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11 これは私が望んだこと

「……ロバート様との、婚約を、白紙に戻せる?」


 クレム殿下は確かにそう言った。それが本当なら、私がロバート様の婚約者じゃなくなるということ。


 そうなれば、私はもうロバート様の機嫌をうかがったり、怒られたりしなくていいのよね?


 驚きと共に喜びが私の胸に広がっていく。


 クレム殿下は「返事はすぐにしなくていい」と言いながら自身の仮面をさわった。


「俺との婚約はあくまで偽装だと思ってくれ。結婚をあなたに無理強いする気はない」

「クレム殿下、今のお話をまとめると、私が殿下の婚約者を演じれば、ロバート様との婚約を白紙に戻してくださるということでしょうか?」


「ああ、そういうことだ。俺はこんな仮面をつけているような不気味な男だから、あなたがためらうのも理解できるが……」

「え? 仮面? あ、そういえばつけていましたね」


 クレム殿下の提案が魅力的すぎて、仮面のことなんてすっかり忘れていた。


 仮面の下の瞳が大きく見開いたとたんに、またバラの花びらが舞い散ったけど、今の私にはそれすらどうでも良かった。


 もし、クレム殿下が言うとおり、ロバート様よりも好条件の嫁ぎ先があれば、私の両親も喜んで婚約を白紙にしてくれると思う。


 クレム殿下は、ロバート様のように私を責めないので、一緒にいるならクレム殿下のほうがいい。


「殿下! ぜひ私を殿下の婚約者にしてください。お願いします」


 偽装でもなんでもいい。


 ロバート様のことを愛してもいないし、ロバート様に愛されてもいないと気がついてしまった今ならこの婚約に少しの未練もない。


「マナーも、ダンスももっと練習いたします! だから、その大役をどうか私に……」


 私が必死にお願いすると、クレム殿下は「頼んでいるのは俺のほうなのだが」と言いながら少しだけ口元をゆるめた。


「では、そのように進めさせてもらう」

「はい! ありがとうございます!」


 クレム殿下はカーラ様を側に呼んだ。


「そういうわけで、フィアナ嬢は俺の婚約者になる。カーラ、お前にフィアナ嬢の護衛を命じる」

「有難き幸せ! 私の命に代えてもお嬢様をお守りします!」

「命はかけるな。だが、何があってもフィアナ嬢を守り抜け」

「はいっ!」


 熱く返事をするカーラ様に私は「よろしくお願いします。カーラ様」と微笑みかける。


「私のことはカーラと呼び捨てにしてください」

「では、私のことはお嬢様ではなくフィアナと」

「はい、フィアナ様!」


 カーラの周りでは、喜びの精霊が嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねている。


 咳払いが聞こえたのでクレム殿下を見ると、「俺のことは、殿下ではなくクレムと呼ぶように」と指示を受けた。


 婚約者のふりをするためにも、クレム殿下はお互いの呼び名を決めておきたいのね。


「はい。では、殿下……ではなくクレム様は私のことをフィアナとお呼びください」

「ああ、わかった。王家からの正式な打診は、すぐに届くように手配しよう」

「お願いいたします」


 できることなら、次にロバート様と夜会に出席する前に、ロバート様との婚約を白紙に戻してほしい。


 クレム様はソファーから立ち上がると「兄上と婚約話を進めてくる。あなたはゆっくりしていってくれ」と部屋から出て行こうとした。しかし、部屋の扉の前で立ち止まると、チラリとこちらを振り返る。


「引き受けてもらえて、嬉しく思う……フィアナ」


 私の名を呼ぶクレム様の声は、とても優しかった。



 クレム様と別れた私は、カーラと共に街へ行き、騎士団への差し入れを手配した。

 日が暮れる前に邸宅に戻ると、やけに邸宅内が慌ただしい。


 帰ったばかりの私に母が駆け寄ってきた。母は、相変わらず大きな不安の精霊をまとっている。


「フィアナ! あなた、今までどこに行っていたの!?」


 私の返事を聞く前に、母は私に詰め寄ってきた。


「王家から来られた使者様がおかしなことを言っているのよ! ついさっき、ジョゼフもあわてて帰ってきたわ」


 ジョゼフは私の父である、ラリアル伯爵の名前だ。


 どうやら、王家からクレム様との婚約を知らせる使者が来て、父と母があわてているところらしい。


 クレム様は『王家からの正式な打診は、すぐに届くように手配する』と言っていたけど、まさかこんなに早く届くとは思わなかった。


 事情がまったくわからない母が「どうしたらいいの」と不安にかられている。


「お母様、大丈夫ですよ。落ち着いてください」

「落ち着いてって、あなた……何か知っているの?」

「はい、先ほど第二王子殿下クレム様より婚約を申し込まれました」


 母は小さく悲鳴を上げると、ふらりと身体をかたむける。


「お、お母様!?」


 側にいたカーラが母を支えてくれたけど、騎士の格好をしたカーラを見て母はまた悲鳴をあげた。


「な、何!? あなたは、だれなの?」

「私はクレム殿下にお仕えする者で、フィアナ様の護衛です」


 青い顔をした母は、支えていたカーラの手を振り払った。


「さわらないで! 私の娘を醜悪王子になんて(とつ)がせないわ!」

「お母様っ!?」


 暴言を吐いた母に驚いてしまう。


「ああ、可哀想なフィアナ……。私があなたを絶対に守ってあげるからね」


 クレム様との婚約は、私が希望したことなのに、母は私の話を何も聞かず可哀想だと決めつける。

 涙を流す母を見て、私の心は急速に冷めていった。


「お母様、私の話を聞いてください」

「フィアナ。大丈夫よ、今にジョゼフが王家の使者を追い返してくれるわ」


 そんな不敬ができるわけがない。でも、不安の精霊に包み込まれている母には、もうどんな言葉も届かない。


 私に近づいてきたメイドが「お嬢様、旦那様がお呼びです」と耳元でささやく。


「わかったわ。お母様は気が動転して興奮されているから、お部屋に連れて行ってあげて」

「はい」


 メイドに支えられて、母はフラフラと連れていかれる。


 そんな母の背中を見て『あの優しかったお母様は、どこにいってしまったの?』と、不思議でならない。


 私が頭を打って感情の精霊がみえるようになるまで、私達は仲が良い母と娘だった。でも、今の母には、もう言葉すら通じない。


 過去を振り返れば、私は両親に従順な子どもだった。


 父と母の言うことをよく聞く良い子、それが私。


 だから今までの母は、良い子の私を存分に愛してくれていた。でも、言うことを聞かなくなった今の私を受け入れることができないらしい。


 それでも、私は今の自分を『悪い子になった』とは思わない。


 私は母にとって『都合が良い子』をやめただけ、ただそれだけだから。


 王家の使者が来ている客室の扉を私はノックした。


「フィアナです」


 部屋の中から父の声がする。


「来たか、フィアナ。入りなさい」

「失礼します」


 カーラは「フィアナ様、私は扉の前で控えております」と頭を下げる。


 客室に入ると、王家の使者と父が向かい合ってソファーに座っていた。

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