『王子妃教育に耐えられない』と婚約を破棄された。
その後も、アウグスト殿下は何度も婚約と破棄をくり返し、結局、生涯独身を通された。
エイリアスは騎士学校を卒業すると、わたくしと結婚し、騎士団長になった。
侯爵家の三男も同様に、マルガレーテ様と結婚し、副団長となり、ずっとエイリアスを支えてくれた。
エイリアスはわたくしがおばあちゃんになると、騎士団を辞めて、わたくしの世話をしてくれた。エイリアスは若いままだったから、まだまだ活躍できるのに。
わたくしは死の床で、エイリアスに再婚するよう勧めた。一人ぼっちはさみしいわ。
エイリアスは遠い星空の彼方からたった一人でやって来て、異国でずっとがんばってきたのよ。これからも支えてくれる人が、そばにいてくれた方がいいわ。
エイリアスはわたくしの手をとり、額に押し当てていた。涙を流すことのできない方だけれど、わたくしにはエイリアスの心が泣いているのが感じられた。
「私のディアナ、君が生まれ変わって来てくれるのを、私はずっと待っている。どんな姿になろうとも、解析なんてしなくたって、すぐに君だとわかるはずだ」
生まれ変わりなんて、そんな物語みたいなことが本当にあるのかしら……? わたくしにはわからなかった。
わたくしは曖昧にほほ笑んで目を閉じた。
ここで「わかりました」なんて答えたら、エイリアスはわたくしを、ずっと待ってしまいますもの。
わたくしの流星の騎士様、「待っている」と言ってくれた、そのお気持ちだけいただいていきますね――。