side王子
「猫…お前が人だったらいいのにな」
いつからか、そんな事ばかり考えるようになった。
偶然、学園の庭で出会った可愛らしい黒猫にすっかり夢中になっている自分がいる。
はじめ、こんなにもこの小さな黒猫に己がのめり込むとは思いもしなかった。
◇
物心ついた時から出来ない事なんてなかった。
身に余る膨大な魔力のせいか、王族の子供は普通の子供よりも精神的な成長が早い。
小さな子どもの姿で大人顔負けの頭脳を持ってしまうのは、その膨大の魔力を幼稚な子供の癇癪で暴走させないためなのかもしれない。
成熟の早い王家の子供は早い段階から教育が始まる。
俺はその中でも兄に続き優秀な子供だった。
1度見聞きしたことは忘れないし、理解も早い。
遊びもせず、只管に勉強と魔力コントロールの訓練の日々。大変だがそれが当たり前の俺からしたら、何もせずにただ遊び回っているだけの同年代の子供たちは酷く幼稚で馬鹿らしく見えた。
正直、可愛げのない子供だったと思う。
唯一、子供らしいところと言えば甘いものが好きだということ位か。それも成長するにつれ、男が甘い物好きは可笑しいと馬鹿にされるのだからなんと面倒臭い事か。
兄と違ってニコリともしない俺はいつからか『氷の王子』なんて不名誉な呼び名が着いていたが、まあいいかと特に取り繕うことも無く淡々とした日々を過ごしていった。
毎日毎日同じことの繰り返し。
己よりも馬鹿で阿呆な奴らの相手をするのも面倒臭くて嫌になる。いつしか俺の世界は酷く色褪せて灰色のようにしか見えなくなっていた。
何をしてもつまらない。面倒臭い。
さっさと王位継承権なんてもの捨てて田舎にひきこもってしまいたいが、それも現状できるはずもなく。
15になり無理矢理入れられた魔法学園ではワラワラと虫のように人が集まり勝手に俺を取り囲む。
下心丸出しの低能な相手も、香水臭い女の香りも酷く気持ちが悪い。
数少ない側近達ともなるべく距離をとって過ごすようになり、1年が経つ頃には俺の近くに人がよってくることは稀になった。
しかし、何時でもどこでも誰かの視線が俺を追ってくる。
ー羨望
ー嫉妬
ー尊敬
ー怨嗟
ー崇拝
ー畏怖
ー愛憎
ー諦念
ー恍惚
全てを無視して、1人の空間を作る。
逃げるように人気のない中庭へ向かえば、胸焼けを落としそうなほど甘ったるい匂いと声をもった女が追いかけてきた。
無理やり渡された得体の知れない菓子らしいものの処分をどうしようかと逡巡していた時、視線に気付いた。
振り向けばそこに居たのは小さな黒猫。
丁度良いと、押し付けられたブツを差し出せば初めは嬉しそうにしていた猫も中身を見た瞬間落胆の表情を浮かべた。猫の癖に普通の人のように感情豊かでコロコロと変わる表情に…思わず吹き出してしまった。
一頻り笑ってから漸く己が笑っていたことに気付く。
…まだ、俺は笑えたのか。
その事実に思わずホッと安心してしまった自分がいた。
いとも簡単に、己に忘れかけていた感情を思い出させてくれた小さな存在に思わず隠し持っていた菓子を与えてしまったのは自分でも驚きだった。
その日以降、時折猫は菓子を求めて俺に会いに来る。
猫の隣は不思議と息がしやすくて安心する。
穏やかなこの時間がいつの間にかかけがけのない大切なものに変わっている。
猫。俺の可愛い猫。
大切な俺だけの猫。
しかし、知ってしまった。
気付いてしまったんだ、本当は君が人だって事に。
その事実が…酷く嬉しくて仕方がなかった。
初めて疑いを持ったのは、猫が俺に菓子を持ってきた時。
あの時、叢の影で黒髪の小柄な人間を見た気がした。
けれど覗いてみればそこに居たのはいつもの君で…見間違いかと思ったが、猫はわかりやすいからな。
ちょっとした問いかけで直ぐに分かってしまった。
騙されたとは思わなかった。
俺にとって猫がなんだろうと関係なかったから。
相も変わらず可愛らしい君は人でも猫でも俺の猫に変わりはないから。
けれどやはり気になってこっそりと君に会いに行ったことがある。人の姿の君は、やはり可愛らしくて。
猫の君もいいけれど…人としての君とも会ってみたくなった。
君の名前はなんというのか。
君はどんな声で話すのだろうか。
君の笑顔はどんなものだろうか。
君に触れたい。
人としての君に、俺は会いたい。
「なぁ、俺の可愛い猫よ。ずっと傍にいてくれないか」
今日も俺は問掛ける。
答えは返ってこないけれど、いつか返事をしてくれるのを待っている。
…本当は君の傍にいたいのは俺なんだって、
伝えたら君はどんな反応をするのだろう?
猫。俺の可愛い猫。
今日も会いにおいで。
人の姿でも、猫の姿でも。
美味しいお菓子を用意して待っているよ。




