アーチェリー選手
日曜日も僕は鶏の世話をしに学校へと向かった。教頭からは、一日のうちいつ来てもいいが、できれば午前中に餌をやってほしいと言われていたので、僕は八時ごろに校門をくぐった。
校舎は静まり返って、窓ガラスに太陽が反射している。ジャージ姿の少年が無人の校庭をジョギングしている。澄んだ朝の空気の中に、少年の土を蹴る音だけがやけに大きく聞こえた。校庭を横切って飼育小屋へ向かおうとすると走っていた少年が僕に気づいて手を振った。
「おーい、おはよう」
クラスメイトのアーチェリー選手だった。僕はおはようと言いながら手を振り返した。アーチェリー選手は軽く息を切らしながら走り寄ってきた。額には細かい汗が浮かんでいる。
「ジョギング?」
「そう。家近いからさ、休みの日は校庭で体力づくり。親が公道は危ないからなるべく走るなって。そっちは?」
「飼育小屋の掃除。僕、飼育委員だから」
「飼育小屋? 兎いなくなってから空になってなかった?」
「隣の小屋に鶏がいるんだ」
「へえ」
アーチェリー選手は興味を覚えたらしく小屋までついてきた。一緒に小屋に入ったが、中の臭いに顔をしかめて外へでると、掃除する僕を金網越しに眺めていた。
「好きなの?」とアーチェリー選手が聞いた。
「え?」
「鶏」
「いや、別に。どっちかというと、なんか気持ち悪い。首の動きとか、ぎょろっとした目とか」
「はは、なんかわかる。でも、じゃあなんで飼育委員?」
「委員決めるときに最後まで残ってたから。別になんでもよかったんだ」
僕は餌入れに溜まった殻を捨てて、新しい餌を注いだ。すぐに雄鶏が寄ってきて、いっぱいになった容器を突つき出す。
「文鳥とかインコの方がかわいいのにさ、なんで鶏なんだろうね」
アーチェリー選手は金網に手をついて、餌をついばむ鶏をつまらなそうに見下ろしている。僕は文鳥やインコが小屋の中を可愛らしく跳ね回る様子を想像した。白や緑の綺麗な小鳥が高い声でさえずり、小さく首をかしげながら餌をついばむ。休み時間ごとに低学年の子達が小屋の前に集まり、小鳥たちの様子を眺めて幼い歓声をあげる。
「そうだね」
毎朝早く起きて誰の興味も引かない鶏の世話をするのが無意味なことのような気がした。
「カンセキで文鳥売ってるからさ、買ってきて入れちゃえば? みんな見にくるんじゃない、そしたら」
「怒られるよ、勝手にそんなことしたら」
「そりゃそうか」とアーチェリー選手は笑った。
「でも、小鳥いたら可愛いだろうな。鶏の世話なんかよりずっと楽しくなるんじゃない」
「それはそうだけどさ」
「せめてひよこでもいればね。そしたらおれも飼育委員やってみたくなるかもしれない」
僕が掃除を終えて小屋の鍵を閉めると、アーチェリー選手は「じゃあまたね」と手を振ってジョギングを再開した。校庭のフェンスの向こうで、緑の街路樹が静かに葉を揺らしていた。