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03 これは幻覚?

「なっ!? 血だと!?」


 怒ったロバート様に「どうして、すぐに私に言わなかった!」と怒鳴られて私は泣きたくなった。


「それより、医務室へ」


 クレム殿下の言葉で、ロバート様はさらに顔を赤くする。


「フィアナ、こっちに来い!」


 ロバート様が私に向かって伸ばした腕を、クレム殿下が払い落とした。


「彼女は頭から血を流しているんだ。乱暴に扱うな」


 気がつけば、私はクレム殿下に横抱きに抱きかかえられていた。


 そのことに気がついた私は、なぜかホッとした。長年付き合いのあるロバート様より、仮面をつけた見知らぬ男性のほうが不思議と安心できる。


 ざわつくホールを後にしたクレム殿下は、私をこのまま医務室へと運んでくれるようだ。


『クレム殿下』と呼ばれる仮面をつけた男性……。


 痛む頭で考えた私は『醜悪王子』という不名誉な呼び名にたどり着いた。


 たしか、この国の第二王子は、自ら好んで戦場に入りびたり、顔に大きな傷ができたため仮面をつけているというウワサを聞いたことがある。


「もしかして、あなた様が、第二王子のクレム殿下ですか?」

「そうだ。もう黙っておけ。傷にさわる」


 冷たい響きの言葉と共に、クレム殿下から淡い光が飛び出した。淡い光は、クレム殿下の周りをフワフワと漂っている。


「あの、殿下? こ、これは?」


 私が淡い光を指さすと、クレム殿下に「これ、とは?」と聞き返されてしまう。


「これです。ここに飛んでいる、光の玉のような」

「……頭の打ちどころが悪かったようだな」


 この淡い光はクレム殿下には見えていないの?


 クレム殿下の足どりは、どんどん早くなる。


 医務室に着いたとたんにクレム殿下は医師に「令嬢が頭をケガした。少し出血があるし、打ち所が悪かったようで幻覚が見えているようだ」と話した。


 幻覚……。いわれてみれば、頭を打ったときから視界がチカチカしている。


 年配の医師の指示で、クレム殿下は私をベッドにそっと下ろした。


「殿下のお手をわずらわせて、申し訳ありません」

「謝る必要はない」

「でも……」


 クレム殿下に「静かに」とさえぎられて私は黙り込んだ。


 医師が「失礼」と言いながら、私の髪をそっとかきわける。


「だいぶ腫れていますね。少しだけ切れて出血しています。何があったのですか?」

「バルコニーの柵で頭を打ってしまい……。まさか血が出ているなんて……」


 医師の治療を受けている間も、私の視界はチカチカしているし、クレム殿下の周りを淡い光の玉がフワフワと飛んでいる。


 医師は傷口に薬を塗ると、布を当てて包帯を巻いてくれた。


「治療は終わりましたよ。幻覚があるとのことですが、どういうものですか?」

「視界がチカチカして、光の玉がフワフワと飛んでいます」


 医師は「うむ」とうなずくと「ひとまず、様子を見ましょう」と言いながらクレム殿下を見た。


「殿下、ご令嬢は頭を強く打っているので、これ以上動かさないほうが良いです。このまま、ここに宿泊していただきたいのですが?」


 王宮の医務室に泊まることになったら、ロバート様にまた怒られてしまうわ。しかも、私の今日の失敗が両親の耳にも入ってしまう。


「いえ、私は帰り……」

「わかった。俺のほうで手配しておく」


 私の言葉をさえぎり、クレム殿下は医師に返事をした。


「でもっ」


 クレム殿下の指が、私のおでこに突きつけられる。


「でも、も、だって、もない。ケガ人は大人しくしろ」


 淡々と告げられた言葉と共に、フワッと温かい風を感じる。クレム殿下の周りでフワフワと飛んでいた光の玉がゆらめき、小人のような姿を形取った。


「……で、殿下?」

「なんだ?」


 小人はクレム殿下の周りをフワフワ飛んでいる。


「こ、小人が……」


 クレム殿下や医師の表情を見る限り、彼らに小人は見えていないみたい。


「私、やっぱり頭の打ちどころが悪かったようです」


 そのとたんに、小人の声が聞こえてきた。


 ――心配だ。


「心配?」


 私が思わず小人の言葉をくり返すと、クレム殿下が自身の口を手で押さえた。


「殿下?」


 クレム殿下は顔をそらすと「頭から血を流していたら、だれでも心配するぞ」と言いわけのように言う。


「殿下は私を心配してくださっていたのですか?」

「? 当たり前だ」


 不出来な私にあきれるわけでもなく、怒るわけでもない。


 ただ、心配してくれていたなんて……。


 だから淡々とした口調なのに、クレム殿下の側はこんなにも温かいのね。


「私なんかを心配してくださるなんて……。クレム殿下は、お優しいのですね」


 そのとたんに、クレム殿下から春が訪れたように温かい風が吹き、医務室の中にバラの花びらが舞い散った。その幻想的な光景に私は目を奪われる。


「……きれい」


 仮面の下の瞳と目があった。


「ありがとうございます。殿下」


 安心したせいか、私は急な眠気に襲われた。


「殿下……申し訳ありません。少し眠ります……」


 温かい風と、バラの香りに包まれながら、私は心地好い眠りへと落ちていった。

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