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やっぱりクズだったか~

目を開けると、まぶしい陽光に思わず顔をしかめた。この場所に来てから一日――正確には12時間ほどしか経っていないのに、まだ環境に慣れていない。


親しみを感じるブリキのゴミ箱にすがりながらよろめいて立ち上がり、目を擦ると、目の前に人だかりができて私を噂し合っていることに気付いた。


「こいつはホームレスだろ……」

「泥棒みたいだな……」

「いや、北方からの難民じゃないか? だって服装が妙だから……」


その時、群衆の中から大柄でがっしりした男が割り込んできた。つるつるの頭が太陽光を反射し、眩しすぎてまともに目を開けていられない。


「おい、俺は福川警備署の警察だ。さあ、ついて来い」


わけもわからず男の後を付いていく。石板舗装の道を歩くと、野菜の袋を提げた人々が私たちと逆方向に行き交っていた。


「名前は?」突然振り向いたおやじに、心底びっくりした。


「……シンム・ケンサクです……」自分でも聞き取れないほどの声で答える。北方の小さな町から逃げてきたこと、両親が死んだことなどを説明すると、その禿げ頭のおやじは深く同情したようだ。


10分ほど歩くと、どっしりとした広い建物が見えてきた。禿げ頭の後についてゆっくりと中へ入る。


「あら~甘鰹警官じゃない~。今日は何のご用?」カウンターの中の人物が顔を上げ、またすぐ下を向いた。


「こいつが身分証明の手続きに来た」私を指差す。その時気付いた――本来の大人の体が14歳程度に縮み、禿げ頭より頭一つ分背が低くなっている。あああ……私の186cmの身長が~~~


「はい、こちらへどうぞ」


カウンターの女性がゆっくりと現れた。改めて顔を観察すると、亜麻色の髪をおさげにして胸元に垂らし、耳は普通の人間の半円形ではなく、小説に出てくるエルフのような尖った耳。金色の瞳には何か未知のものが流れているようで、夜の星々のようだった。体は少し華奢だが、この世界に魔法があるせいか、あるいは種族の特性か、少なくとも容姿は際立っている。しかしこの二日間で見かけた人々は皆、元の世界に比べて圧倒的に美貌のレベルが高く、中下程度の容姿の私はひどく引け目を感じた。


彼女について、20畳ほどの広さがある食堂のような部屋――普段は来客用の応接所らしい――に移動する。座るように促され、木製の腰掛けを引き出して腰を下ろした。


「手を出しなさい」


テーブルの上に手を置くと、彼女の手が私の手をきつく包み込んだ。少し緊張が走る。どうしてこんなに肌が滑らかなんだ?


「名前は?」

「シンム・ケンサク」

「性別?」

「男です。見ればわかるでしょ?」

「そうかしら~」彼女は職業的微笑を崩さない。「自分をスライムだと思ってる人もいるのよ」

「えっ……マジですか……」

「種族?」

「人間です。純粋種」

「婚姻状況?」

「未婚」


質問に答えながら、改めて彼女を観察する。制服風の上着を着ているが、それは鞣し革でできている。ボタンではなくリボンと紐で留めてあり、ここらの手工業は発達しているようだ。ただ、彼女の体形からすると、紐の耐久性が心配になる。魔力は本当に体型や容姿を整える効果があるのか?


「上着を脱いで。『プライベートクリスタル』に身分を刻印するから」

そう言うなり、彼女はコートを脱ぎ始めた。自然と、その起伏が目の前に広がる。

待て……なぜ脱ぐ?


「詠唱中は手を離さず、邪魔しないでね」

「はい……」


柔らかな黄光が私を包み、呪文の詠唱と共に、体内から何かが抜けていく奇妙な感覚がした。温泉に浸かったように全身の毛穴が開き、「温かい何か」が塩昆布のように染み渡っていく。


ふと横を見ると、光の幕を通して彼女の名前が頭上に浮かんでいる。

「ソフィ・S・ローズマリー……」よし、覚えた。名前の下には、白光の中に彼女の裸体がぼんやりと映し出されていた。

……待て、何だこれは?!


思考が停止し、本能で顔を背ける。白光が消えると、手のひらに白い結晶が現れた。500mlのビーカーと同じくらいの重さだ。


「それがあなたの『プライベートクリスタル』。これがあって初めて福川城邦で『民権』が認められるの。――ただし『市民』になるには、二十歳になるか、魔法使いか錬金術師かオカルティストになる必要があるわよ~」ローズマリーは着衣しながら説明し、私は敬意を示すため頷き続けた。


もちろん彼女の話などそっちのけだった。この小さな結晶は、自分のステータスや所持品を直感的に確認できる機能を持っていたからだ。


「あの……ローズマリーさん……」

「あら、名前が見えるようになったのね~どうしたの?」

「この魔力密度120kJ/kgってどういうことですか?」

「大丈夫よ~」と言いかけて、彼女は突然凍りついた。

「……な、何ですって?!120?!」

「ええ……表示が120kJって……」

「まさか……食事を摂ってないの?!」彼女はため息をついた。

「?」

「普通は食事で少しずつ魔力が溜まるのに、120kJじゃ基礎の火球すら放てないわよ――」


しまった。異世界に来れば強くなって英雄になれると思ってたのに、現実は容赦なく私を打ちのめした。


元々平凡な人間だったが、今はそれ以下だ。所持金はわずかで、ポケットの福沢諭吉(※日本円)は無価値。生きる目標は元の世界のベッドでライトノベルを読むことだけか。


「落ち込まないで~食べれば魔力の上限は上がるわよ~」ローズマリーが肩を叩くと、胸元のリボンがひらひら揺れた。


「ケンサク、学校に行く気はあるか?」甘鰹警官が頭を覗かせた。眩しい! 反射光で目が潰れる!


「まあ……行けないわけじゃないけど……」

「入学試験なんて簡単だし~」甘鰹が小声で囁いた。「それに……美人が多いぞ~」


一瞬の沈黙の後――いや、ほとんど待たずに私は答えを叫んだ。

「行きます!」決意を込めて宣言する。


「よし、すぐ学校に連絡する」甘鰹がポケットからスマホを取り出した。スマホ?!

この世界は、再び私の常識を粉砕した。


---------------------------------


甘鰹の後を追って、少し狭い扉の前にたどり着いた。扉の上の大きな石には、くっきりと文字が刻まれている。


「福川第二魔導院」


何の因果か――いや、運命とでも言うべきか、私は再び「福川」という土地に足を踏み入れていた。


突然肩を叩かれ、はっと我に返って男の方を見る。


「どうだい? 珍しい観光地近くの学校だぜ~」

「で、でも……入学試験の内容は……」

「まず魔力テスト、次に筆記試験だな」甘鰹は存在しない髪をなでつつ笑った。「まあ、難しくねえよ」


待てよ?

何だって?

魔力テスト?!

この微々たる魔力じゃ即落選だ――悲鳴を上げそうになる。


敷居を跨ぎ、未知の扉の中へ進む。


右手を水晶玉に乗せると、幾筋かの白い光が蠢き、わずかな吸着力で手が固定された。突然、玉の光が乳白色から黄色に変わり、吸着力が斥力に転じ、手を優しく弾き飛ばす。


「君……本当に飯食ってるのか……?」

「えっ!?」また同じ質問をされた。


「で……彼の評価は?」甘鰹が首を伸ばして覗き込む。

「DからC+。これ以上は無理だ」

「つまり……俺はクズ?」私が問う。

「まあね……大袈裟に言わなきゃ、ギリギリ入学はできるけど……」


こうして私は不可解にも「落ちこぼれ」の烙印を押された。

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