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第6話

「えっ⁉ あれ⁉」


 混濁していた意識が、霧が晴れたようにはっきりしている。慌てて自分の身体を確認する千尋だったが、取り憑いていたはずの黒いヘドロが、影も形も見当たらない。


 視線をふと腕に向けた千尋は、自分が右手に謎の『剣』を握っていることに気付いた。


「何、これ……?」


 まじまじと、得体の知れないその剣を見つめる千尋。

 刀身の輝きは、よく見れば剣自ら光を発しているからだと分かる。少なくとも、単なる白銀製のロングソードではなさそうである。


 柄や刀身に飾り気は一切ない。それでも武骨な雰囲気を受けないのは、その不思議な金属のおかげであるらしかった。


(ミスリル? それとも、ヒヒイロカネ……?)


 千尋の脳裏に、伝説的なレアメタルの名前が浮かんだ。現物を見たことはないが、その価値がとてつもないことだけは知っている。


 さらに『剣』を観察しようと顔を近づけた千尋だったが、にゅっ、と刀身に現れた白銀の顔と、ばっちり目が合ってしまった。


「きゃあっ⁉」

「ま、待て千尋‼ 俺だ‼ 壱号だ‼」


 覚えのある声のおかげで、『剣』と化した壱号は、辛うじて千尋に投げ捨てられずに済んだ。


「い、壱号なの⁉ 君って、一体……?」

「話は後だ! さっきの黒いのは、逃げただけでまだ倒せてない! 探すのを手伝ってくれ!」

「でも、そう言ったって……」


 周囲を見回した千尋が、途方に暮れた表情を浮かべる。

 千尋たちの近くにある人工物といえば、地面に延びる一本の道路だけ。その先には目的地である、〈魔法技術研究所〉の建物がぽつんと佇んでいる。


「色んな実験施設があって危ないから、研究所の周りは何も建ててないんだよ。こんな広い場所を探すのは、あたしの実力じゃ……」


 辺りは見渡す限りの草原だが、所々にまばらに生えた木々や、小さな茂みなどもある。あの黒いヘドロが隠れられそうな場所は、いくらでもありそうに思える。


 それでも、壱号には確信があった。


「千尋なら、絶対あの黒いのを探し出せる。俺には分かるんだ!」


 その剣の効果なのだろうか。壱号に対する戸惑いの気持ちや、姿の見えない黒いヘドロに対する恐怖。千尋の抱いている感情が、はっきりと理解できる。


 そして、そんな感情の奥深く。心の深層に、千尋ですら気付いていない『扉』があることに、壱号は気付いていた。


「……何でだろう。壱号を握ってたら、あたしもそんな気がしてきたみたい。自信がどんどん湧いてきて、今までできなかったことが、できるみたいに――」

「そのための力が俺にはある! だから、千尋‼」

「うん‼ やろう、壱号‼」


 千尋の声に共鳴するかのように、全長一・五メートルはあったロングソードが、一メートルほどの直刀へと姿を変える。


「あ、あたしの刀⁉」


 大きな四角い鍔と、反りの少ない刀身。白銀に輝いていることを除けば、それはまさしく、千尋が愛用している忍刀そのものだった。


「行くぞっ‼」


 千尋の心に分け入り、閉ざされていた『扉』を開放する壱号。


「う……わああああああああああああっ‼」


 千尋の身体が、プラーナが発する黄金の光に包まれた。全身に力がみなぎり、五感が研ぎ澄まされる。今まで気付くことの出来なかった悪しき存在を、はっきりと認識できる。


(こ、これが、あたし……?)


 自分の力の大きさに、戸惑いはあっても恐怖はない。千尋の心を占めていたのは、圧倒的な『解放感』だった。


(もう……もう、我慢しなくて良いんだ‼ 力を思いっきり使えるんだ‼)


 魔王城学園の生徒となって約三年。千尋はこれまで、勇者病の力を制御する方法を、徹底的に叩き込まれていた。


 自らの強大な力で、大切な何かを壊さないために。大切な何かを壊したことで、自分自身の『心』を壊さないために。学園のそんな理念が、千尋は好きだった。だからこそ、これまでも辛い訓練に耐えることができたのだ。


 それでも時折、妙に身体が疼くことがある。

 何もかも忘れて、破壊の力を思う存分に振るってみたい。自分の中に狂暴な怪物が眠っているような感覚に、恐怖を覚えたこともあった。


 だが。今や千尋は、そんな怪物を御するための『剣』を手にしていた。


「壱号と一緒なら、あたしはこの力を正しく使える‼ 使ってみせる‼」


 『剣』が変じた忍刀の中に、千尋の増幅されたプラーナが注ぎ込まれる。

 下手をすれば暴発し、周囲に甚大な被害をもたらす危険な力。壱号はそれを取り込み、解析し、千尋の素質と技量に相応しいものへと昇華させる。


「細かいことは俺がやる‼ ぶちかませえっ‼」

「―――――っ‼」


 もし誰かがこの場面に遭遇していたとしても、くノ一少女の姿が消えたようにしか見えなかっただろう。

 千尋の中に眠っていた、瞬発力と敵の感知能力。極限にまで高められたそれらの力で、千尋は『敵』の元まで一瞬で駆け抜け、すれ違いざま一刀のもとに斬り捨てたのだ。


「ギ……⁉」


 斬られたことに、果たして気付けたか、どうか。

 千尋のプラーナを叩き込まれた黒いヘドロは、黄金の光に包まれながら消滅していった。


「や……やった! やったぞ、千尋‼」


 見事に敵を倒してみせた千尋に話しかける壱号。


「………………」


 しかし、千尋の様子がおかしい。フラフラとよろめく千尋を、人型に戻った壱号が慌てて抱き止める。


「おい、どうした⁉」

「…………き……」

「え?」

「気持ち、良かったあ……♡ あたし、あんなの初めて……♡」

「わぷっ⁉」


 トロンとした表情の千尋が、壱号にもたれかかってくる。千尋の体重を受け止める余力は、もはや壱号には残っていない。結果、二人して草むらに倒れ込むこととなった。


「痛てて‼ お、おい! しっかりしろって!」

「ありがとう、壱号。あたし、負けなかったよ。あたしの中の、怪物、に……」

「怪物? おい、千尋……?」


 言葉の意味を尋ねる間もなく、壱号の胸に抱かれたくノ一少女が寝息を立て始めた。

 壱号の金属の身体にも、千尋の体温がはっきりと伝わってくる。この温もりを守れたことが、何よりも嬉しく、誇らしい。


「良かった。涙を見るのは、もうごめんだからな……」


 気が緩んだせいか、猛烈な睡魔が押し寄せてくる。

 千尋の寝顔に誘われるように、壱号もまた、深い眠りの世界へと飲み込まれていった。

 


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