第2話
ご飯にカツ丼。おかずはコロッケ、サンマ、焼きそば、回鍋肉。みそ汁代わりのラーメン。
「よっしゃ、待ってました! いっただっきまーす‼」
鬼束の特別授業が終わった後の昼休み。魔王城学園の学食、そのテーブルに並べられた大量の料理を、壱号がみるみるうちに平らげていく。
金属の身体を隠すため、壱号は魔王城学園のジャージを身に付けている。練習後のバスケ部のように昼飯をがっつく壱号を見て、その正体が魔導人形と思う者はいないだろう。
「相変わらず、凄まじい食べっぷりじゃな……」
「で、でも、あれで魔力を補給してるんですよね?」
壱号たちと同じテーブルについた茜が、呆れた様子の鬼束に話しかける。壱号の旺盛な食欲に圧倒されたせいか、手に持ったおにぎりの食が進んでいない。
「う、うむ。食べ物のエネルギーを魔力に変換し、動力源としておるのじゃろう」
齢数千年を誇る鬼束にとっても、壱号の発見は寝耳に水の出来事であった。
魔導人形自体は、決して珍しい話ではない。ユダヤ教には命令で動く泥人形の伝承があるし、異世界では岩や金属で出来た魔導人形が、都市や財宝を守護していたという。
が、自らの意思を持つ上に、食事や睡眠を取る魔導人形となれば話は別である。
異世界の文化や技術と融合し、魔法文明が大きく発展した現代社会においても、壱号の存在はオーパーツ以外の何物でもない。
手がかりは壱号に取り憑いていたあの老人であるが、鬼束には生前の老人を見た記憶がなく、老人の大ぼらである可能性も考えられる。
つまり、現時点では壱号の調査はほぼ手詰まり状態であった。壱号の処遇を今後どうしていくのかを含め、鬼束にとっては頭の痛い問題である。
「ごちそうさまっと。そうそう、理事長に聞きたいことがあった……んですけど」
鬼束の悩みをよそに、あっという間に料理を完食した壱号がのん気に質問する。
「ほう、授業の質問かの?」
「いや。俺が封印されてたのって、この学園の地下だったんですよね? そもそも、何でそんな所に茜を行かせたのかなって」
「あ、あのそれは……」
「わしも本当は、危ない真似をさせるつもりなど無かったんじゃぞ?」
急に慌て始めた茜に苦笑しながら、鬼束が壱号発掘のあらましを語り始めた。
全ての発端は、鬼束が茜に地下倉庫の掃除を頼んだことであった。
その名が示す通り、〈私立魔王城学園〉の敷地は魔王城の跡地内にある。その設立は、鬼束からすると以外に新しく、今から七〇年前ほど前のこと。
その力のせいで迫害されたり、戦争の道具として利用されることの多かった勇者病患者を守り、社会に復帰させる場所を作る。理想実現のために鬼束が選んだのが、かつて自らが君臨した魔王城の跡地だったのである。
とはいえ、城郭は風魔小太郎との決戦で焼失しており、鬼束も城の構造全てを把握しているわけではない。結果、魔王城施設の数多くが、未発掘のまま取り残されることとなった。
旧魔王城の敷地は、およそ五十平方キロメートルに及ぶ。一つの町がすっぽり入るほどの広大な土地には、現在でも数百から数千の遺跡が眠っているとされている。
そんな数多の隠し部屋の一つに、茜は迷い込んでしまったのだ。
「あの時は、一体何が起こったかと思ったわい。突然爆発音はするし、駆けつけてみれば得体のしれない魔導人形を発掘しておるのじゃからな」
鬼束が驚くのも無理はない。封印の間の隠し扉は、近づいた者の認識を書き換え、『そこには壁しかない』と思い込ませるという高度なものであったという。
それを作った者はかなりの腕前だったに違いないが、まさか力づくでこじ開けられるとは思わなかっただろう。壱号の発見は、茜の方向音痴と馬鹿力の賜物であったのだ。
「俺はそんなしょうもない理由で発見されたのか……」
「わ、わたしも変だなあとは思ったんだよ? でもあんまり使ってない倉庫だって聞いてたし、暗くてよく見えなくて……。はうぅ……」
真っ赤にした顔を、食べかけのおにぎりで隠す茜。照れている時の表情や仕草はとても可愛らしく、文句なしの美少女と言っていい。鎧さえ着てなければ。
「………………」
そんな茜に、なぜか壱号は警戒の視線を向けた。元は人間の男であったのだし、美少女の可憐な姿は嫌いではない。しかし。
「きゃっ⁉」
突然、茜の手にあったおにぎりが爆発した。避ける間もなく、壱号の顔面に米粒と梅干の散弾が直撃する。
「ぐわあああああ‼ 目が、目がああああああ‼」
「壱号君⁉ ご、ごめんなさい! しっかりして!」
鼻の下を安易に伸ばせない理由がこれであった。勇者病である茜は、ちょっと動揺しただけで先祖譲りの力を暴発させてしまう。
これまでも壱号は、『ゴキブリが出た』『シャワーが水だった』『裸を見られた』等の理由で周囲を爆破する茜に巻き込まれ、度々悲惨な目に遭っていたのだった。
「ふむ。そろそろ呪符の調整が必要かのう?」
壱号の顔をハンカチで拭いている茜に、しれっと米粒をかいくぐった鬼束が尋ねる。
茜はその鎧の下に、鬼束特製の呪符を縫い込んだボディースーツを着込んでいる。溢れ出る力を調節する効果を持った優れもので、学園に通う勇者病患者の必需品である。
が、元魔王の知識と技術をもってしても、茜の症状は制御し切れないほど強力であった。
「呪符のせいじゃないと思います。鎧を変えてから、何だか身体が軽すぎる気がして……」
「うーむ。もっと重いものを作らなくてはならんのう」
茜のフルプレートには、呪符のような特別な効果はない。要は物理的に力を抑えるための、ただの重りである。
ここまでやって、その力はようやく常人の数倍程度に落ち着く。それでも突発的な暴発までは防げないのだから、いかに茜の症状が厄介か分かるだろう。
「すいません。迷惑ばかりかけて……」
「気にするでない。こんな鎧などいくらでも……そうじゃ!」
恐縮する茜を慰めていた鬼束が、壱号の方を見てニヤリと笑う。
「この件は壱号に任せようかのう。世話になっておるのじゃし、お主も構わんじゃろ?」
「え⁉ で、でも……」
気遣わしげな視線を壱号に向ける茜。その小動物のような表情を見ていると、何とも放っておけないような気持ちにさせられる。
「分かりました。じゃあこれから行ってきます」
「そんな。悪いよ」
「大丈夫大丈夫。これ位気にすんなって。な?」
「……う、うん! ありがとう、壱号君!」
鬼束の頼みを快諾した壱号に、茜がはにかむような笑顔を向ける。
確かに茜には色々と世話になっているが、引き換えに暴発の巻き添えを受けるのは、割に合わないような気がしなくもない。
(でも、まあ……いいか)
それが笑顔一つで差し引きゼロになるのだから、壱号の思考回路も単純なものであった。