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4.

少し長めです


マーリンと話をした数日後。

リーリアは人の姿でいつもの中庭に来ていた。


キョロキョロと周囲を見渡しながら彼の姿を探すリーリアの手の中には可愛らしくラッピングされた小さな袋が握られている。中にはリーリアお気に入りのお菓子が入っていた。


(お礼、これで大丈夫かな…?)


それは、先日マーリンに呆れられながらも相談した“お菓子の彼”へ渡すお礼の品だ。

お菓子のお礼にお菓子を渡すのもどうかとは考えたが…

どうせ貴族が使うような高い物は買えないし、彼の好きな物は甘いお菓子ということしか知らないリーリアは結局自分のお気に入りのお菓子を渡そうと決めたのだった。


一応、マーリンのアドバイスも聞いた結果である。


そもそも、猫が小袋に入れたお菓子を持ってくるということ自体が不自然だということに気付かないリーリアであるが、彼は喜んでくれるだろうか?とそればかり考えすっかり浮かれてしまっていた。


「あっ、この声…!」


暫くして聞こえてきた聞き慣れた大好きなお菓s…彼の声にピコンっ!と思わず耳が立った。

ピコピコと忙しなく動く耳は微かに聞こえた彼の声を確りと拾い上げる。

声の聞こえる方へと導かれるようにそろそろと、しかし素早く近づいていけば案の定彼がいた。


「あ、れ…?」


しかし、今日は珍しい事に女の人と一緒だ。

いつもここには彼は1人で来ているというのに…

何故だろう?胸にモヤモヤとした気持ちが湧き上がった。


ここは…私と彼の場所なのに、と。


モヤモヤはいつの間にかズキズキとした痛みに変わりリーリアの胸を蝕む。気付けばきつく胸を握りしめていた。


(女の人といるところなんて見たくなかった…)


漠然とそんなことを思う。

何故そう思うのか、リーリアには分からない。


けれど、いつもは2人だけの空間に見知らぬ人が勝手に入り込んでいることが酷く不快だった。

それはまるで己の縄張りを勝手に荒らされたかのようで…だんだんイライラとしてきたリーリアの耳はいつの間にかすっかり後ろに伏せ、動向が縦に割れている。


ここは…ここは私の場所なのに。

私と彼だけの場所なのにっ!

私の()に擦り寄る(メス猫)なんて八つ裂きにしてやるっ!


そもそも、彼も彼だ!なんであんな女と親しげに…ん?


よく見れば…彼の腕にすり寄っている忌々しい(メス猫)には見覚えがあった。


あれ…あの時のクッキーの人だ!


思わず、うわぁ…と声が漏れる。

相変わらず無駄に甘い匂いを撒き散らしながらベタベタとくっついて離れない女に、絶賛絡まれ中の彼はよく見れば物凄く迷惑そうな態度で接していた。


というか、もはや表情がない。


まるで能面のように冷たくなんとも不気味な顔の彼に思わずぞわり、と悪寒が走る。

先程とは違う意味で耳がぺたりと伏せてしまう程のあまりの不気味さに鳥肌がたち無意識に腕を摩っていた。

いつの間にか、胸のモヤモヤもズキズキとした痛みも怒りすらもすっかりとなくなっている。


それはきっと、彼は絶対にアレには靡かない事を知っていたからだろう。


「殿下ぁ!こーんなところにいたんですかぁ?

わたしぃずっと探してたんですよぅ?」


「はなせ」


「えぇ?照れてるんですかぁ?もぅ、殿下ったら可愛いんだからぁ!」


「はなせ」


声すらも無駄に甘い女に対し『でんか』と呼ばれた彼は能面を張りつけたまま同じ言葉を繰り返していた。


…正直、とても恐ろしい。


だか、うん。あれはないなとリーリアは1人頷く。

誰に言うでもなく彼をフォローする、否。あまりに恐ろしい光景に軽く現実逃避を始めた。


うんうん、仕方ないよ!

確かにあれは…いくら紳士的な人でも無理だよねっ!

そ、そうだよ、思わず顔が能面になってしまうくらいには…

むしろあんなにも素っ気なくされているのに気付かない

いや寧ろ気付かないふりをしている?彼女の神経が凄い。

もはや賞賛に値するレベルで凄い。


「殿下っ!今日はマフィン用意したんですよぅ!」


「いらない」


「ぜひ!ぜひ食べてくださいなっ!」


「いらない」


「絶対食べてくださいね!それでは私はこれで~!」


「いらない…チッ」


また彼女のようにドギツい匂いを放つお菓子を無理矢理押し付けられたらしい彼は終始、能面を張りつけたまま氷のように冷たく鋭い声で答えていた。

最後には無理矢理持たされた袋を見て、舌打ちをしたように聞こえたが…多分、空耳である。きっと、恐らく。


彼らの死角からこっそりとその様子を覗き込んでいたリーリアは彼が可哀想で仕方なくなった。


あんな、ゲテモノ押し付けるなんて…!

お菓子好きの彼にひどい仕打ちだ!

(果たしてあれが彼に対する好意なのかは分からないが…)好意の押し売り程、迷惑なものは無いのというのに!!


リーリアも昔、良かれと思って渡したものが相手が思わず悲鳴を上げるほど嫌なものだとは知らずにあげてしまったことがある。


そう、マーリンの誕生日にネズミを渡した時とか…


あれは本当に申し訳なかった。

まさかあんなにも嫌がられるとは思いもしなかった。

当時マーリンの誕生日プレゼントをどうしようかと相談に乗ってくれた友人達(猫やカラス)には『絶対喜ぶよ!』と言われたものだから、張り切ってプレゼントしたというのに…あれに喜ぶのは彼らだけだと、両親と泣きながらリーリアを説教するマーリンにコンコンと説明されたのだ。


そこまで考えてハッと気付く。


今から自分がしようとしていることは正にそれでは、と。

それに(あれは相手が悪いとは思うけれど)仮にも女性からお菓子を貰ってあの反応だ。

可愛がってもらっているとはいえ、ただの猫に突然お菓子を貰うなんてそれこそ怪しいし受け取って貰えないかもしれない…。

やはり渡すのは止めて今日は出直そうとその場を後にしようと踵を返したその時、タイミングの悪いことに服が枝に引っかかってしまったらしくガサリと大きな音を出してしまった。


「誰だ」


彼の冷たく鋭い誰何の声にビクリと肩が跳ねる。


「そこの叢の中にいる君だ。さっさと出てこい」


逃げればいいものを、何故か足が動かない。

先程見た能面のように冷たく恐ろしい顔が此方を向いているかと思うと、あまりの恐怖に足がすくんでしまったのだ。


嫌われてしまうかもしれない…。

グルグルと頭の中を巡るのはそんな言葉ばかり。


なかなか出てこない私に痺れを切らしたのか、彼が近づいてくる気配がした。

慌てて猫の姿になった瞬間に彼が叢から顔を出した。

一瞬、変身する瞬間を見られたかと焦ったが…

どうやらそんなことは無かったようだ。


「おい…って、なんだ君か」


「にゃあ…(危なかった…)」


「君一人か?人の気配がしたと思ったのだけど…気のせいか」


「に、にゃあ(き、気の所為だよ…)」


いつもと同じ優しい顔と暖かい声に心底、安堵した。


(よかった…能面じゃない)


「そんなとこに居ないで此方においで。一緒にお菓子を食べよう…ん?それは誰かの落し物か?」


そう言って彼が拾い上げたのは渡そうと準備していたお菓子の入った小袋だった。


「ぅにやぁにゃにゃ!!(あ?!ダメダメ返して!!)」


「ん?お前のか?」


コクコクと首を振れば何故か笑われる。


「くっ!どんだけ必死なんだよ。ん?返して欲しいか?

ふむ、しかし…猫の持ち物ってのに興味あるな。

中身はなんだ?魚か?にしては小さいか。ササミとか…

いや、お前の場合だとお菓子か!」


「ぅにゃ?!(ぅえ?!)」


「その反応は当たりだな?なんだ、もしかしてこれ俺にか?普段菓子を分けてやってる俺への猫の恩返し、いやお礼返し?なんて…」


「にゃ、にゃにゃ?!(な、なんで分かるの?!)」


「…当たり、か。お前本当に分かりやすいな…という事は、これは俺が貰ってもいいのか?」


「にゅ、にゃぅにゃう(うっ、で、でも…)」


ちらりと彼が反対の手に持っているピンク色の袋に目がいく。私がやっている事は先程の彼女と同じかもしれないと思うと…それを渡すのは申し訳ない。

やはり、返してもらおうかと逡巡していると、察しの良い彼はフッととても柔らかい笑みを浮かべた。


思わずその優しげな笑みに、瞳に目が奪われた。


「もしかしてさっきの見てたか?

…確かに知らない女からいきなり物を押し付けられるのはいい気がしない。それも無理矢理となったら余計にな…

だが、お前はアレとは違うだろう?

俺はお前の気持ちが嬉しいよ、ありがとう」


「…にゃ」


彼はそう言うとポンポンと優しく頭を撫でてくれた。

何故だろう?なんだかとても恥ずかしい気持ちだけれど、それ以上にとても嬉しくて…胸がドキドキと煩い。


「さぁ、一緒に菓子を食べようか。おいで、俺の可愛い猫」


「にゃんっ!」


フワフワ


ホワホワ


暖かい日差しに照らされて、その日の昼はいつも以上に穏やかで幸せな時を過ごした。




その後、リーリアが彼に黙って浄化魔法をかけ自分の匂いをすり付け(マーキング)たのは言うまでもない。


「今日はいつもより甘えん坊だなぁ」


「にゃ」

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