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「うわ、でっか…」
眼前に広がる、白く立派な門を見上げながらリーリアは呆然と呟いた。
◇
この国では15歳になると3年間、魔法に適正のあるものは平民・貴族とわず魔法学校に通うことが義務付けられている。平民とは思えない程の高い魔力を持つリーリアも今年から目出度く学園に通うこととなった。
学園では様々なことを学ぶ。
初歩の魔法に必要な魔力の感じ方から使い方。
種類、多様性、危険性を理解しそれをどう活かすか。
成績優秀者は卒業後、魔法師団や魔法研究所という出世コースに乗ることさえ夢ではない名門である。
この学園で学べない魔法などないと言うほどに、魔法に関する知識が集められていた。
しかし…
学園が始まって気付いたが、どの授業でも変身魔法については誰も触れることは無かった。
魔法が使えない人々の間にも知れ渡っているくらいに有名な魔法の1つとして数えられるというのにそれは何故か?
簡単な事だ。
変身魔法は超高難難易度の高等魔法ということもありそもそも使えるものはほぼいないと言っていい。
それに、世間一般的に変身魔法=変態魔法というのがこの国での常識で、それはもう広く深く人々にはそう認識されていたからだ。態々変態になりたい者もおらず、学ぶものもいない。
リーリアは学園に入る前から変身魔法が使えた。
それもごくごく自然に…だからだろう。
リーリアは入学前から独学で魔法を学び(ほぼ感覚で習得した)今では見た事のある動物なら一瞬で変身できるようになっていた。それどころか独自に魔法を作り出し部分的に変身することも可能になっていた。
例えば、背中に翼を生やして空を飛んだり、しっぽだけ生やしてみたり、手だけ猫になってみたりと分かりやすく外見を一部変身させるだけでなく、人の外見のままその動物の持つ能力を引き出すことも出来た。
夜目がきいたり、聴覚が優れたり、足が早くなったりと体の構造を作り替える魔法を編み出したのだ。
リーリアはこれを部分変化魔法と呼んでいた。
魔法とは魔力があれば誰でも使える。
しかし、魔法に対する適正は勿論その魔法に対する知識・理解があり尚且つそれをコントロールする気力・体力がなければどんなに魔力量が多くとも形になることは無い。
それどころか、下手をすれば魔力暴走を起こしてしまったりと多大なる事故に繋がることもある。
リーリアは生まれつき魔力量が多かったが、微細なコントロール力を自然と身につけごくごく自然に扱うことが出来た。
それこそ、独自で新たな魔法を作り出してしまうほどに…
まさに天才とはリーリアのためにあるような言葉。
が、しかし…非常に、ひじょーに!残念で不名誉な事に、このことががバレたら皆から変態と言われてしまうのだ。
どんなに魔力量が多くても。
どんなに凄い魔法が使えても。
変身魔法が使えるというただそれだけで天才から変態に格下げである。
それだけは!どうしても回避したい!!
というのが正直なところ。それもそうだ。
花も恥じらう可憐なこの時期に、たった15歳の少女がそう言われるのは辛すぎる。
リーリアはこれまで以上に変身魔法が使える事はバレないように気を付けようと、学園の門を前に強く強く誓ったのだった。
だが…リーリアはまだ知らない
近い将来、最悪な人物にバレてしまうということに。
一体誰にバレるのか?
それは…
リーリアの目の前には、最近ではすっかり見慣れたはず美しい顏にこれまた美しい笑みを浮かべる男の姿。
この国の住人ならば誰でも知っている彼の手にだらりと脱力し垂れ下がっているは可愛らしい黒猫である。
一見、見目麗しい男と猫の触れ合いかと思われるも、実際はそんなものではなく…猫の目はこれ以上ないほどに彷徨い、冷や汗をいっぱいにかき焦りまくっていた。
やばいやばいやばいやばいっ!!
まさか、嘘でしょ?!なんで?!
「やぁ、猫。いや…変・態・さん?」
「にゃ、うにゃぁああ!!(お、王子のばかぁぁぁ!!)」
◇◆◇
「リーリア!同じクラスね!」
「マーリン!良かったぁ」
新緑の瞳、焦げ茶色の長い髪を1つの三つ編みにし背中に流した彼女は幼馴染のマーリンだ。
彼女はリスのように可愛らしい見た目に反し酷く腹黒くお金と情報が大好きな普通の女の子である。
彼女の家は大衆食堂を営んでいる。
平民の間では大変人気があり繁盛している店の一つである。その分、様々な客が訪れた。
その為、自然と様々な情報が耳に入ってくる。
そのせいか、彼女の父親はちょっとした情報屋なんてものもやっているのだが…そこに楽しさを見いだしてしまったのか、彼女は看板娘として可愛らしい見た目で接客をするついでに情報屋としての技術をもみにつけてしまった。
それからというもの彼女は一部では有名な情報屋として密かに活動していたりするのだが…それに実は私も関わっている。
何故なら、彼女は私の秘密を知る唯一の友人だ。
私は普段から暇があれば動物の姿になり(大抵は猫だが)街を散策するのが趣味だったりする。
動物たちと会話したり、気ままにフラフラとさ迷っていれば意図せず色んな情報が手に入ってしまうのだ。
昔、私が散策中に知ったことをマーリンと遊んでいる時に語ったことがきっかけで、彼女は私を情報源の一つとして活用するようになったらしい…らしいというのは、この事実を私はつい最近知ったばかりだからだ。
適当に面白いと思ったことを話していた事がまさかお金になっていたなんて知らなかった…
入学前、マーリンに突然お金を渡された時は酷く驚いたものだ。
受け取れない!と突っぱねようとしたのにあれよあれよという間にそのお金はリーリアのものとなっていた。
仕方がなく受取り、今は大事に貯金している。
マーリンは勝手に私を利用して商売をしていた事に謝ってくれたが、私に関する秘密は誰にも話したことは無いようだし。情報屋なんてしているらしいけれど、なんだかんだマーリンは口が堅い方だし。
別にいいか!マーリンだし!
それに、口ではなんと言っていても幼馴染で私の事を心配してくれているマーリンはとても大事な存在で、こんな事で友人関係が崩れるのは嫌だった。
情報屋なんて始めたのも、多分私の為でもあるのだろうし
…何よりマーリンが大好きだから別にいいよ、と伝えた
の、だか。
「リーリア…」
酷くか細く、しかし嫌に低い声がした。
その声に何か嫌な予感はしたものの、ふっと俯いてしまった彼女の肩は小刻みに震えていたから思わず泣いているのかと慌てて駆け寄ると…何故かがっしりと腕を掴まれた。
「え?」
「アンタはもぉぉ!!!」
勢いよくあげられたその顔は何故か憤怒の表情をしてた。
そして突然始まる鬼のように恐ろしいお説教の山。
「アンタはほんっと危機感がない!!そもそも昔から…
聞いてるの?!」
「はいっ!すいません!」
このお説教が優に3時間を超えることになることをこの時の私はまだ知らない…。