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side王子



昼休み、いつもと同じ場所で猫を待つ。


いつもならとっくに来ているのに…

もしかしたら今日は来ないのかもしれない。

その事に思った以上に落胆している己がいて、思わず苦笑が漏れる。


「猫…今日は来ないのか?」


誰に言うでもなく呟いたその言葉は、木々のざわめきにかき消された。ボンヤリとすることも無く空を見上げていれば、近くでガサリと草が鳴った。

猫が来たのかと目を向ければ…そこには黒髪の少女がいた。


「お菓子さん!」


「お菓子?」


満面の笑みで『お菓子』と叫びながらかけてくる彼女は、人になっても相変わらずお菓子が大好きなようだ。

愛らしいその姿に笑みがこぼれる。

きっと彼女は今自分が『猫』になっていないことに気付いていないのだろう。


「…あれ?!」


平静を装って言葉を返し首を傾げた俺につられて、彼女も首を傾げればそこで漸く気付いたらしい。

一心不乱に頭や顔をぺたぺたと触り確認している姿を見つめていると…ゆらりと黒くて長いしっぽが揺れていた。


「っ…!」


あまりの愛らしさに思わず口を抑える。

彼女はどうやら中途半端に変身してきたらしい。それだけ急いで駆けつけてくれたのかと思えば、愛しさが込み上げる。


なんて、なんて可愛いんだろう!!


内心悶えに悶えている俺に気付かず、彼女は慌てて逃げようと走り出したものだから咄嗟に腕を掴んでしまった。

小さな彼女の体が俺の胸にポスンと落ちてきて、逃げられないようにと腕を回して抱き込んでいた。


ほぼ、無意識の行動である。


腕の中にいる彼女はやはり小さくて柔らかい。

サラサラと肩を流れる黒髪からフワリと甘い香りがした。

こちらを振り向いた彼女の大きくてぱっちりとした瞳は猫の時と同じ、腫れた春の空を想起される美しい瞳をしていた。

思わずその瞳に目が奪われる。


あぁ…なんて綺麗なんだろう。


「…ぇ、あ!いえ、あのあのだだだ大丈夫です!!」


「そうか」


顔を真っ赤にしてアワアワと慌てている彼女を腕の中に抱き込みながら愛でていると、腕を軽く叩かれた。


「あの!あのあの」


「ん?」


「は、ははははなし離してくださいっ!」


あまりにも必死な様子の彼女を少し意地悪してやろうと『何故?』と言葉を返しより一層の彼女を抱き込めばやはり愛らしい反応が返ってくる。


「離す?なぜ?」


「なぜ?!いえ、だってあのあの」


「…ふっ、すまない。冗談だ」


「っ〜〜!!」


涙目でプルプルと羞恥に震える彼女を名残惜しくも離してやればまたもや逃げ出そうとするものだから、少々強引だったと思うけれど細く小さな彼女の腕を引いてベンチに向かった。


「ほら、お食べ」


彼女の大好きなお菓子を手ずから与えようと、口元へ持っていけば一瞬口を開けて食べようとするも、今が人だったと思い出したのか慌てて手を振って拒絶されてしまった。

それでもじっとそのままで見詰めていれば、彼女はそっと私の手から菓子をつまみあげるとその小さな口へと運んでいった。

正直、私の手で食べさせたかったのだが…今は人の姿をしているし仕方が無いだろう。

一応、私達は人の姿では初対面なわけだしね。


「っ〜〜、い、いただきます」


真っ赤な顔で、それでもお菓子を見る目はキラキラと輝いていた。そこは『猫』でも『人』でも同じなのだな。


しかし…


「…いつもみたいに口を開ければいいのに」


ボソリと思わず漏れてしまった本心は、どうやら彼女には聞こえなかったようだ。


「?何か言いましたか?」


「いや、なんでもないよ」


長く美しい彼女の黒髪を弄りながらそう云えば彼女は顔を伏せてしまった。けれど小さな赤い耳が…猫耳になったな。

多分、恐らく…彼女は気付いていない。

笑いそうになるのを堪えながらもジッと見つめていると、上目遣いでポソッと、食べないのか?と聞いてきた。


「…あの、食べないんですか?」


「なら、食べさせてくれるかい?」


「ふぁ?!」


「ふふ、君は本当に可愛いなぁ」


冗談半分にそういえばまたもや顔を真っ赤に染める彼女が可愛らしくて、さりげなく頬を撫でた。


…触りすぎだろうか?

猫の時は彼女から擦り寄ってきてくれたものだから…つい手が伸びてしまうな。


「か、かわかわ」


「ほら、どうぞ」


狼狽えるばかりだった彼女だったが、何を思ったのか俺から菓子を奪うとキッ!と睨みつけながら今度は彼女から私に菓子を差し出してきたが、やはり照れが勝つのか相変わらず顔は真っ赤だ。


「っ!!いえ!あの、ど、どうぞ…?」


「っ…!」


くそっ!涙目の上目遣いは反則だ!

可愛すぎるだろう!!しかも耳が!ぴくぴくって!

尻尾なんかもうずっと俺の腕に絡まってると言うのに!!


「あの…?食べないんですか?」


「っ、有難く頂こう」


「え」


あまりにも可愛らしくそう強請られては仕方がない。逃げられないように確りと彼女の腕を掴み菓子を食む。

いつもよりも甘い菓子が美味しくて、思わず目の前にあった彼女の指を舐めてしまった。


「甘い、な」


彼女に視線を戻せば、わなわなと震える唇が見えた。

今にもこぼれ落ちそうなほど大きく開かれた潤んだその瞳に引き込まれそうになる。


…あぁ、美味しそうだ。


砂糖のように甘く、華のように可憐な香りの愛らしい猫。俺だけの、俺の猫。

このまま腕の中に閉じ込めて体の芯までドロドロにとかして味わってみたい。

それはそれは、とても甘美な味がするのだろうな。


己の欲望に流されそうになるも、今はそのときではないと押さえ込む。


猫、俺の猫。

甘い甘いお菓子をやろう。

ほら、俺の腕の中に落ちておいで。


大丈夫。

だから…逃げてくれるなよ?



ーー絶対に逃がすものか。






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