第七話 戦場
……前言撤回。レヴェッカはヤバい。
城に着くと早々、鎧に着替えさせられ、いきなり別の場所にワープさせられた。
どこへ連れて行かれるのかと思ったら、まさかの場所。
「ほら、勇者様。実力を見せてください」
ここは戦場。周りを囲むのは夥しい数の魔物と呼べる化け物たち。
こちらは俺とレヴェッカの二人。対する相手は……もう何人いるんだ? 360度全てが敵。終わりの果てが見えない。
「いや、いや、無理だって! スパルタにもほどがある」
「なんだこいつらは?」「人間が俺たちに何の用だ?」「勇者とか言ってたぞ?」「はっはっは、こんな弱そうな奴がそうなのか?」
「観念しなさい化け物ども。勇者様があなたたちを葬り去ります」
「なんだと? 舐めやがって」
「ちょ、そんな敵を煽らないで!」
そうこうしている内に、巨大な牛頭の化け物が、棍棒を振り下ろして来た。
俺は足が固まって動けない。ダメだ、避けれないーー
「な、か、体が動かない……」
「さぁ、動きを止めましたよ勇者様! トドメを刺してください」
その化け物は体が硬直したかのように、振り下ろした棍棒を空中で止めながら固まっていた。
これはレヴェッカが言っていた『氷結魔法』なのだろうか。
「トドメを刺すってどうやって?」
「腰に付けているのは飾りですか?」
「うう……くそ、もうどうにでもなれ!」
腰の剣を抜き、身動きが取れない牛の化け物に剣を振った。
「いでえええええ!!」
「やった。攻撃が当たったぞ!」
「あの、あなた馬鹿ですか?」
彼女が俺を呆れた目で見ながら話しかけて来た。
「首を切り落とさないと死にませんよ? 無駄に傷をつけて怪我人を作るのは、場合によっては良いかもしれませんが、今はそんな余計なことしなくて良いです。ほら、中途半端に傷つけるから、彼痛そうですよ? 早く殺してあげて下さい」
「ぐはっ!」
レヴェッカが腕を振ると、牛頭の化け物はひれ伏すようにうつ伏せに倒れた。悔しそうに俺とレヴェッカを見つめるが、彼は動くことができない。
彼女は化け物の首の方を指差し、早く切れと急かす。
「やめろ……そんな目で俺を見るな……」
彼は諦めたかのような目で俺を見つめる。ダメだ、俺は彼を殺すことができない。
たまたま化け物に産まれただけで、俺と同じ生きた存在だ。命を奪うような真似……
「もう、辛気臭いですね」
「な、俺の体が勝手に……なんだ、何が起こっている!?」
剣を握る手が俺の意思に反して勝手に動いた。彼の首の上で止まり振りかぶるーーまるで彼女に操られているかのように。
「やめろ! と、止めてくれ」
目を瞑っていたが、手の先に残る感触で察した。
俺は彼の首を切り落としてしまったのだ。
「うわああああああ!!」
「まさかこれほど戦えないとは……呆れました」
彼女の冷たい言葉が胸に刺さるが、そんなことは最早どうでも良い。
初めて虫以外の生き物を殺した。俺は元々平和を愛する一般人だ。殺めてしまった感覚が手に残っている。
やっぱり、俺には無理だ。敵を相手にすると尻込みしてしまう。
覚悟が、勇気が、何もかも足りない。
「うわっ、なんだ? 体浮いているぞ」
「せっかくここまで来たので、掃除して帰りますか」
目を開けると、俺とレヴェッカの体が浮いていた。地上の化け物たちを無視して、どんどん上昇する。
空から見下ろすととんでもない数だ。かれこれ1万人くらいいそうだ。
そういえば、なんで他のやつらは襲ってこなかったんだ?
彼らは、こちらを見上げる事も出来ず、人形のように固まっていた。
ーーいや、違う。もしかして彼女のアレで動けないのか?
「【流星の雨】」
彼女が呪文を唱える。すると空から熱い熱気と共に轟音が聞こえた。
「ええーーっ!? い、隕石ぃ!?」
化け物たちは、身動きが取れないまま、隕石の雨に晒された。音が煩くて耳を塞いでもキツい、鼓膜が破れそうだ。
爆風がこちらまで飛んできて熱い、頭がクラクラする。
一体いつになったらこの地獄は終わるんだ?
俺は目と耳を塞いで耐えるしかなかった。
「……終わりましたよ」
彼女の声で目を開けると、そこには変わり果てた大地が広がっていた。
生き物の気配がしない。彼女はあの大軍をたった数分で全て仕留めてしまったのだ。
そしてゆっくりと地上に降ろされた。
改めて地上に降りると、その異常さに寒気がした。
あんなものを食らったら、一溜まりもない。もうこれで魔王全員倒せるんじゃ……
「うわっ、なんだ!?」
俺は突然、地面から生えてきた何かに体を掴まれた。
その大きな腕は俺を持ち上げる。
「やはり、生きていましたか」
「やってくれたな小娘。俺の部下が全員くたばっちまった」
「勇者様を離しなさい」
俺を掴んだ巨大な男と、レヴェッカが会話をする。
一方俺はこいつに捕まっている。
なんだこの状況は?
「おっと、お前の恐ろしさはよく分かっている。妙な真似はするなよ? こいつの内臓が飛び出るぞ」
「くっ、卑怯な」
かなりピンチな状況。それに俺は下手すりゃ殺されるだろう。
それでも俺は、突っ込まざるを得なかった。
「ふ、普通逆だろ」
「なるほど、確かにそうですね。変わります、勇者様」
「はい?」
「【空間移動】」
彼女がそう唱えると、俺の周りに渦のようなものが発生した。
なんだこれ?
「いてっ」
俺はそのまま地面に叩きつけられた。見上げるとなぜか彼女がそばにーーそして俺を掴んだヤツが遠くにいた。
羊のようなツノをもつ、筋骨隆々な化け物。だが何故か腕が片方ないーー何故だ?
「うああああ! お、俺の腕があああ!!」
「ええええ!? う、腕ごとワープさせたのか!?」
俺の体を握ったままの大きな手ーーアイツの千切れた腕が力を失い、崩れ落ちる。
彼女はやつの腕ごと俺をワープさせたのだ。
レヴェッカは気に留める事もなく、やつの方へ近く。
「寄るな、ば、バケモノォ!」
「化け物に言われたくありません。あなたお名前は?」
「た、助けてくれえええ! 悪かった! 俺が悪かったから!」
「あの、質問をしているのですが? 答えてくれないのですか?」
「お、俺はアポロメア将軍だ。強欲の王マモン様に仕えている」
「強欲の王ですか。アポロメア、あなたはどれくらい強いですか?」
「い、一応配下の中では一番強い。マモン様の次に、だが」
「なるほど、いい練習台ですね」
すると彼女はアポロメアと名乗る化け物の腕を治癒し始めた。
千切た箇所の出血は治り、安らかな表情になる。
「ど、どういうつもりだ?」
「き、キャーッ! ユ、ユウシャサマ! ワタシツカマリマシタ、タスケテクダサイ!」
「……は?」
「……え?」
俺とアポロメアは、彼女のやる気のない演技に戸惑う。
「ささ、勇者様。姫が敵に囚われてしまいましたよ。存分に戦ってください」
「え? あ、あの、何してんの?」
「何って、チャンスですよ? 彼、魔王の配下で一番強いらしいですよ。片腕ですが、いい実戦経験になります」
そう言った後、今度はアポロメアにも鞭を打った。
「ほら、アポロメアさんも戦って下さい。勝てば見逃してあげますよ?」
「……なるほど。よく分からんが、見逃してくれるならそれに従うとしよう。覚悟しろよ、小僧」
「え、ちょっ、ええええ!?」
ついに俺は、魔王群幹部の一番強いやつと戦う羽目になった。
畜産家か猟師が異世界転生すれば、意外と躊躇いなく殺せるかもしれないですね。