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図書委員

 目覚まし時計のアラームで目をさますと、窓の外で土砂降りの雨の音がした。カーテンをあけると空には灰色の雲が重く垂れ込め、大粒の雨が激しい音を立てていた。時折空が光って雷鳴が響いた。



 僕の住む町はよく雷が鳴った。県の北部に連なる山岳部と上昇気流が原因だと社会科の郷土学習で教わった。空に走る亀裂のような雷を遠くから眺めるのは好きだったが、雨は嫌だった。靴の中に水が染み込んでぐちゃぐちゃする感触が大嫌いだった。家を出ると外には風が吹いていて、傘をさしていても吹き付ける雨粒が服をびしょ濡れにした。僕は濡れた服のまま、寒さに震えながら鶏小屋の掃除をした。



 雨は二時間目の中頃にやみ、給食を食べ終える頃には厚い雲が拭われて青空が広がった。昼休みになり、僕は廊下に出て開け放たれた窓から校庭を眺めた。校庭にはところどころにできた水たまりが空の青い色を映して輝いていた。



 何人かの生徒が、泥が跳ねるのも気にせずに中当てをやっている。遠く校庭の隅に鶏の飼育小屋が見える。男子生徒の取り損ねたボールが鶏小屋の前に転がった。男子生徒は小屋には見向きもせずに、ボールを拾うと仲間に向かって投げ返した。初夏の風がゆるく僕の鼻先を撫でていった。



 昼休みはあと十五分ある。僕は窓を離れ、校舎をぶらぶらとあてもなく歩き始めた。



 三階の階段を降りると、僕は気まぐれに、二階の廊下の突き当たりにある図書室へ入ってみた。何人かの生徒が机について静かに本を読んでいる。書架には色とりどりの背表紙が並んでいて、女子生徒が三人、本を選びながらなにかを小声で囁いてくすくす笑っている。クラスメイトの図書委員が貸し出しのカウンターのところに座って文庫本を読んでいた。僕が近づいていくと図書委員は本から顔を上げ、僕を認めて少し驚いた顔をした。


「やあ、珍しいね。何か借りるの?」図書委員は小声で僕に話しかけた。


「ううん、暇だったからきてみただけ。何読んでるの?」


「予告された殺人の記録、って本」

 

図書委員は文庫本の表紙を僕に向けた。赤い帽子をかぶって髭を生やした男性の周りを、いくつもの気味の悪い仮面が囲んでいる絵が描かれている。


「図書室のシール貼ってないね」


「ああ、これお父さんの本棚にあったの借りてきたんだ」


「どんな話? 怖いやつ?」


「うーん、怖いといえば怖いかな。お金持ちと結婚するはずだった女の人が、ある男性との過去のせいで縁談が破談になっちゃうんだ。それに怒った女の人のお兄さん二人が、その原因となった男性を殺そうとするんだ。お兄さんたちは酔って町中の人にその男性を殺してやるって言い回って、最後にその男性は殺されちゃうってお話」


「それで、探偵が出てきてどうやって殺したかトリックを暴くんでしょ」


「ははは、そういうのじゃないよ。男の人が殺されて終わり」


「それで終わりなの? 謎解きとかないんだ?」


「うん」


「でも、ただ男の人が殺されちゃうだけの話なんでしょ。読んでておもしろいの?」


「そうだね」と図書委員は少し考え込んだ。


「話のあらすじだけみたら全然おもしろくないよ、たしかに。殺すって言われてた人が殺されちゃうだけだからね。でもこのお話で作者が書きたいのは、殺人の怖さじゃなくて周りの人の怖さなんだと思う。


殺人が予告されていたのに誰も阻止しないで男性が殺されたのは、周りの人の無関心のせいなんだよね。どうせ嘘だろと思ったとか、誰かが止めるだろとか、殺害予告を聞いてたのに知らなかったと嘘ついたりだとか、誰も予告に真剣に向き合ってないんだ。


中にはその男に死んでほしかったから黙っていたなんて人もいる。そういう周囲の無関心とか冷たさのせいで男性は殺されちゃったし、二人の兄弟は殺人犯になってしまう。そういう人間の無関心とか、無責任さとか、ずるさとか、心の澱みたいのがこの本はうまく表現されてるよ。


作者が言わんとしていることにちゃんと気を配って、それをどうやって表現しているかまでを細かく理解しながら読まないと、表面的な内容だけ追ってておもしろくないって言ってるだけじゃこういう本は楽しめないよ」


「なんだか難しいな。でもよく理解できるね、そんな難しい本」


「理解できてない、実は。いま言ったこと全部お父さんの受け売り」


 図書委員は恥ずかしそうに笑い、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


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