愚かな私は一生、君だけを愛するよ。
ディティス第二王子はうんざりしていた。
自分と婚約を結んでいるレティシア・ポラリアス公爵令嬢。
それはもう美しい18歳の令嬢なのだが。
もう、しつこい女であった。
「貴方様はわたくしの婚約者なのですから、学園ではわたくしとずっと一緒にいて下さいませ。他の異性の方とお話しなんてされたら、わたくし許しませんわ」
「いやいやいや、それはないだろう?私だって色々な人と交流したい。君以外の女性とだって話をしてみたい。なんの為の学園生活だ?交流を広げるための学園生活だろう?」
「それでも、貴方様は婚約者。まだわたくしと婚姻した訳ではないのです。ですから、どうか、他の女生徒と話をするのはおやめ下さい。わたくしは貴方様と婚約出来て天にも昇る心地でした。あれは確か8年前。お互いに10歳の頃でしたわね。貴方様はその頃からとても美しくて。わたくしに微笑みかけたその笑顔。それを一生わたくしだけのものにしたいとそう思いましたの。今でもその思いは変わりませんわ。ですから、他の女生徒と学園でお話をしてはいけません。あああっ。王宮でメイドが貴方様のお世話をしているのですよね。メイドに手を貴方様がつけられたら如何しましょう。メイドが貴方様の子をはらんだりしたらわたくしは、許しません。わたくしは貴方様と結婚出来なくなるではありませんか。いえ、わたくしは貴方様を離すつもりはありませんわ。メイドの子を始末してでも、いえ、メイドを始末してでもわたくしは貴方と結婚したいのです。ですから、本当に、わたくしを裏切らないで下さいませね」
「解った。私とて王族だ。ポラリアス公爵家の重要性は解っている。そんな愚かな男ではない。だがなぁ……他の女生徒と話をするなって、君は嫉妬をしすぎではないか?私を信じられないか?」
「えええ。結婚するまで信じられませんわ。でも、結婚してもわたくしはいつ、貴方に裏切られるか一生びくびくして過ごさねばなりません」
「君はとても魅力的だと思うが、そんなに自信がないのか?自分に?」
「母はとても美しくて有名だって事は貴方様もご存じでしょう?」
「ポラリアス公爵夫人の美しさは知っている。お会いした事はあるが、いまだに美しい方だな」
「母はそれはもう美しくて。それでも父は浮気を致しましたの。母はとても傷つきましたわ。それでも、父を許しましたの。わたくしはそんな母を見て、男は信用ならないと思いましたわ。わたくしの愛は貴方だけ。貴方の愛はわたくしだけ。互いの唯一でいたいと思っておりますの」
「解った。解ったから」
本当にレティシアは、しつこくしつこく、ディティス第二王子に念押ししてくる。
毎日毎日だ。
さすがのディティス第二王子もウンザリした。
自分だって色々な女性と話をしてみたい。
何でこんなにうっとうしく縛られなくてはならないのだ。
未来の側近候補の男性達だって色々な女生徒と話をしているではないか?
自由な雰囲気が好きだ。
もっと見聞を広げたい。
浮気をしたい訳ではない。
それなのに……
ディティス第二王子は耐えられなくなり、とある日、同じクラスの高位貴族達を集めて、放課後、討論会を行った。
今日はレティシアは習い事とかで、早々に学園から帰宅している。
チャンスである。
普段話をしたいと思っていたミレアニア・パレス公爵令嬢や、プリシュテリア・アットス公爵令嬢と、楽しく話をした。勿論、側近候補の男性達も交えてである。
ミレアニアは優雅に微笑んで、
「わたくし、ディティス第二王子殿下とお話をしてみたかったのですわ。第二王子殿下が研究している王国から発掘された200年前の建物の跡地に関する考察。とても興味深く拝見致しました」
「あれを読んでくれたのか」
「ええ、もっと色々とお話を伺いたいですわ」
嬉しかった。あの研究論文を読んで興味を持ってくれたのだ。
もっと、この令嬢と話がしたい。
帰り際に声をかける。
「ミレアニア・パレス公爵令嬢。この後、時間を取れないか?私の論文について意見を聞かせて欲しい」
「第二王子殿下がお望みならば」
学園のカフェに場所を移して、ミレアニアとお茶をしながら、論文について話をした。
これは交流を広げる為だ。
ミレアニアに特別な感情を持っている訳ではない。
「それにしても、パレス公爵令嬢。君は婚約者はいないのか?」
ふと、気になったので聞いてみた。
ミレアニアは俯いて、
「わたくしの婚約者は、わたくしを置いて、二年前に亡くなりましたの。わたくしは新たに婚約をする気が起きなくて。父は色々と釣書を持ってくるのですが、わたくしの気持ちを考えて無理強いをしないのですわ」
「そうなのか」
なんて可哀そうな女性なんだ。
この女性の力になってあげたい。
「ミレアニアと呼んでいいか?」
「ええ、ディティス様」
そう、これは浮気ではない。ただ、力になってあげたい。友達として。
そう思ったんだ。
それから、レティシアの目を盗んで、二人きりで会って。
いつしか論文の事はどうでもよくなって。色々、日常の事を話すようになっていった。
「君といると癒される。レティシアは嫉妬深くてね」
「そうなのですの?それだけ愛されている証拠ですわ」
「でも、あまりにも嫉妬深い女は疲れるよ」
ミレアニアは微笑んで、
「わたくしだったら、そんなに嫉妬をしませんわ。ある程度のお付き合いは許さないと、ディティス様も窮屈でしょうに」
「そうそう、よくわかっているじゃないか。男はあまりにも嫉妬されるととても窮屈に感じるものだよ。ああ、君が婚約者だったらよかったのに」
「わたくしも、貴方様だったら、婚約してもよいと思っておりますのよ」
「だがなぁ。レティシアのポラリアス公爵家は私の後ろ盾になっている力ある公爵家だからな」
「あら、我が公爵家も馬鹿には出来ませんわ。ポラリアス公爵家に負けない程、パレス公爵家は対抗派閥として力を持っておりますのよ」
「でも、レティシアに落ち度がないのに、婚約は解消できない」
「でしたら、落ち度を作って婚約破棄に持っていけばよろしいですわ」
「婚約破棄に?」
「そうしましたら、わたくしと婚約を結べばよろしいのでは?」
「上手くいくだろうか」
「わたくしにお任せを。ああ、愛しいディティス様。わたくしはディティス様の為ならば何でもやりますわ」
ミレアニアが口づけをしてきた。
ディティス第二王子は瞼を瞑り、その口づけを受け入れた。
ミレアニアの唇は甘い味がした。
「わたくしは知らないわ。こんな男知らない」
「この間、私と熱い夜を過ごしたではありませんか」
「本当に知らないわ。あああっ。知らない知らない知らない」
レティシアは涙を流しながら否定する。
ミレアニアはどんな手を使ったんだ?
王宮にポラリアス公爵夫妻とレティシアを呼びつけた。
共に王宮に来たのは、レイド・ユッテス伯爵令息。遊び人で有名な男だ。
「私はレティシア様に誘われたのです」
「わたくしは、ユッテス伯爵家のパーティにお友達と一緒に行って……」
ディティス第二王子はレティシアに、
「君は私には他の令嬢と付き合うなと言って、パーティで男を咥えこんでいたのか?」
レティシアは涙を流しながら、
「仲の良いお友達のお付き合いで断れなかったのよ。この人が……あああっ。わたくしはこの男と。愛しているのはディティス様だけなのに。なんで?なんでよ。なんでよっーー」
ディティス第二王子は、レティシアの不貞で婚約破棄をし、慰謝料をそれなりに貰う事になった。
これで、ミレアニアと婚約できる。
そう思ったのだけれども。
ミレアニアに会いに行ったら、ミレアニアは馬車に乗り込もうとしていた。
「ディティス様。わたくし隣国の婚約者の元へ行こうと思いますの」
「どういう事だ?君は私の事を愛していて、私と婚約するはずではなかったのか?」
「貴方とわたくしはお友達ではありませんか。わたくし、貴方様のお陰で隣国の愛しい方の婚約を受け入れる決心がつきましたの。有難うございます。では、さようなら」
嵌められた……
恐らく第三王子当たりの差し金だろう。
自分の後ろ盾を無くす為に。そうだ。パレス公爵家は第三王子に肩入れしていた。
何で今更思い出すんだ?
悪女に騙されて……
何もかも失ってしまった。
レティシアを傷つけてしまった。
後悔してももう遅い。
愚かな自分が招いたことなのだ。
あれから一月が過ぎた。
王立学園を退学した。
後ろ盾を失ったディティス第二王子は、王子としての立場から降りて、平民として生きる事になった。
ポラリアス公爵家からの慰謝料は辞退した。そのお金をレティシアに使ってくれるように頼んだ。
今、わずかばかりのお金を持って、隣国へ行く馬車へ乗り込んだ。
行く宛も何もない。
あるのは死のみであろう。
乗る馬車は乗り合い馬車だ。
そこで見覚えのある女性に会って驚いた。
レティシアだ。
乗合馬車なのに、レティシアと自分しか乗っていないのも不思議だった。
「酷い人ね。わたくしは貴方のせいで、あの男に襲われて。貴方だけを愛しているのに。だから、逃げたあの女を殺させたの。勿論、あの女は手ごわかったわ。こちらにも犠牲は出たけれども後悔はしない。わたくしは強くなることにしたの。ねぇ。愛しているわ。お願いだからわたくしの事を捨てないで。いえ、わたくしが貴方を逃がさない。一緒に行きましょう。隣国なんて行かせない。わたくしだけの貴方でいるところへ参りましょう」
レティシアが抱き着いて来た。
自分の唇に噛みついて来る。
ああ、これは罰か?報いか?愚かな自分への。
もう、レティシアから逃げられない。
いや、もうレティシア、君を裏切りはしない。
愚かな私は一生、君だけを愛するよ。