プロローグ
「はあ、今日も同じようなことの繰り返しでうんざりだ わ…」
12月の寒い夜、そんな悪態をつきながらいつもと変わらぬように1日仕事を頑張った後のご褒美として軽く缶ビールを飲む。あー最高っ!!この瞬間がたまらねえんだよなぁ、うへへ。そんな風に心の中で気持ち悪いことを呟く時間が俺は好きだ。(決して妄想癖があるとかじゃないんだからな!)
「そんなこと言ってたら私までブルーな気持ちになってきちゃうじゃん」
妻にそう言われながらも俺は1日溜まったストレスを愚痴として吐き出すことが日課となっていた
俺は37歳妻子持ちの医者だ。一浪して地方国公立医学部に合格し、そのまま医者の道に進んだ(あの時は嬉しかったなあ)。
看護師である妻とは9年前に職場で出会い順調に愛を育んで結婚した。はじめてあった時にはあまり喋ることはなかったのだが、同じ医療関係者という立場であることが功を奏したのか少しずつマサミと会話するようになると共通点が多く、飲み屋では仕事の愚痴で盛り上がったりしたこともあった。そうして俺たちはお互いに惹かれていき、最後は俺の渾身のプロポーズで結婚という一大イベントを達成することができた。今も関係は順調で今年で6歳と4歳になる2人の子宝にも恵まれた。俺は幸せだった。
そう、この日までは…
まさか次の日でにこの'人生での最期を迎えるなどとは微塵も思っていなかった俺は、次の日が夫婦揃って休みだったこともあり酒がまわってそこそこ気分が良くなってからマサミとイチャイチャし、2人でお風呂に入ってからベッドでおせっせして最高の休日を迎えようとしていた。
ブー、ブー、ブー
あまりにも鳴り止まないスマホによって俺は叩き起こされた。
こんな時間に一体誰だよ…
そんなことを考えたのはほんの一瞬で電話をよこしてきた人の名前を見て俺はすぐに電話の内容を察することができた。患者の状態が急変したのだ。予想通りの内容の電話を終えたのち慌てて身支度をする。準備を終えたがマサミは気持ちよさそうにグッスリと眠ったままだったので起こさない方がいいだろう。まさみとのLIMEに急用ができたので仕事場に向かうことを伝え、俺は玄関にある鍵入れから車の鍵を取り出し家を出た。前々から病状があまり良くなく様子が気になっていた患者だったこともあって、俺はいつもより少しスピードを出して雪でうっすらと白くなった道を運転する。
帰ったら家族サービスもしないとな
こんなことを考えながらいるとその瞬間、俺は対向車線の車がこっちめがけて突っ込んできていることに気付いた。
ヤバい!!!!
慌ててブレーキを踏んだが、凍結した道路のせいで車はスリップし、制御を失う。どうやら相手もブレーキが効かないらしい。
バンッ
そんな大きな音を立てぶつかり、それとともに体に猛烈な痛みが走る。スピードを緩めることなく思いっきりぶつかったため、運転席がグシャッと潰れている。
痛い、痛い、痛い、痛い。
どこの部品かもわからない金属が俺の片目にぶっ刺さっている。足はちぎれているのだろうか、左足の膝から下の感覚が一切ない。肋骨は相手の車に押しつぶされておれて、粉々だ。頭からは思いっきり血が流れ、意識は朦朧としかけている。
いやだ。死にたくない。痛い。
そんな感情ばかりが頭の中をグルグルまわる。どんどん意識は薄れ、もうほとんど息もしていない。人は死ぬ前に走馬灯がよぎるという事を耳にしたことがあるが、そんなものがよぎる様子はない。あ、これほんとに死んじゃうやつだ。もはや痛みも感じなくなり、目の前は真っ暗になる。思わずマサミや子どもの顔が脳裏に浮かぶ。
死にたくないよ…しにたく…
…おーい、そろそろ起きてくださーーーい!!!
バシッ
そんな風に地味な音を立てながら結構勢いよくほっぺたをぶっ叩かれた俺は、何事かとびっくりして目を覚ます。するとそこには自分と変な男の2人だけ。何が何だかわけが分からない事に加え、先程の事故がフラッシュバックし、思わず叫び出してしまった。だが、あら不思議、体には事故の傷が全くついていないではないか。一瞬夢でも見ているのではないかという気分に襲われたが、その希望は男の一言によって失われた。
「残念ながら、あなたは事故で死んでしまったのですよ」
「へっ?」
そんなことを言われてもなかなか状況が整理できるはずもなく、俺はその謎の男(とりあえずXと呼ぶことにしよう)に反射的にそう反応してしまった。
「あなたは交通事故で死んでしまったのです。ここは、うーん…死後の世界的なやつですかね。私は一応神様みたいな存在であり、あなたの魂と私だけが今この空間に存在しています。」
急に始まった厨二病的な設定を聞かされ、困惑したが、要するに死んだ人の魂がこの空間にやってくるという事なのだろう。今ここにXと俺だけということは相手の運転手は助かったのだろう。まったく、運のいい奴め。そんなことを考えていると、Xは色々説明したいことがあると言ってベラベラと喋りだした。
「実はあなたは他の人とは違う特別な存在なんです。あなたにはこれから異世界に転生していただき、再び新しい人生を送っていただく事になります。」
ん?ちょっと待て。さっぱり言ってる事が理解できんのだが。
「あなたは肉体が死を迎えても、記憶は消える事なく魂に宿り、そのまま異世界転生し、次の人生を送るという特殊な能力の持ち主なのですよ。つまり、何回も記憶を魂に上書き保存する事で、あなたは永久に生き続けることになるわけです。"人生"を繰り返すのですよ。私たちはこの能力をunlimitedと呼ぶことにしました。」
え?それって俺死ねないってこと?いや、身体的には死ぬんだけども。そんなのったらありゃしない。
「じゃあ俺はどうすれば肉体的だけでなく魂的?(この表現が正しいのかはわからんが)にも死ぬことができるんだ?」
「それはあなたが運命的な出会いを果たし、私たちを満足させる事ができた時です。あ、ちなみに今回みたいに事故に遭ったり、自殺をしようとしてもあなたは死ぬことは出来ませんのでお気を付けて。」
なんとも抽象的でとんでもねえ答えだ。こんな少女漫画みたいな出会いを迎えないと俺は死ぬこともできないのか。やり残した事がそこそこあるであろう1回目の人生をやり直せると考えればいいのかもしれないが、こんなことを何回も繰り返していたら精神的におかしくなってしまうだろう。なるべく早く運命の人とやらを見つけて成仏したいものだねえ。
「ではあなたには早速第二の"人生"をスタートしてもらいます。それでは、お気をつけて〜」
そんな軽いノリでXに見送りの言葉をかけられるとともに強い眠気が襲ってくる。あ、そういえばあの自称神様の名前聞くの忘れてた。まあ、いっか。
どうせなら最高の人生を送ってやるぜ!待ってろ!俺の異世界ライフ!
そんなことを思いながら俺は眠気に身を任せるのだった。