表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/30

17 私の気持ち

 ――クレム様のご意見をうかがってみようかしら?


 どうしてそう思ったのかわからない。自分の感情の精霊をみると『嬉しい』の精霊が楽しそうに踊っている。


 まるで、クレム様に会いに行ける口実ができて喜んでいるみたいだわ。


 私はメイドのアンにクレム様に会いに行きたいので先に許可を得てもらおうとすると、護衛のカーラが「そんなものは必要ありませんよ」と教えてくれる。


「クレム殿下の執務室へは、私達騎士は勝手に出入りしています。なので、婚約者のフィアナ様もご自由にお立ち入りください」

「そうなのね」


 実家では、父に会うためには必ず事前に連絡しないといけなかった。しかも、ほとんど家にいない人だったので、会うまでにかなり日数がかかる。


 だから、クレム様もそうだと思い、今まで自分から会いに行くことはなかった。会いたいと思うことすらクレム様の迷惑になると思っていた。


 クレム様と父は違うということに、今になって気がつく。


「じゃあ、今からクレム様に会いに行くわ」

「はい!」


 私は、カーラに案内してもらいクレム様の執務室へと向かった。ここから鍛錬場が近いのか、騎士達の掛け声が聞こえる。


 カーラが扉をノックすると中から「入れ」とクレム様の声がした。


「どうぞ、フィアナ様」


 私が執務室内に入ると、クレム様は執務机で書類と向き合っていた。


 クレム様は黒を基調とした服をいつもきっちりと着こんでいるけど、今は上着をぬいでいるので、いつもよりくつろいでいるように見える。


「どうした? 早く用件を言え……」


 そう言いながら書類から顔を上げたクレム様と目が合う。とたんに仮面の隙間から見える青い瞳が大きく見開いた。


 勢いよく椅子から立ち上がったクレム様は、「あ、なっ」とつぶやいたあと、小さく咳払いをする。


「すまない、部下と間違えた」

「いえ、お気になさらず。クレム様、突然押しかけて申し訳ありません」


 クレム様は黒の上着を羽織ると、胸元まで開けていたシャツのボタンをきっちりとしめた。


 やっぱり急に押しかけて迷惑だったんじゃ……?


 不安になりカーラを見ると、カーラは良い笑顔でグッと親指を立てたあとに執務室から出て行ってしまう。


 二人きりは緊張してしまうのに、私はなぜか嬉しくて仕方ない。


 クレム様がソファーに座るようにすすめてくれた。私が腰を降ろすとクレム様は向かいのソファーに座る。


「何かあったのか?」


 そう聞かれて、『やっぱり、何もなかったら会いに来てはいけないのね』と自分の偽の婚約者という立ち位置を再確認する。


「実は、モンクスフード侯爵令息からこのような手紙が……」


 私がロバート様からの手紙を差し出すと、クレム様は「あなたの元婚約者から?」と声を低くした。手紙を読んだクレム様は、いつもと変わらなかった。なぜかそのことに私はがっかりしてしまう。


「あなたは、どうしたいんだ?」


 冷静に聞かれて「そうですね……。彼にはもう二度と会いたくありません」と答えた。


 それよりも、私はどうしてこんなにもガッカリしているのかしら?


 そもそもなぜ、わざわざロバート様からの手紙をクレム様に見せに来たの?

 どうして……?


 黒い仮面にクレム様の金髪がかかり、窓から差し込む光を浴びて輝いている。クレム様の青い瞳に見つめられると、私の鼓動は早くなった。


 ああ、そうか。私はクレム様に……嫉妬(しっと)してほしかったのね。


 この手紙を読んだクレム様に『ロバートには会うな。あなたは俺の婚約者だ』と言ってほしかった。


 自分の本当の感情に気がついたとたんに、私はクレム様の顔が見られなくなった。頬が焼けるように熱い。


「し、失礼しました」


 これはただの偽装婚約なのに、私はクレム様の本当の婚約者になりたいと思ってしまっている。


 その浅ましい想いが恥ずかしくて、情けなくて涙がにじんだ。


 私はその場から逃げ出すようにソファーから立ち上がった。執務室の扉に手をかけた瞬間、その手をクレム様につかまれる。背後にクレム様の気配を感じた。


「……俺と婚約したことを後悔しているのか?」


 驚いた私が振り返ると、クレム様の顔がすぐ側にあった。


「あなたにそんな顔をさせるロバートを殺してやりたい」


 クレム様の大きな手が私の髪をなで、頬をなでていく。ゆっくりと顔が近づき、あと少しで唇がふれる距離でクレム様はとまった。


「何をしているんだ、俺は」


 独り言のような声と共にクレム様は私から離れて行く。


「今後、ロバートと連絡を取るのはやめてくれ。フィアナがどう思っていようが、今のあなたの婚約者は俺だからな」


 私は真っ赤な顔のまま、黙ってコクリとうなずいた。


 それから、どこをどう歩いて自室に戻ってきたのかわからない。


 何をしていても、さっきのクレム様の声と大きな手の感触を思い出してしまう。


 メイドのアンや、護衛のカーラに「熱があるのでは!?」と心配をかけてしまったけど、顔の熱さは治まらない。


 そうこうしているうちに、私は心配した周囲に無理やりベッドに寝かされてしまった。一人になるとまたクレム様を思い出してしまう。


「はぁ……どうしたらいいの?」


 胸がしめつけられるように苦しい。こんな気持ち、今までだれにも感じたことがない。


 自分の感情の精霊をみなくてもわかる。


 私はクレム様に、恋をしてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ