1
初投稿です。続けられるように頑張ります。
私には婚約者がいる。幼い頃に、歳も身分もつり合うからと決められた婚約者。
始まりは大人の都合だったけれど、仲はそれなりに良かった。週に一度は一緒にお茶会をしたし、誕生日に限らずちょこちょこ贈り物をし合って、お互いの色の小物を身につけたりもした。
物語に描かれるような激しい熱を伴った感情こそなかったものの、私と彼の間には春の日差しのように穏やかな信頼が確かに存在していたのだ。
その春の日差しが遮られ始めたのはいつ頃だっただろう。そう、たしか――ああ、あの伯爵令嬢が彼に近づきだした辺りだ。砂糖菓子が人の形をとったような可愛らしい見た目とは裏腹に強かで計算高い方法であっという間に彼の心を奪って、私と彼の間にあった信頼は燃え上がる恋情にかき消されてしまった。
もっとも、ぽっと出の彼女に彼を奪われたのならその程度の「信頼」しか築けていなかったのだろうが。
約七年間、婚約者としてずっとそばにいたのに、彼は私ではなくあの子をより大切に扱うようになった。表立って蔑ろにされたわけではない。でも、お茶会で彼の口から出るのはあの子の名前で、夜会でも彼の視線の先には、私には決して似合わないだろう色のドレスを着た可愛らしい彼女がいた。義務を果たすように淡々と私とのダンスを終えて彼が次に手を差し出す相手はもちろん彼女で、彼女も頬を赤く染めて可愛らしくはにかみながらその手を取る。二人が踊るさまはまるで歌劇のワンシーンのようで、スポットライトの外れに一人ぽつんと取り残された私には誰も目をくれない。
二人の仲を邪魔する悪女の役すら私は与えられず、ただ舞台の端の暗がりから主役の彼らをぼんやりと眺めているだけ。
――嫉妬なんて。はじめのうちはしていたかもしれない。でも、今となっては心を占めるのは諦念だけ。もういいのだ。彼の隣に立つのはきっと私じゃない。
手に持ったグラスの中の水面に映る私は無表情で、何も気にしていませんよ、という態度に見える。
ふ、と視界に陰が落ちた。グラスから顔を上げると、前に煌びやかな青年が立っている。
青年は私に手を差し出して言った。
「美しいお嬢さん、私と踊っていただけませんか?」
さっきまでホールの方を見ていた周囲が今度はこちらに注目していた。ずっと向こうを見ていればいいのに。
つい出てきそうになった溜め息を押し戻して笑顔の仮面を被る。
「ええ、喜んで」
脇役を舞台の中央に引きずり出そうなど、なんて悪趣味なアドリブだろうか。
見せ場に水を刺された主演男優がご立腹だ。帰りの馬車の空気はさぞかし悪かろうという苦い想像をしながら差し出された黒い手袋に手を重ねた。
登場人物の名前一人も出てないじゃん