6.
「ねぇ、最近変な女がいるみたいよ」
「変な女?」
中庭へお菓子を貰いに行く前、今日は食堂でマーリンと共に食事をとっていた。
いつもは購買で適当に買ったものを軽く食べ、そのまま猫になって彼の元に言っていたのだが…今日はマーリンに昼食を誘われたのだ。
「一応、貴族だからあまり関わりはないとは思うのだけど…注意しておいた方がいいと思ってね。アンタなんてよく1人で学園内フラフラしてるんだから余計にね!」
「うっ…そ、それでどんな人なの?」
「全くもう…なんでも最近になって貴族に引き取られた平民の子らしくてね、所謂庶子ってやつね」
「へぇ」
「一応、貴族クラスに所属してるらしいのだけど…やっぱり最近まで平民だったから貴族としての礼儀とかは全くなってないらしくて。
それでも普通は目上の人に対して敬語とか、ある程度礼儀を持って接するのが普通じゃない?
なのに何を勘違いしたのか、自分は選ばれた人間なんだ!って意味のわからない妄言吐き散らしながら婚約者の有無なんて関係なく見目の良い高位貴族の息子中心に擦り寄りまくってるらしいわよ」
「え、えぇ!す、凄い子だね…」
平民だったら普通、貴族を相手に萎縮してしまう人が多いだろうに。一応、今は貴族の仲間入りはしているらしいがそれでも最近まで平民として暮らしていたのなら多少その気持ちはあるはずだろう。
そもそも、平民・貴族問わず自分より上の人間に対してその態度はいかがなものだろうか?
それに婚約者がいる相手に擦り寄るなんて、普通にダメだろう。
「しかもよ!平民の私達にも、自分の方が上なんだって態度で威張り散らかすのよ?!意味がわからないわ!!」
「うわぁ」
「だから貴族…特にご令嬢方ね。と平民全般に嫌われまくってるの、まぁ当然よね。
人によってコロコロ態度変える人間なんて信用ならないし、ただね…貴族の男共は何を勘違いしたのか天真爛漫なところが可愛いだのなんだのってその女にデレデレになってるヤツらが多いらしいのよ。特に高位貴族」
「チョロいね」
「チョロチョロよ」
その人たち、人を見る目がないのだなぁ。
そこまで人によって態度変えまくる人間って平民・貴族なんて関係なくて人にすごく嫌われるタイプだと思うのだけど…。
「貴族のご令嬢達は『これだから平民は!』って怒りまくってるし、馬鹿な貴族子息は『貴族の女と違う所が魅力的!』って認識なのよね…いや!あれが平民代表みたいな見方されるってこんな屈辱ないわよ!凄い迷惑!!」
「まぁ、確かに。そんな事でこっちにまで被害きたら溜まったものじゃないよねぇ」
うんうん、と頷き返せば普段子リスのように愛らしい見た目のマーリンから鋭い眼光を向けられ、思わずビクリと肩が跳ねた。
「実際きてるのよ!」
「え?!」
「ほら、この学園って一定量の魔力を持った者なら平民・貴族問わず誰でも入れるじゃない?
だからこそこの学園では特に!私たち平民にとってこれ以上ないほどのチャンスの場なのよ!
例えば商家の出だったら貴族との繋がりは絶対に欲しいだろうし。将来メイドとか、城で文官や騎士を目指してる子達も今のうちから貴族とはいい関係を作っとくものなのよ。所謂コネね」
「そ、そうだったんだ…」
「まぁ、アンタはそういう事考えたことないだろうけど…
知っての通りこの学園に全員が入れるわけじゃないの。入学できた時点でとても幸運なことなのよ。
だからこそ、将来仕事で出世するためにも色んなところと顔繋ぎしときたいって子は多いのよ。貴族の子達も、今のうちから優秀な子を取り込んでおきたいだろうしね」
「へぇ」
「なのに!!あの女!平民も貴族もどっちの評判も下げまくってるもんだから最悪なのよ!!
貴族はあの女を見て『平民は所詮あんなものか』って見限るし、平民は『横暴な貴族が多い』ってなるから何方も距離が空いてってしまうのよ!これじゃあ良好な関係もコネも作れるわけないじゃないっ!!」
「ま、まぁまぁ落ち着いてよ」
「これが落ち着けるわけないじゃないっ!!」
どうやらマーリンはその子に大分お冠らしい。
思わず立ち上がって叫んだマーリンを慌てて諌めようとしたその瞬間。
「そうだー!そうだー!」
「よく言った!」
「うんうん!」
と…周囲からそんな声が響いた。
驚き慌てて周囲を見渡せば、いつの間にか平民の子達に囲まれていた。
先程マーリンが言っていた商家の家の子や、将来貴族の家でメイドや侍女志望の子も入れば騎士や文官を目指す子達など多くの人が集まっていた。
「い、いつの間に…」
そういえばここは昼時の人が多く集まる食堂だったと思い出す。一応、貴族・平民問わず皆同じ場所で食事をとるが…やはり自然と分かれるもので。
言わばここは平民スペース、周りには平民しかいない。
というかマーリン、声大きすぎて周りにダダ漏れじゃない。いや…マーリンの場合これは態とね、絶対。
「あれはないよなぁ。元々俺らと同じ癖に威張り散らかしてさぁ」
「顔と爵位の良い貴族の人には尻尾振りまくって!」
「婚約者がいる人にも関係なく擦り寄りまくって、挙句婚約を破綻させたとか!」
「うわっ、最低!」
「この前は音楽室の所で○○家のご子息とイチャついてたわよ」
「噴水前では他の人と一緒にいたわ?」
「俺なんてこの前『あなたモブの癖に顔がいいわね。特別に私の傍に居ることを許してあげるわ!』なんて言われたよ…すぐ逃げたけど」
「なんだそれ」
「何人に手を出してるんだか…」
「顔が良い奴にはとりあえず手当り次第みたいよ」
「あいつただのビッチじゃん」
「「「それな!!」」」
今まで皆、相当その子に鬱憤が溜まっていたのか実際に迷惑を被っている子達がワイワイと集まり出してしまった。
「ちょっと、マーリン…」
「いい感じに広まったわね」
「やっぱり…」
「これで聞き耳立てているだろう貴族の人達も、あれが平民の全てだとは思わないでしょうよ。
なんならあちらと協力関係が築けるかも」
「…はぁ、流石ね」
「ふふっ、これから楽しくなりそうね!」
「はぁ…それにしても、皆その子の事知ってるんだね」
「そりゃあれだけ目立ってれば嫌でも目につくわよ。寧ろアンタなんで知らないわけ?」
「んー…最近はずっとお菓子食べたり、昼寝したりしてたから?」
「呑気ねぇ」
「あはは…」
「まぁ、アンタらしいわ。でも気を付けなさいよ?これから会うかもしれないのだし、会ったらすぐ逃げなさい。
視界に入った瞬間逃げなさい。
いや、甘ったるい匂いがしたらとにかく逃げなさい」
「甘い匂い?」
「そう、香水かなにか知らないけど兎に角甘ったるい匂いを全身から醸し出してるのよ。気持ちが悪くなるほどね!」
甘い、匂い…なんだか嫌な予感がする。
それってもしかして…
「…もしかして、ピンク色の髪してる?」
「…会ったの?!」
「い、いや…貴族の男の人に無理矢理お菓子押し付けてるとこ見たことあって…」
「絶対それね。そういえば…あの女に夢中になってる馬鹿達って皆アレの手作りだって言うお菓子貰ってたわね」
「え゛?!ま、まさかあれ食べたのかな?!」
あんな臭くて怪しいものを?!ありえない!
絶対彼と同じように押し付けられたに違いない!
か、可哀想に…!
リーリアのあまりの狼狽え様にマーリンが訝しみながらも問いかける。それは一体どんなものだったのかと。
「見たことあるの?」
「う、うん…お菓子とは思えない程の甘ったるい匂いと、どうしたらその色が着くのか不思議なほど毒々しいピンク色の、ね」
思い出したらなんだか食欲が無くなってきた…。
あれはもはや食べ物ではない。
「それ食べた人は勇者かしら。明らか怪しいじゃないの」
「うんヤバかった。流石の私でも無理だった…」
「食べてたら絶交するわ」
「食べてないってば!!」
慌てて否定する。
あんなものそもそも食べられるわけがないじゃない!!
「無類のお菓子好きのアンタでも無理って相当ね」
「それに…なんか嫌な感じしたんだよね、あのお菓子」
「嫌な感じって?」
「うーん、なんて言うか…こう禍々しい気配というか」
そうなのだ。
あの物体からはお菓子、いや食べ物らしからぬ言いようのないドロドロとした気味の悪い気配がしていた。
それがなんなのか、分からないけれど…
とても嫌なものだったのは確かだ。
「そんな色してたらねぇ」
「それだけじゃなくて…なんて言うのかな。うーん…」
上手く言葉に表すことが出来ずモヤモヤする。
首を傾げているリーリアの傍らでマーリンも何かを思案するように腕を組んでいた。
「…やっぱり怪しいわね、それも調べといた方がいいわね」
「ん?何か言った?」
「なんでもないわ。それより、そろそろ行かなくていいの?」
突然話をガラッと変えられた事にほんの少し驚くも、言葉の意味がわからず首を傾げた。
「行くって?」
「お菓子の彼の所よ」
「あっ!!ごめんマーリン!また後でね!」
時計を見ればお昼休みは既に半分すぎていた。
慌ててマーリンと別れると中庭に向かって走り出した。
今にもしっぽが飛びだしそうなほどワクワクとした後ろ姿にマーリンは呆れながら手を振り見送る。
「ハイハイ…ピンク色のお菓子、ね」