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最終決戦……の後で

はじめまして。秋野与太郎と申します。


初投稿に異世界小説を書こうと思ったら、どういうわけか違う内容になってしまいました。


例えるならば、カレーを作ろうとしたのに、カレー風味の違う料理になってしまった感じでしょうか。


そんな変な作品ですが、もし読んでいただければ幸いです。

 その男は、紅蓮の炎を身に纏っていた。

 

 物の例えなどではない。甲冑らしき残骸がわずかに付着しているが、むき出しになった男の上半身は燃え盛る炎に包まれ――肩口に負った傷口から溢れ出す血液が、ボコボコと音を立てて沸騰すらしている。

 生きているのが不思議なほどの満身創痍。しかし男はよろめきながらも歩みを進め、死闘の末に打ち倒した宿敵の元までたどり着いてみせた。


「あ、うう……」

 

 男の視線の先には、苦悶の声を上げる少女が一人。その金色に輝く瞳や、透き通るように白い肌と銀色の髪は、誰もが美しいと称えることだろう。

 が、しかし。現在の姿といえば、全身が岩壁にめり込んだ上に、両腕両脚が異様な方向にねじれた悲惨な有様であった。

 

 本来であれば、とうに絶命している深手のはず。それでもなお息があるのは、少女が通常の生物とは一線を画す存在であるからに他ならない。

 その異常な生命力が示す通り、少女は『鬼』と呼ばれる異形の存在である。彼女が元いた世界では、人間は数多の種族の一つに過ぎなかった。

 

 非力で寿命も短く、他種族によって森に追いやられた卑小な存在。強大な力を持つ少女からすれば、人間など虫けらほどの価値もない。

 少女が人間どもの支配する世界に侵攻し、あっけなく成功したのが、男との戦いより百年ほど前のこと。その間、少女に抵抗する者など存在しなかったのだ。


「な、なぜじゃ……。なぜ、壊れぬ……」


 そんな少女が、あろうことかたった一匹の、しかも人間の男に敗れた。うわごとを繰り返す少女は、己の身に起きた現実が受け入れられずにいた。


 「……なぜだと? 単純なことだ」


 少女を見下ろしながら、男が応える。


「怪物になったからだ。お前たちのような怪物に虐げられ、追い詰められ、それでもなお生きたいと願うなら。俺たち人間も怪物になるしかないだろう?」


 その瞬間、少女は男の瞳の奥に、強い『光』を見たような気がした。


 それは、男の身を焦がす炎よりも激しく輝き――その光に見とれた少女は、自分の額に伸びる手に、不覚にも気付くことができなかった。


「な、何をす」


 言い終える間もなく、男の血まみれの腕が、少女の額から伸びる一本角をへし折る。


「ぎぃやああああああ‼ き、貴様ああああああ‼」


 鬼たる証ともいえる角を折られ、半狂乱になる少女。


「薄汚い『オーク』め、醜い豚面め‼、よくも、よくもわしの角を‼ 殺してやる……。絶対に殺してやるぞ‼」


 オークとは、少女のいた世界における人間の蔑称である。わめき散らす少女を、男はただ静かに受け流した。


「ぐっ……。はあ……はあ……」


 いつしか、男を焼く炎は消えていた。


 息も絶え絶えであった少女の罵詈雑言が、長く続くはずもなく。少女の荒い息づかいだけが、辺りに響き渡っていた。


「気は済んだか」


 沈黙を破り、男が再び口を開く。と同時に、岩壁の中から少女の身体を取り出し、肩に担ぎ上げた。


「止めろ‼ わしに触るな‼」


 抵抗しようにも、腕と脚の関節を粉々に砕かれた少女には逃れる術がない。

 本来であれば、少女には男に一泡吹かせるだけの能力があるはずだった。だがそれすらも、すでに男の手によって封じられてしまっていた。


「……俺は阿呆だから、とある知恵者に教えてもらった」


 少女の焦りを見透かしたかのように、男が淡々と言葉を紡いでいく。


「鬼というものは、角を折られると術が使えなくなるそうだな」


 ――知っている。


「そして、お前が最強たる所以も。決して死なない、不死者であることも」


 ――この男は知っている。自分の秘密も。強さの源も。


(な……何なのだこの人間は⁉)


 少女はこれまで、戦う相手を気にすることなどなかった。


 目の前に立ちはだかるものは何であろうと、誰であろうと叩き潰す。比類なき力と不死の身体を持つ自分が、それ以外に何を考える必要があるだろうか?

 しかし目の前の男は、そんな少女の油断をまんまと利用し、勝利を収めてみせた。生まれて初めての敗北

――その事実は、少女の矜持を粉々に打ち砕くには十分だった。


「……震えているのか」


 異変を感じ取り、男がちらりと肩の少女を見やる。


「こ、これは……? わしの身体……どうなって……」


 男に対する怒りと憎しみは、当然ながら少女の心に煮えたぎっている。しかしそれ以上に、自身を捕らえた男に対する底知れぬ圧迫感が少女を蝕んでいた。


「教えてやろう。それが『恐怖』だ。俺たち人間が、誰しも持つ感情だ」


「恐怖、じゃと……? この、わしが……⁉」


 戸惑う少女に、男が未知なる感情を教える。先ほどまで殺し合いをしていたはずなのに、まるで父が娘に語り聞かせているような、奇妙な会話だった。


「外つ国の魔王よ。お前はこれから学ばなくてはならない。人間のこと。そして世界の様々なことを。そしてそれが――――――」


「………………」


 観念し、緊張の糸が切れた少女は、男の言葉をただぼんやりと聞いていた。

 敗れた以上、屈辱は甘んじて受ける。だがそれは一時的なものに過ぎない。傷を癒したら隙を見て逃げ出し、必ず男に報いを受けさせてみせる。


 復讐の炎が、少女の頭で渦を巻いていた。しかしそれ以上に、男が自分に何をしようとしているのかが気にかかる。これまでの少女であれば、他者の言葉など歯牙にもかけないはずなのだが。


 自らの心に起きた些細な変化に気付く間もなく、少女の意識は暗闇へと落ちていった。


 

 西暦一七〇一年、魔王城の合戦。異世界の魔王〈銀髪鬼〉エレオノーラ、人間の勇者〈風魔小太郎〉に敗れる。

 

 歴史上最も重要な出来事の一つとして、後世の教科書に必ず載るほどの大事件である。

 合戦から、およそ三百年の後。自分がその『後世の教科書』片手に、人間相手に授業を行う立場になっていることを、この時の少女は知る由もない。


※本作は『ノベルアップ+』様でも投稿を行っています。章の順序が異なる箇所がありますが、内容に違いはありませんのでご了承ください。

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