第1話
「あ、あれ? ここ、扉なのかな……?」
どこか遠慮がちな声と共に、堅く閉ざされていたはずの扉があっけなく開いた。封印の間に、数百年ぶりの光が差し込む。
声の主は一瞬ためらう気配を見せたが、おっかなびっくり内部に足を踏み入れた。
年の頃は十五、六歳といったところだろう。
ぱっちりとした黒色の瞳と、腰まで届く黒髪が美しい大和撫子然とした少女だが、なぜかその華奢な身体に、『フルプレート』と呼ばれる金属製の鎧を纏っている。
少女としてはあまりにも異様で、重たげな恰好に思えるが――当人は気にする様子もなく、ガシャガシャと足音を立てながら探索を開始した。
部屋の中は薄暗いが、何も見えないほどではないようだ。岩壁の部屋だということは、少女の目でも十分判別できる。扉がそうであったように、壁を彩る装飾の類は見られない。
「何もないのかな……? で、でもそんなはずは……」
少女の独り言が止まらない。気を紛らわせたいのだろうが、言葉の端々に恐怖や不安がにじみ出ている。
「ちゃんと確認しないとダメだよね。頑張らないと……」
臆病ではあっても、不真面目な性格ではないらしい。何やらやるべきことがあるらしく、少女はのろのろと、だが確実に奥へと進んでいく。すると。
――立ち去れ。
「ひうっ⁉」
突然、部屋の中に男の声が響いた。悲鳴を何とかこらえた少女が周囲を見渡すと、それまで殺風景だった岩壁に、魔法陣らしき紋様がびっしりと浮かび上がっている。
「ど、どなたですかぁ……?」
涙声で少女が尋ねるが、その問いに答えてくれる気配はない。
――立ち去れ。さもなくば……。
「はぃい! 失礼しましたぁ!」
少女の勇気や責任感は、一瞬にして彼方へ飛び去った。それまでとは見違える動きで方向転換し、脱兎の勢いで部屋から逃げ出そうとする。
「あうっ!」
と、慌てるあまり、何もない所で盛大に転んでしまう少女。
彼女が身に付けた鎧と、床が衝突したその瞬間――。
ガィインッ‼ ビシィッ‼
凄まじい大音響と共に、彼女が倒れた床にヒビが入った。ヒビはたちまち部屋全体に広がり、堅いはずの岩の床が粉々に砕け散る。
「あわわわ……」
何とか立ち上がった少女が、瓦礫と化した床を呆然と見つめる。だがそれは、あり得ないことが起きたという驚きから来るものではないようだ。
「どうしよう。またやっちゃった……」
少女がしょんぼりとつぶやいた。まるでこの惨状を、自分が引き起こしたと言わんばかりの落ち込みようだが、そう判断したのは彼女だけではないらしい。
「きゃっ⁉」
辺りが急に暗闇に包まれ、少女が小さく悲鳴を上げる。彼女が入ってきた石の扉が閉じたらしく、魔法陣が放つ赤い光だけしか見ることができない。
――攻撃を確認。侵入者を排除する。
「え? ああっ!」
そもそもなぜ自分が床を破壊する羽目になったのか。そのことをようやく思い出し、少女の顔が青ざめる。
オロオロする彼女の目の前で、壁が上へとスライドしていく。内部に存在していた『何か』が動き始めた。