委員決め
今日の六時間目に学級委員と各種委員の割り当てを決めるので、自分の所属したい委員会を考えておくように。始業式の翌日、朝のホームルームで、新しく担任となった先生は六年生に進級した僕たちにそう告げた。
その日は一日中、クラスメイトたちは休み時間がくるたびに、どの委員に入るか、学級委員は誰に投票するかを浮き足立って話しあっていた。六時間目がくるとまず学級委員の投票が行われ、男女がそれぞれ一人ずつ選ばれた。どちらもはきはきした喋り方の、運動も勉強も得意な生徒だった。学級委員が進行を務めて委員会の割り当てが行われた。女子の学級委員が、丁寧な字で黒板に委員会の名前を書いていった。放送委員、美化委員、図書委員、保健委員、飼育委員、生活委員、体育委員。
先生、と一人の男子生徒が手を挙げた。担任は教論用の机に寄りかかり、委員会名の書かれた黒板をぼんやり眺めていた。
「どうした?」
「すいませんが、僕は委員会に所属しなくてもいいですか。放課後は練習があるんです」
男子生徒は校外でアーチェリーを習っていた。全国の大会で入賞するほどの実力で、新聞の地方版にその結果が載り、全校集会で表彰されたこともあった。アーチェリー場は県庁所在地の市にあり、僕たちの住む街からは車で一時間ほどの距離がある。委員会活動をしていると練習に間に合わないのだ、と彼は言った。
「ああ」
担任は微笑みながらうなずいた。「そうだな。それならしかたない」
生徒たちからも文句は上がらなかった。男子生徒が弓とトロフィーを持って笑顔で写っている新聞記事は、切り抜かれて職員室前の掲示板に貼られていた。誰もがその男子生徒を自分たちとは違う特別な存在なのだと認識していたし、人数が減れば、人気のある委員会の倍率が下がるだろうという打算もあったのかもしれない。
「では今から委員を決めていきます。自分が希望する委員会に手を挙げてください」
男子の学級委員が黒板の委員会名を読み上げていった。人気のある委員会は定員よりずっと多くの数の手が上がった。放送委員は二人が定員だったが八人が手を挙げた。じゃんけんが行われ、女子生徒が二人勝ち残った。どちらも国語の朗読の上手な生徒だった。
黒板の「放送委員」の文字の下に二人の名前が書き入れられた。委員決めのじゃんけんが何度も教室の前の方で行われた。特に入りたい委員などない僕には、委員決めなどどうでもよかった。いつまでも手を挙げずに、最後に残った委員に入ればいいと思いながら、黒板の上の時計にちらちらと目をやった。
飼育委員をやりたい人はいますか。学級委員が聞くと教室は静まり返った。気紛れな死神が行き過ぎるのを待つように、生徒は一様に顔を伏せていた。学級委員は困ったように先生の顔を見た。先生が仕方なさそうに無言で頷いたのを見て、学級委員は飼育委員を飛ばして生活委員の募集に移った。
飼育委員ができたのは二年前の五月だった。その年、校庭の隅に鶏小屋と兎小屋が建てられた。ゴールデンウィークに、教頭先生を中心に用務員のおじさんと何人かの男の先生が協力して作業をしていた。連休明けから、小屋では番いの鶏と五羽の兎が飼われ始めた。休み時間には小屋の前に人だかりができた。ふわふわとした、毛玉のような兎が小屋の中を飛び跳ねていた。兎が人参をかじったり耳をぴくぴくと動かしたりするたびに女子生徒たちが悲鳴をあげた。
かわいい。
兎にくらべ、鶏に注意を払う生徒はほとんどいなかった。何人かの生徒が物珍しそうに鶏小屋を覗き込んだが、しばらく眺めるとつまらなそうな顔をして兎小屋の方へと足を向けた。僕も鶏小屋を覗いてみた。緑の金網の向こうに二羽の茶色い鶏が見えた。きょろきょろした首の動きが、小狡くあたりを窺う妖怪のようで不気味だった。僕は小屋を離れて校舎へと走って戻った。
五羽の兎は次の日には小屋からいなくなっていた。柵の下に穴を掘り脱走したのだ。小屋の設計は兎の習性を考慮していなかった。茶色の兎は学校前の道路で車にひかれて死んでいるのが見つかった。白と黒のぶちは校庭の隅のあたりで、虚ろな目をしたまま冷たくなって横たわっていた。あとの三羽は行方が分からなかった。野良猫に襲われちゃったのかもしれないね。女子が悲しそうにそう噂しているのを聞いた。
兎小屋は空になり、飼育委員の仕事は鶏の世話だけとなった。ある日のお昼休み、当時の飼育委員の生徒が鶏小屋の掃除をしていると、雄鶏が何かに脅かされたように激しく羽ばたいて、生徒の顔の辺りまで飛び上がった。驚いた生徒は後ろ向きに転んでしまい、箒をかけるために柱に打ちつけてあった釘で二の腕をざっくりと切った。
傷は深く、保健室では止血ができずに救急車が呼ばれた。僕が三階の教室で黒板に落書きをしていると、大きなサイレンの音が近づいてきてすぐそばで止まった。教室がざわつき、驚いてベランダに出てみると校舎の横に救急車が止まっているのが見えた。
どの教室のベランダも生徒で溢れ、回転する赤いランプを不安そうに眺めていた。初夏の午後の青空は薄く霞んで、太陽の周りに虹色の光の輪がかかっていた。校舎に重苦しいざわめきが満ちて、先生と救急隊委員とに付き添われた飼育委員が泣きながら救急車に乗り込んでいった。
白い体操服の右側が血で真っ赤に染まっていて、二の腕から流れる血がぽたぽたと地面に滴っている。女子生徒が小さな悲鳴をあげて何人かが泣き出した。飼育委員の生徒は病院で真っ赤に裂けた傷を縫合した。
黒板の「飼育委員」の文字の下は最後まで空欄になっていた。
「まだ委員の決まっていない人はいますか」
手を挙げたのは僕だけだった。飼育委員の下に、僕の名前が記入された。