◯◯◯◯に転生しました
ヒロインがたまに口が悪くなります。
うっ、痛〜い!
何が起きたの?
あれ?何この景色。
大学に行く途中だったはずなんだけど。
たしか女の子がスマホを見たまま信号が変わっているのに気づかず交差点に入ったのを見て思わず助けに入ったような気が……その後すごい衝撃が……。
えっ?じゃあ何?
これ転生したってこと?
しかも、私を見下ろしているのは昨日パッケージで見たばかりの悪役令嬢アナベル様じゃない?
ってことは……髪を一束掴んで見た。
ピンクゴールドだ。
うわぁ。
ただでさえ転生もののヒロインは逆破滅エンドに怯えないといけないって言うのに、よりにもよってなんでこのゲームなの?
いくら神絵師のキャラデザとは言えどもっ!
詰んだ……。
もう煮るなり焼くなり好きにしてください。
私は全てを諦め心を無にすると立ち上がり、アナベル様へと向き直った。
*****
えっ?すごい音がしましたわよ?
えっ?血?
そっ、そんな!私、声をかけただけですのよ!?
そんなに驚かれるとは思わなかったのよ!
どっ、どうしましょうっ!?
うっ、頭が痛い!
何?これはなんなの?頭に映像が!
こことは全く違う世界の映像……これは!
スマホを見ていると急に腕を引っ張られ振り向いたら知らないお姉さんがいて、その後強い衝撃が襲ってきたところで映像が途切れた。
思い出した!
あれは前世の私。
転生していたのね?
そう思っているとデイジー様が起き上がって、ひとり言を言い始めた。
『あれ?何この景色。大学に行く途中だったはずなんだけど』
声に出ているとは思っていないみたい。
『たしか女の子がスマホを見たまま信号が変わっているのに気づかず交差点に入ったのを見て思わず助けに入ったような気が……その後すごい衝撃が……』
えっ?えぇっ?
『えっ?じゃあ何?これ転生したってこと?』
嘘っ!
もしかして私を助けようとしてくれたあのお姉さん?
私のせいで人生を終えてしまっただけでなく、巻き添えで転生までさせてしまったの!?
私はなんてことを、なんてことを……
「ごめんなさあああああい!!!」
表情をなくしたヒロインに抱きついた。
*****
あれ?
どうした?
アナベル様が謝りながら抱きついている。
「ごっ、ごめ゛ん、な゛さぁい~!」
号泣である。
痛む額を抑えると滑っとした感触があり、手を見ると少し血がついた。
あぁ、だから焦ったのね?
「大丈夫ですよ。かすり傷ですから」
「かすり傷なんかじゃない~。転生しちゃってるものぉ~。お姉さん巻き込んでごめ゛んなさい~」
んっ?
転生しちゃってる?
お姉さん?
巻き込んで?
…………!?
「お前かっ!?お前がやったんだな!?」
「キャーッ!ごめんなさいぃぃ。そうですうぅぅ。私がやりましたあぁぁ」
「あれだけ『歩きスマホ。ダメ!絶対』って言われてたでしょうがっ!」
「だっ、だって通知がぁ」
「『だって』じゃない!」
「ごめんなさいぃぃ!」
……
……
……
ふうっ、言いたいこと言ったらちょっとすっきりした。
前世女子高生のアナベル様はすっかりしょんぼりしてしまった。
ちょっと大人気なかったかな?
「アナベル様、とりあえず座ってお話しましょう」
「はい」
完全に立場が逆転してしまっている。
「アナベル様はいつ思い出したんですか?」
「ついさっきです。お姉さんの血を見たら急に頭が痛くなって一気に映像が蘇りました」
「そっか、私とほぼ同時なんだ」
「はい」
「それで、アナベル様はどこまでプレイしたの?」
「私は中庭イベントまでです」
「だよねぇ」
そう、このゲーム前日に発売されたばかりなのよ。どんなに前日徹夜でプレイしたとしてもせいぜい1人しかクリアできないんじゃないかな?
「お姉さんは?」
「ほかの人に聞かれたらいけないから『お姉さん』はやめようか?」
「ごめんなさい!」
「謝らなくてもいいけど。私は全くの手付かずよ。食料買い込んで週末引き篭もってプレイするつもりだったから」
「ごめんなさい」
うん、そこは大いに謝ってくれていい。
本当に楽しみにしていたの。
キャラデザが私の大好きな絵師さんで、豪華声優陣を擁して、しかも推し声優も声を当てていて、本当に本当に週末が楽しみだったのに……。
あっ、アナベル様が恐縮してしまっている。
「こほん。とりあえず目標は『二人とも破滅エンド回避』ってことでいいわよね?」
「もちろんです!もし私がダメでも、お姉さん、あっ!デイジー様だけはお助けします!命の恩人ですもん!」
「いや、助けられてないんだけどね」
「でも、自分の命を顧みず助けようとしてくださったんですよ?恩を感じない人間はいませんよ!それに、私一人だったら絶対に不安でしょうがなかったと思いますけど、おね、デイジー様も仲間だと思うと勇気100倍です!」
「そっか。まあでも確かに仲間がいると安心っていうのはあるよね」
「はい!」
そして二人で数少ない情報を出し合った結果
攻略対象は5人
・アルバート殿下……王太子。婚約者いる
・エドワード様……公爵家嫡男。婚約者いる
・セオドア様……伯爵家次男。婚約者いない
・リアム様……侯爵家三男。婚約者いない
・ハリー先生…伯爵家次男。婚約者いる
「これだけか。しかもこの情報ってゲームの情報じゃなくてデイジーとアナベル様の記憶でもわかる情報だよね?」
「お互いにほぼ未プレイというのは致命的ですねぇ」
「隠れキャラはいるのかな?」
「私が調べた時はまだ情報は上がっていませんでしたよ?」
お手上げである。
「う〜ん、普通に考えるとお互いに破滅しない道を選ぶなら、私はアルバート殿下以外の人と結ばれてアナベル様と殿下がそのまま結ばれるのが一番いいはずよね?」
「でも私、愛のない結婚は嫌ですぅ」
アナベル様はそう言って頬を膨らませた。
アナベル様の方がヒロインっぽいと思うんだけど。
神様、中身入れ間違えた?
「そういえば前世の記憶が蘇ったばかりでまだ脳が混乱してるんだけど、殿下の好感度は今どんな感じなんだろう?」
「もう2年生の後半で中庭イベントが発生しているので、デイジー様はわからないですけど、アルバート殿下の好感度はかなり高いと思います」
アナベル様も思い出したばかりなのに、それほど混乱していないのね。
脳の若さの違い?
「アナベル様自身はどうなの?もし殿下がちゃんと思ってくれるなら、そのまま結婚したいとか、ほかに推しがいるとか」
「私はこのゲーム、アルバート殿下のキャラデザに惹かれて買ったぐらいですし、実物の殿下はデイジー様以外のことではとても頼りになりますから愛があるなら結婚したいんですけど、でも殿下はデイジー様にかなり惹かれているみたいです」
「いやいや、絶対になんとかするよ。私も困るし」
「デイジー様は未プレイですけど推しはいるんですか?」
「私の大好きな絵師さんだからみんな素敵なんだけど、強いて言えば見た目はエドワード様かな?声は完全にセオドアなのよね。推し声優さんだから。でも……セオドアはないだろうね」
「どうしてですか?仲良いですよね?」
「だってアイツ私のこと揶揄ってばっかりなんだもん。私のこと妹ぐらいにしか思ってないと思う」
「デイジー様、それって完全にフラ」
すると慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うとアルバート殿下が駆け寄って来た。
「デイジー嬢!大丈夫か?」
その後ろにはエドワード様、リアム様、セオドアまで。
おぉ〜。イケメンが勢揃い(ハリー先生除く)すると壮観ね!
やっぱり神絵師のキャラは三次元になってもかっこいいのね。
「デイジー嬢?」
はっ!いけない。見惚れている場合じゃなかった。
「大丈夫と申しますと?」
「デイジー嬢がアナベルから突き飛ばされていると聞いて慌てて来たんだ。その額の」
「違います!誤解です!アナベル様は私に話しかけてくださっただけなのに、ボーッとしていたところに声がかかってびっくりして自分で転んでしまったんです。なのにアナベル様は『自分が話しかけたせいで』って、すっごく責任を感じて泣いてしまわれて。だから落ち着くまでベンチに座ってお話ししていたんです」
我ながらよくも咄嗟にこれだけの長ゼリフをスラスラと。さすが演劇部の演者兼脚本担当。
こんなところで役に立つなんて。
「アナベルが泣いた!?」
「殿下!アナベル様のことちゃんと見ていらっしゃいますか?」
「えっ?」
「殿下はアナベル様が『何を考えているのかわからない』とおっしゃっていましたが、王妃の表情から情報が漏れて王の足を引っ張ることのないように、奸臣に利用されないように常に冷静でいなければならない。と幼い頃から教え込まれるんですよ?」
「しかし、二人きりの時ぐらいは」
「それをアナベル様にお伝えしたことはございますか?『二人きりの時は楽にしていいんだよ』って」
「いや、言ったことはないが、しかし、言わなくてもわかるだろ?」
「殿下はアナベル様が『何を考えているのかわからない。言いたいことがあるなら言って欲しい』とおっしゃっていたのに、アナベル様には『言わなくてもわかって欲しい』とおっしゃるんですか?」
「うっ」
「どんなに仲の良い恋人や幼なじみや長年連れ添った夫婦でも言わなければわからないことはたくさんあるんです。親に決められた婚約者なら尚更です。大切なことほど言葉にして伝えないと!言うのはタダなんです。労力を惜しんではいけません!」
「たっ、確かにその通りだが、急にどうし」
「殿下!昨日までの私の無責任な言動を何卒お許しください!私、王妃教育がどんなものか知らなかったのです。先ほどアナベル様から、殿下のためにどれほど努力していて、殿下のことをどれほど大切に思われているのか拝聴いたしました」
「しかし」
「殿下!昨日までの私はもういません!そう、私はたった今、生まれ変わったのです!」
「そっ、そうか」
私の畳み掛けにやっと観念したようだ。
最後のは事実だし。
よし、あと一息。
「殿下ご覧くださいませ!アナベル様のこの潤んだ瞳を!」
「!?デイジー様?」
「確かに赤いし潤んで……」
「殿下のことを思って泣いていらしたのですよ?」
「!?そうなのか?」
「!?デイ…」
私の目一杯のウインクにアナベル様は観念したように顔を真っ赤にして頷いた。
「アナベル、すまなかった」
そう言うと、殿下はアナベル様の手を取った。
良かったけど、殿下、ちょろ過ぎないか?
良かったけど。
「いえ、私こそ申し訳ございません」
まあ上手くいってくれればそれでいい。
「あとは若いお二人で……」
そう言って私はその場を辞した。
しばらく歩いて、額の傷を治してなかったことに気づき光魔法をかけた。
うん、便利。ヒロイン最強。
とりあえず、アナベル様の破滅フラグは回避できそうね。
あとは私なんだけど……。
「デイジー」
振り向くとセオドアが追いかけて来た。
魔術の才能がすごくて在学中から宮廷魔術師団の任務に駆り出されているすごい人。
私も光魔法の使い手なので駆り出されるんだけど、危ない時には必ず助けてくれる。
いつもは揶揄われてばかりだけど。
目にも鮮やかな赤い髪と瞳が印象的で、幼馴染で見慣れているはずなのにドキッとしてしまう。
でも、気のせい気のせい。
きっと声が推しの声だからよ。
……殿下にはあんなこと言ったくせに、いざ自分が、となると難しい。
「お疲れ。名演だったよ」
「また揶揄いに来たの?私は真実を言っただけよ」
「お前が流暢になるのって嘘ついてる時だからな」
「そっ、そっ、そんなことないわよ」
「ふっ」
「何よ!」
「ごめん。怒るなって」
「べっ、別に怒ってないけど……」
なんかセオドアいつもと雰囲気が違う。
「お詫びに今週末ラ・ルーチェの新作ケーキ食べに連れて行ってやるよ」
「えっ!?ラ・ルーチェの?予約取れたの?」
「ああ、いつも魔獣狩り手伝ってるお礼に何がいいかって団長に聞かれて、そこのお店の予約頼んどいた」
「えっ?そんなことに使ったの?」
「そんなことって、お前、なかなか予約取れないって言ってただろ?」
「そうだけど、セオドアはそれほど甘いもの好きじゃないでしょ?」
「でもお前は好きだろ?」
「理由になってないよ」
「充分理由になるだろ?」
「なんでよ……」
意味深な言葉に落ち着かなくなる。
真剣な表情のセオドアが手を伸ばしてきて頬に触れた。
「!?」
熱を帯びて艶っぽく光る赤い瞳から目を逸らせない。
「もう殿下のことはいいんだろ?それなら俺にしとけよ……俺はお前が光属性に覚醒するずっと前からお前のこと見てたよ」
掠れて切なげな声で告げられ、心臓が掴まれたような音を立てる。
「ダメ……かな?」
「うっ……」
*****
お姉さん達がいなくなって殿下と二人きりになってしまいました。
推しと二人きりなんて緊張します。
「君の孤独に気づけず自分勝手なことばかりして本当にすまなかった。今更だが許してもらえるだろうか?」
「そっ、そんな畏れ多いことでございます。私も可愛げがなくて申し訳ございません。でも、よろしいのですか?その、殿下はデイジー様のことを……」
「それは誤解だ!デイジー嬢の名誉のためにも言っておくが、噂になっているようなことは何もない。君のことについて相談に乗ってもらっていただけだ」
「……」
「あっ、いや、その……正直に言えば、優しく話を聞いてくれる彼女にふらっとしかけた。すまない。でも本当に何もないぞ。いつも彼女の側にはアイツがいるからな」
「そうなのですね。正直に話してくださってありがとうございます。その、私もこれからは可愛げのある女になれるように頑張りますね」
背の高い殿下を見上げた。
すると殿下が目を見開いたと思うと、急に抱きしめられてしまいました。
「でっ、殿下!?」
「すまない!やっぱり結婚するまでは今まで通り無表情でいてくれ」
「ええっ!?」
「自分勝手なことを言っているのはわかっている。でも、そんなに可愛い顔を他の男に見せて欲しくない」
「ひぇっ!?かわっ!?うっっ……うわっ、わかりました。でももう『冷たい女だ』って言って嫌わないでくださいね?」
「当たり前だ!アナベルがこんなに可愛い人だって気づいたのだから、もう間違えたりはしない」
抱きしめる手に力がこもる。
「殿下……」
まだ安心するのは早いかもしれないけど、お姉さんのお陰で第一段階はクリアできたみたいです。
それにしてもさっきのお姉さんのあれは完全にフラグよね?
セオドア様がお姉さんの後を追って行くのが見えたから上手くいっているといいな。
長ゼリフにこっそり「幼なじみ」紛れさせてたし。
巻き込んでしまったのでせめてこちらの世界では幸せになって欲しいです。
*****
デイジーに出会ったのは子どものころ。
なぜかわからないけれど「会いたかった」と思った。
今まで一度も会ったことなどないはずなのに。
それ以来彼女のことが気になり、何か理由をつけては事あるごとに会いに行った。
なのに自分の気持ちがなんなのかわからず、彼女を揶揄ってばかりだった。
それが恋だったと気づいたのは、デイジーがアルバート殿下と話している姿を見た時だった。
俺といる時はいつも怒ったり拗ねたりしている顔しか見せないのに、殿下と楽しそうに笑っているデイジーを見て後悔した。
「また伝えられなかった」と。
「また」の意味がその時はわからなかった。
だけどたった今、アルバート殿下へ演技がかった長ゼリフをミュージカルのような動き付きで流れるように語るデイジーを見て全てを思い出した。
ずっと好きだった女の子。
演劇が好きでよく芝居の稽古に付き合わされた。
友達という関係を壊す勇気がなかなか持てず、いずれ、そのうちと先延ばしにしていた。
でもあの日……。
どうして気持ちを伝えなかったのだろう。
なぜいつでも言えると思っていたのだろう。
後悔の念にいつまでも囚われ続けた。
その後のことはよく思い出せない。
俺は「会いたかった」と思った彼女に、現世でも気持ちを伝えないまま他の男といるところを眺めていたのか。
今日も本当は未練がましくただカフェに誘うだけのつもりだった。
彼女は言っていた。
「大切なことほど言葉にして伝えないと!」
その通りだ。
もう後悔はしたくない。
「もう殿下のことはいいんだろ?それなら俺にしとけよ……俺はお前が光属性に覚醒するずっと前からお前のこと見てたよ」
デイジーの困った顔に胸が締め付けられる。
「ダメ……かな?」
「うっ……なに勘違いしてるのよ……」
「えっ?」
「セオドアのバカ!殿下のことなんてなんとも思ってないよっ!セオドアなんていつも揶揄ってばかりで……妹ぐらいにしか思われてないって思ってた」
目に涙を溜めて顔を赤くして俯いた彼女を思わず抱きしめた。
「!?」
「ずっと素直になれなくてごめん。ずっと、本当に気が遠くなるぐらいずっと好きだった」
「……私も」
彼女の手が戸惑いながらも背に回されたのを感じた。
長い長い片想いにやっと終止符を打った。
〜fin〜
いつも誤字報告ありがとうございます。
大変助かっております。