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第5話

 茜が壱号と共に、母親と再会を果たしたちょうどその頃。


 風魔幸広の屋敷の一室には、『父親』と対峙する一人の少女の姿があった。


「この、役立たずがっ‼」


 少女目がけて投げつけられた酒瓶が、目標を大きく外れて書斎の壁に激突する。


「申しわけ……ありません」


 ガラス片と共にまき散らされたブランデーが制服を濡らしても、少女には動揺する気配が見られない。


 冷徹な表情の仮面を被り、少女――風魔(かえで)は父親に謝罪する。その身に起きた出来事は、彼女の心を凍てつかせるには十分なものであったのだ。


 優しかった父親が、まるで人が変わったように娘に見向きもしなくなったのは、楓が五歳の時のこと。その原因が、風魔一族の権力争いにあることを、当時の楓が理解できるはずもない。


 母親は、楓を生んですぐに亡くなっている。父親は幼い楓の養育を使用人任せにし、書斎にこもって得体の知れない『研究』へと没頭していった。


 空虚で寒々しい父との関係。高校生になる頃には半分諦めもついていたが、寂しさが完全に消えた、と言えば嘘になる。


 進路希望の面談の時、教育学部がある大学への進学を希望したのは、楓が心の中に押し込めた願望の表れであったのかもしれない。


 今は閑職に甘んじているとはいえ、風魔幸広が教育界の重鎮であることは変わりない。父親が教育現場に返り咲いた時、自分がその力になれれば。もしかしたら、自分のことを認めてくれるのだろうか。


 そんな楓の淡い想いは、当人にも予想だにしていない形で実現することになる。


「お、お前……おおおおおおオオオオオオオオままままままままm」


 白髪をふり乱し、口汚く娘を罵っていた父親の動きが、電池切れの玩具のようにぴたりと止まった。それと同時に、幸広の目や耳から黒いヘドロが流れ出してくる。


(くっ、また……‼)


 これから起こるであろうことを予感し、楓が身を強張らせる。


 そんな娘の眼前で、ヘドロまみれの異様な姿に成り果てた幸広が、生気が感じられない表情で口を開いた。


「あ、あカ、アか、茜はどオシたあアぁあ? 風魔茜を、つ、捕まエて、コいって、言ったよなあアアあああぁア⁉」


「い、今も鋭意捜索中ですわ。ですからお父様は安心してお待ちになって……」

「く、く、ク、く口ごたエするなアああアアあアああ‼」


 幸広の口から溢れ出した黒いヘドロが、巨大な腕と化して楓の身体をきつく掴んだ。


「が……はっ‼」


 全身の骨が砕けてもおかしくない異常な握力に、楓は悶絶する。


「わ、分かりました……。明日必ず、風魔茜を捕まえてみせます、か、ら……‼」

「ほ、ほホ本当カああアあ⁉ 本当だナあアああア‼」


 今の楓に、もはや茜を誘拐しようという意思はない。楓の言葉は苦し紛れの出まかせではあったが、幸広は一応それで納得したらしい。


「ごほっ、ごほっ‼」


 黒い腕に込められていた力が緩み、楓は書斎の床に放り出された。苦しげに咳き込む娘を、狂った父親が容赦なく追い詰めていく。


「わ、忘れるなよおオおおお? そ、そ、ソノ気にな、なレば、『人質』はい、いつデも殺せる、る、るんだからナああアああ⁉」


「はい……お父様」

「と、とトとと、当然だよなぁ? コ、こ、子どもが、親をた、助けるのはアあ? く、く、クク、くひゃひゃ、ぐがぼボぼがぼgbr」


 その言葉は、もはや父親の、人間の原型を留めてはいなかった。


 父親から発せられる笑い声らしき音と、黒いヘドロがゴボゴボと泡立つ音が響き渡る。


「―――――っ‼」


 父親であった『それ』が奏でる不気味な不協和音を背にしながら、楓は逃げるように書斎を後にした。


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