【短編】休日にクラスメイトの女の子に呼び出された。
「道畑くんって、ほんっとうに自分勝手な人だと思うわ」
――――と、同級生の天城さんはすまし顔で言った。
「そうなんだ。ごめんね、天城さん。不快な思いをさせてしまってるみたいで」
「どうしてあなたが謝るわけ? 別に不快な思いをしてるとまでは言ってないけど?」
やや食い気味で怒られた。
天城さん。天城羽衣さん。彼女はある有名な大企業のご令嬢さんだ。
いつもキラキラと輝いて、色んな人の目を惹いている長い金色の髪は今日も綺麗だ。
このカフェチェーン店の安い椅子も、天城さんが座ればそれだけで絵になる。
普通なら僕みたいな貧乏人とは一生、縁のない人だけれど、なんと彼女は僕が通う高校の同級生なのだ。
「まったく。道畑くんっていつもそうよね。人の言葉を勝手に拡大解釈して、勝手にお節介焼いてきて。入学式の時だって勝手に私の落とし物を探してくれたわよね。しかも雑草の中をかき分けて、日が暮れるまで探してくれて、見つけ出してくれて」
「あったね、そんなこと。懐かしいなぁ。妹さんから貰った大切なペンダントだったよね」
「大切だなんて言ってないけど? ただ常日頃から肌身離さず持っていただけよ」
ちなみにそのペンダントは、今も天城さんの胸元できらりと輝いている。
「他にもあるわ」
「何があるんだろ」
「林間学校の時、肝試しをしたでしょう? くじ引きでペアになってしまったのは、まあいいわ。仕方が無いもの。でも、勝手に手を繋いでくるとは思わなかったわ。夜で周りが暗くて本当にお化けが出そうで怖くて震えていたからって、女性の手を勝手に繋ぐのはいかがなものかと思うの」
「ごめん。言われてみればそうだね。少しでも天城さんの恐怖を和らげられないかと思ったんだけど、僕に配慮が足りなかったよ。訴えられても仕方がないね」
「恐怖なら和らぐどころかいつの間にか消し飛んだし、別に訴えるとか一言も言ってないんだけど? 勝手に言葉を拡大解釈するのはやめてちょうだい」
天城さんは不満げにしながらカップに口をつけて喉を潤した。
「どうやら自覚が足りないようね。あなたの勝手なところを他にも教えてあげる」
「うん。聞かせてほしいな」
「夏休み、一緒にお祭りに出かけたでしょう? 私は別に屋台を見て回りたいとか、花火が見たいとか、ましてやお祭りに出かけたいだなんて一言も言ってなかったのに、道畑くんは一緒にお祭りに行こうって誘ってきたわよね」
「そうだね。ちょっと急なお誘いになっちゃったんだけど」
「しかも自分のバイトの時間を削ってまで。家が貧乏だから夏休みはバイトしてたくさん稼がなきゃいけないくせに。本当に自分勝手。私の予定も聞かないなんて。おかげで新しい浴衣も無駄にならずに済んだし、道畑くんが案内してくれた穴場で花火だって二人きりで見れちゃったじゃない」
「バイト先で聞いたんだ。楽しんでくれた?」
「あらあら残念ね、道畑くん。あなたが想像するよりもずっとずっと楽しんでたけど?」
「そうなんだ。嬉しいなぁ」
天城さんはとても勝ち誇った顔をしていた。楽しそうで何よりだ。
「……どうやら反省が足りないようね」
「そうかもしれないね」
「言っとくけど、まだまだあるわよ。あなたの勝手なところは」
「拝聴します」
コーヒーのおかわり、頼もうかな。無料券は二枚あるし。
「秋の体育祭であなたは私に何をしたか覚えてる? 勿論、覚えてるわよね?」
「えーっと……天城さんをいっぱい応援したよ。それと、お昼ご飯も一緒に食べたよね。父さんと母さんに紹介して……」
「そうね。急にご両親への挨拶をすることになってとても驚いたけど、それだけじゃないでしょう?」
「んー……っと。ごめん。覚えがないや」
「あなた、借り物競争で私を連れ出したわよね」
「そうだね。だって、お題が『デートしたい人』だったから」
「勝手よ。それはあまりにも勝手すぎるわ。勝手ポイント、プラス百億よ」
「でも天城さんとデートが出来るなら、やっぱりしたいし」
「ふーん? じゃあ、訊かせてもらうけど。お休みの日にお買い物に出かけたり、夏休みに一緒に海に出かけたりしたのは、何だと思ってたのかしら?」
「普通のおでかけでしょ? 友達同士の」
「へぇ~…………あぁ、そう……………………ただのおでかけね……」
さっきまであんなにも上機嫌だったのに、一瞬にして天城さんのテンションが地の底に落ちた。
「ちなみに、まだあったりする? 僕の勝手なところ」
「当たり前でしょ。まだまだ挙げてやるわよ」
「じゃあ、お願いします」
「…………学園祭で、私が他の男の人に絡まれたことがあったでしょ?」
「うん。他校の人だったよね。よく覚えてるよ」
「いくらなんでも『この人は僕の恋人です』だなんて嘘をついたのは、本当に本当に、ほんっと~~~~うに、勝手だと思うわ」
「天城さん、顔がにやけてるけど何か嬉しいことでもあった?」
「あるわけないじゃない。ふふふ……」
言葉の割に頬が緩んでいる。何か嬉しいことでも思い出してるのかな。
「おかげで学園祭中はずっと恋人のフリをしなきゃいけなかったわ。道畑くんがあんまりにも勝手するから、本当に大変だったんだから」
「ごめんなさい。もううっかりで、ああいうことはしないように気をつけるね」
「別に気をつけろとか言ってないし、むしろもうちょっとうっかりしてもいいと思うけど? いえ。常日頃からうっかりしてるぐらいが丁度いいと思うの」
常日頃からうっかりしてたら、日常生活なんてままらないのではないだろうか。
「それと、バレンタインの時。あれはもう本当に勝手だったと思うわよ」
「何かあったっけ?」
「記憶力がないのね。いいわ、教えてあげる」
やれやれと肩を竦める天城さん。その仕草すら絵になるなぁ。
「私がプレゼントしてあげた手作りチョコを、美味しい美味しいって言ってくれたわよね。おかげで私が料理上手ってみんなに思われちゃったじゃない。私、料理なんて普段やらないのよ? チョコを作るために必死に勉強して練習しただけなのに、余計な誤解を招いて。そのせいでお屋敷のシェフに料理を教えてもらったり、たくさん練習して、あなたのお弁当を作ってあげたりしちゃったじゃない。あなたの勝手さのせいよ」
「あのお弁当も、とても美味しかったよ。毎日でも食べないな」
「ま、まいにちっ!? そ、そんなの…………まるで……」
天城さんは顔を真っ赤にしたけれど、すぐにまた落ち着きを取り戻す。
我に返った、という表現の方が正しいのかもしれない。
「ま、まあ? だから、つまり。色々あったでしょ。あなたの勝手さを示す証拠が」
「……こうして色々振り返ってみると、去年はずっと天城さんと一緒だったね」
「そ、そうね。二年生になった今も、同じクラスだし」
「じゃあ、今年も一緒かもしれないね」
「そうね……そうなれたらいいな…………じゃなくて! と、とにかくっ! 道畑くんはとても勝手な人なのっ! だから……」
「だから?」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
天城さんはカップに残っていたコーヒーを全て飲み干すと、僕の目をきっと睨むようにして。
「……道畑くんみたいに自分勝手な人のカノジョになれるのは私ぐらいのものよ。だから私に告白なさい」
なるほど。天城さんはこれが言いたくて僕を呼びだしたのか。
「…………ごめんなさい。実は僕、他に好きな人がいるんだ」
「………………………………えっ……ぁ……そんな…………」
「まあ、嘘なんだけどね」
「~~~~~~~~っ!」
ころころと表情が変わる天城さん。面白くて、可愛くて、とても愛おしい。これから先、ずっと見ていたいぐらいだ。
「天城さん。僕は君のことが好きです。付き合ってください」
「いいわ。つ、付き合ってあげるっ!」