2.
トコトコと1匹の黒猫が歩いている。
リーリアは今日も猫の姿になって学園の中を散歩していた。大抵の人は平民、貴族関係なく猫を邪険に扱う人はおらず、その為声をかけられる度にその人の元へ擦り寄れば、色んな人におやつを貰ったり話が聞けてとても楽しい。
広大な敷地の学園内。
今日はどこへ行こうかとフラフラ中庭を散策しているとフワリと甘い香りがした。
香りにつられて足を進めるとそこには2人の男女の姿。
「私、殿下の為にクッキー焼いてきたの!お口に合うか分からないけれど…良かったら食べてくださいね!では!」
「ちょっ、まて!…はぁ」
見るからに貴族様といった出で立ちの綺麗な男の人に無理やりお菓子を押し付けて言ったその少女は脱兎のごとくその場を去っていった。
まるで小さな台風のような慌ただしさだ。
「こんな得体の知れないもの食べられるわけないだろ…
ん?猫か、丁度いい。こっちおいで」
「にゃぁぁ(随分酷いこと言うね、これだから貴族は…)」
「これいるかい?」
「にゃ!(ぜひ!)」
お菓子につられてリーリアはあっさりと近づいていった。
彼は小さなリーリアに合わせて膝を着くと、先程押し付けられゲフゲフ貰ったばかりのお菓子を袋から取り出した。
ムワリと甘い香りが漏れる。
余りの匂いの強さに鼻が曲がりそうだったが、お菓子の魅力には逆らえなかった。
「ほら、どうぞ」
「にゃぁ!…にゃ、ぁ(わぁ!…え、なにこれ)」
「…なんだこれ」
可愛らしくラッピングされた袋から取り出されたのは無駄に甘ったるい香りを放つ何かだった。
確か、クッキーとか言われていた気がするが…どう見てもクッキーには見えない。
そもそも色からして頂けない。
何故こうもどぎついピンク色をしているのか…
しかもなんだが禍々しいオーラを放っている。
さすがのリーリアもこれは無理だと諦めた。
確かに、こんな得体の知れないもの食べられるわけが無い。
「…にゃぁ」
「…あー、すまないな。これはやはり私が責任取って処分しておくよ、期待させて悪かったな」
「にゃ(本当よね)」
「…仕方ない、これをやろう」
そう言って、彼は上着に手を入れると小さな包みを取りだした。その中には美味しそうな普通のクッキーが入っていた。
まさか見るからに貴族の男の人が菓子を常備しているとは思わず驚いた。
「実は…私は自分で言うのもあれだが結構な甘党でね。
しかし男が甘いものが好きだなんて格好悪いだろう?菓子は基本的に女子供のものとされているから余計にな…
だが、どうしても食べたい時の為にこうしてこっそり常備しているんだよ。今日はお前にも分けてあげよう…内緒だぞ?」
「にゃあ!(喜んで!)」
やったー!!貴族のお菓子だなんて絶対美味しいよ!
私が食べやすいようにハンカチを敷きその上にクッキーをそっと置いてくれた。
彼も私の前に座ると美味しそうに食べ始めた。
先程のあからさまに怪しい外見でも匂いでもないクッキー。しかも貴族様のだ!こんな機会は滅多にないと勢い込んで口にすればホロホロとした食感、甘く柔らかい口当たりのそれは今まで食べたものの中で1番美味しかった。
「うみゃい!(美味しい!)」
「ぶはっ!あはははっ!そうか美味いか!くくっ、猫でも『うまい』なんて言うんだなぁ」
「ぅな?」
「ほら、もう1枚やろう」
「にゃあん!(わーい!)」
「ははっ!嬉しいか、お前は素直で可愛いなぁ」
「うみゃうみゃ」
愛らしくお菓子を頬張る猫の姿に、先程まで強ばっていた彼の表情は崩れとても穏やかで優しげな顔になっていた。
暫しの癒しの時間。
1人と1匹の間にはとても穏やかな時が流れていた。
◇
「やぁ、猫。今日も来たね」
「にゃん!(こんにちわ!)」
それからというもの、時折リーリアが猫の姿で中庭にゆくと、彼はお菓子をくれるようになった。
そのどれもがとても美味しく、すっかり餌付けされたリーリアは彼の虜になるのだった。
「ほら、お食べ」
「にゃんっ!(いただきまーす!)」