06 あなたのことが大好きだったけど、今日嫌いになった
着替え終わった私は、手伝ってくれた女性騎士に頭を下げる。
「ありがとうございました。日を改めてクレム殿下にお礼にうかがいますとお伝えください」
「はい! お嬢様のお越しを騎士団一同、お待ちしております!」
瞳をキラキラ輝かせる女性騎士に、私はもう一度会釈してから医務室を出た。
「お嬢様、馬車までお見送りさせてください!」
なぜか張り切る女性騎士は、バスケットを持ってくれる。
「お言葉に甘えます」
「はい!」
早朝の王宮内を、私は女性騎士と二人で歩いた。
昨晩、華やかな夜会が開かれていたとは思えないほど、辺りは静まり返っている。
私の姿を見つけたのか、メイドのデイジーが駆け寄ってきた。
「お嬢様ぁ」
デイジーは、いつものように無邪気をよそおってニコニコしている。
私がデイジーを無視して歩いていると「もう、お嬢様ってば!」と馴れ馴れしく腕をつかんできた。
「離して」
「え?」
驚くデイジーの腕を、私は振り払った。
「お、お嬢様?」
「そう、私はこれでも伯爵家のお嬢様よ」
そういう私の声は、怒りと緊張でふるえていた。
「もーう、お嬢様ったら、どうしたんですかぁ?」
そう明るく言いながらも、デイジーの頬はピクピクと痙攣している。大嫌いな私に反抗されて腹が立っているのかもしれない。
「デイジー、あなたが陰で私のことをなんて言っているか知っているわ」
サッとデイジーの顔が青ざめた。
こんな風に他人を責めたことのない私の足は、情けないことにガタガタとふるえている。でも、この場から逃げたいとは思わない。
「たしか『えらそう。私とどこが違うの? 美人でもないくせに』だったかしら? つづきは何?」
「あ……」
デイジーは、キッと女性騎士をにらみつけた。
「こ、この女ですね!? 何を吹き込まれたんですか!? 私はお嬢様をこんなに大切に思っているのに」
泣きまねを始めたデイジーの瞳には、一粒の涙すら浮かんでいない。
こんな幼稚な手に今までだまされていた自分が恥ずかしい。自分自身にあきれてため息が出てしまう。
「お、お嬢様ぁ」
すがりつこうとしてきたデイジーを私は避けた。
「デイジー、騎士様に謝って」
「へ?」
「騎士様に無礼な発言をしたことを謝りなさいと言っているの」
デイジーは悔しそうに歯をかみしめたあと、「すみませんでした」と頭を少し下げる。
「騎士様、私のメイドが申し訳ありませんでした」
「いえ、お嬢様のせいではありません。お気になさらず」
私はデイジーを振り返った。デイジーは不服そうな顔をしている。
「デイジー、あなたを解雇します」
「……え?」
ポカンと口をあけるデイジー。
「あなたは私付きのメイドだからお父様の許可を得ず、私の権限で辞めさせることができるの」
「そ、そんなっ、お嬢様!」
あわてるデイジーと私の間に、女性騎士が割って入る。
「下がれ。お前の言動は目にあまる。この方は、お前がお仕えする伯爵家のご令嬢だぞ? そして、我が主、第二王子クレム殿下の大っっ切なご友人でもある」
なぜか『大切な』の部分にやけに力が入っているような気がする。
「主がお優しいと、つけ上がる愚か者がいる! それがお前だ。恥を知れ!」
デイジーは顔を真っ赤にして、私をにらみつけた。
「はっ! えらそうに、解雇だって!? せいせいするわよ! もう、この脳内お花畑女の世話をしなくて良いんだからさ! 何が伯爵家よ! 私だって、私だって、本当なら貴族のお嬢様なのに……」
デイジーは、男爵家の四女だった。でも、父である男爵が事業に失敗し多額の借金を作り、一人で逃げてしまったそうだ。
困ったデイジーの母は、男爵位を裕福な親戚にゆずり、自分達が平民になることで資金援助してもらった。しかし、それでも借金が残ったらしい。
逃亡した男爵に多少投資していた私の父が、娼館に売られそうになっていた幼いデイジーを哀れに思い、メイドとして引き取ってきたのが私達の出会いだった。
たしかにデイジーの言うとおり、もし私の父が失踪してしまえば、今度は私がデイジーのようになるのかもしれない。
でも、どうして私がここまでデイジーに嫌われないといけないの?
デイジーの背後で黒い化け物がもがきながら『大嫌い! あんたなんか大嫌い!』と叫んでいる。
そんなに嫌われているなんて夢にも思わなかった。
「デイジー……。私、あなたのことが大好きだったわ」
毒気をぬかれたような顔をしたデイジーに、私は泣きながら笑いかけた。
「でも、今日、大嫌いになった。あなたも私のことがずっと大嫌いだったのでしょう? 良かった、これで私達、ようやくわかり合えたわね」
デイジーはうつむき、この場から走り去る。
どこに行くのか知らないけれど、もう二度とデイジーに会いたくなかった。
デイジーに裏切られて悲しいのか、デイジーを追い出せて嬉しいのか私はわからない。次々に、涙があふれ出ててきた。
私はどうして泣いているの?
他の人のように、私自身の感情も精霊としてみえればいいのに。
そんなことを思っていると、女性騎士が「あ、殿下」とつぶやいた。
私が振り返ると、そこにはクレム殿下が立っていた。