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うーん。何をどう頑張っても、セリーヌの記憶がない。
あ、もちろん『王子♡』の中でね。
ヒロインの攻略対象はアクセル様を筆頭に、侯爵子息、騎士団長子息、実は隣国の王子様だった従者、それから……そう、王弟殿下。
この五人がメインキャラ。
一応は一通り攻略したけれど、アクセル様が好きすぎて、あとはもう何度もアクセル様ルートを周回したわ。
婚約者を亡くし、傷ついたアクセル様の心を癒すのが私……じゃなくてヒロインで、そして愛が芽生えるわけですよ。
はい、王道。
ただ、あまり捻りがなくて人気はそこそこだったんだけど……。
とにかく、マジでセリーヌっていた?
どの攻略対象も婚約者なんていなかったはず。
それなのに王弟殿下の――ダミアンの婚約者とかマジですか?
私が? ダミアンの?
ええ、正直に話します。
オタクの心得として、「ひと様の好きを否定しない!」「人類皆、嗜好はそれぞれ!」「みんな違って、みんないい!」をモットーにしておりましたので、あえて『非推し』と表現しておりましたが……。
私、ダミアンきらーい! むーりー!
だって、せっかく私が……いや、ヒロインがアクセル様と心を通わせたというのに、横恋慕してきたダミアンがアクセル様を蹴落とそうとするのよ!?
あり得なーい!
まあ、それで愛は深まるわけだけど。
好きなら、相手の幸せを祈って去って消えてあげなさいよ!
しかも、まさかの婚約者がいたとか!
マジで無理なんですけど。
浮気者じゃん!
婚約者かわいそー。って、私かーい!
はい、アクセル様に声をかけられてからここまでの時間、おそらく7秒くらい。
私の返答が間違っていたのはわかります。わかっておりますとも!
でもできれば「ありがとうございます」とは答えたくないのですよ。
そしてこのままアクセル様のご尊顔を間近で拝見していたいのです。
時間よ、止まれ!
「セリーヌ、どうかした? いつもより雰囲気が違うけど……」
「ひえっ、い、いえ! あの……!」
はい、無理。
愛しの推しが! 愛・♡・アクセル様が目の前にいて、話しかけられて、冷静でいられますか!?
今の私は昇天寸前です。
頑張れ、思考力!
このままではアクセル様に変なやつ認定されてしまう!
リアルで「おもしれー女」はいらんのですよ!
「すまない、アクセル。どうやらセリーヌはこの婚約を聞かされていなかったらしい。それで驚いて言葉が出ないみたいだな」
いや、お前は黙っとれ!
ダミアンめ、この裏切り者が!
アクセル様ルートでなくても、騎士団長子息のジャンのルートの場合、ヒロインはダミアンの悪事をジャンと曝くことになって、一緒に危険を乗り越えた吊り橋効果で結ばれる。
それに、侯爵子息であるエルマンを攻略したときだって、同じようにダミアンの悪事を曝いて国王陛下に告発するのよ。
二人のルートは似ているけれど、ジャンは武闘系で戦闘シーンあり。
エルマンのルートでは、頭脳戦で謎解きのようだったのよね。
って、エルマンの正式名はエルマン・ドゥ・カラベッタ。
ということは私の兄弟――お兄様だ!
「そうなの? それは確かに驚くよ。セリーヌ、大丈夫?」
「はっ、いえっ……!」
大丈夫じゃないです!
私がアクセル様をお守りいたしますから!
「発表があってからいい加減時間も経っているのに、まだ動揺しているなんて、セリーヌは本当に面白いよな」
お前が言うなーっ!
おのれ、ダミアンめ。
アクセル様の前で恥をかかせるなんて!
悪魔の申し子か何かか。
金髪碧眼のこれぞ王子様♡って感じのアクセル様と違って、ダミアンは黒髪黒目でこれぞ悪魔↓って感じ。
並んでいると、その対比がすごい!
陛下も金髪だし、ダミアンとちっとも似ていないのよね。
ダミアン誕生の際には海から現れて、終末のラッパが吹かれたに違いない。
その前髪で隠れた額には悪魔の印でも刻まれてるんじゃないの?
そういえば、従者アントニーのルートでは、隣国のレクザン王国の悪いやつとダミアンは通じていて、アントニーを殺そうとするんだった。
その見返りが、この国の王位簒奪の支援。
それを知ったヒロインがアントニーと逃避行しながら……って、割には呑気な展開で「早く逃げろよ!」と思ったのは内緒。
あれ?
それで、ダミアンを攻略したらどうなるんだったっけ……?
ああ!
ヤバイ、ヤバイ、絶対ダメ!
あまりのショックに記憶から抹消されてたわ!
アクセル様は実は不治の病に侵されていて、私のことを……いや、ヒロインのことを想いながらも、ダミアンに全てを託して天に召されてしまうのよ。
ガァッデェム!
あり得ない! 許せない! どこから出てきた、その病弱設定!
ダミアンルートだけは絶対に阻止しなければ!
そうか……わかった。
私がこの世界に転生した意味が。
愛するアクセル様の幸せのために、力の限り尽くすことなのね。
では、アクセル様の前からダミアンを排除しなければ!
推しに課金するのは当然!
ならば絶対的愛のため、激推しのために、この命さえ捧げてみせますとも!