第2話
――目覚めよ、〈壱号〉……。
凍てついた心に響く、聞き覚えの無い男の声。
(………………?)
沈殿していた意識が、声に反応するかのように活性化する。
意識は一か所に集まり、徐々に機能を取り戻していき――長きにわたる眠りから、とある一つの人格が蘇った。
――〈壱号〉、我が『人形』よ。我が命に従え。目の前の敵を破壊するのだ。
(何だと?)
目覚めた〈壱号〉が真っ先に感じたのは、偉そうな声が、自分のことを人形呼ばわりすることへの怒りだった。
(ふざけるな、俺は―――――)
次の言葉が出てこない。自分がどこの誰なのか、どうしても思い浮かばない。
――ふん。まだ自己を保っておるのか。
声の主がそう吐き捨てると、〈壱号〉の内部にすさまじい衝撃が走った。
(ぐわああああああああっ⁉)
得体の知れない、おぞましい波動のようなものが意識に侵食していくのを感じる。
――愚か者め。まだ人間のつもりでおるのか? 身も心も、自分の思い通りになるとでも?
嘲りの声が、もがき苦しむ〈壱号〉に残酷な真実を告げていく。
――覚えておらぬのか? 自分が亡霊であったことを。死してなお地上を漂う哀れな魂に、我が新たな身体を与えてやったことを。
(な……⁉)
――ならば見るがよい。生まれ変わった己の姿を‼
波動が弱まり、戸惑う〈壱号〉の両のまぶたが開いた。
黒いフードとローブを身にまとった、痩せこけた老人の姿が目に入る。
視線を下に向けると、全身が白銀に輝く金属に包まれている。鎧のようなそれは、〈壱号〉の身体にとてもよく馴染む。というか、馴染み過ぎている。
猛烈な不安に駆られ、〈壱号〉は自らの顔に触れた。指と肌がぶつかり合い、キン、という冷たい音を立てる。
感覚が外に向かって鋭敏になるにつれ、否応なく理解できるその意味は――。
「これが……この鎧が……俺、なのか……⁉」
癖のない白髪。血色すら感じられる、平凡な青年の顔立ち。それは作り手の凄まじい技量を示すものであっても、彼に本物の血肉があることの証明にはならない。
「じゃあ俺は……俺はもう、人間じゃ、ない…………」
金属製の唇で、壱号と呼ばれた魔導人形は呆然とつぶやいた。
「ようやく理解したか、愚かな木偶人形よ。ふはははははっ‼」
老人の嘲笑が響き、壱号の金属で出来た身体が、自らの意志に反して動き始める。
強制的に向けられた視線の先にあるのは、粉々に砕かれた床と、立ちすくむ人影。なぜか全身に鎧をまとっているが、腰まで届く黒髪が美しい、まだ年端もいかない少女だ。
「あ……。いや……」
目に涙を浮かべた少女が、その場で腰を抜かしてへたり込む。戦う意思がないのは明白だ。
だがそんなことはお構いなしに、壱号の右腕がグネグネと動き始め、金属にあるまじき柔軟さで筒状に変化していく。
「ぐっ! ま、また……」
例の波動が強まり、すさまじい苦痛が再び壱号を襲う。しかも、波動によって塗りつぶされた意識から、どす黒い感情が湧き上がってくる。
憎悪・憤怒・嫉妬――際限なく増殖する負の感情が膨大な魔力に変換され、壱号の右腕に充填されていく。
「ひゃーっははははは‼ 苦しかろう⁉ ならば解き放つがよい‼ 怨みの力で、何もかも焼き尽くすのだ‼」
狂った笑い声と共に、壱号の右腕が標的に狙いを定める。
そして――。
「止めろおおおおおおおおおおおっ‼」
絶叫は、轟音にかき消された。
一門の砲と化した壱号の右腕が、破壊のためのエネルギーを解き放つ。
哀れな少女の姿は、なすすべもなく爆発の渦へと消えていった。