Scene2 -It called me suddenly- <1>
居間の電話が鳴ったのは、陽も落ちて久しい午後9時の事だった。
二階の書斎で小説を読み耽っていたマークは、階下で呼出し音が鳴っているのを聞いて顔を上げた。
耳を澄まして聞いていると、数回鳴った呼出し音が不自然な所で途切れた。ポーラが受話器を取ったのだろう。判然としないくぐもった会話が聞こえ、それが止むと、ポーラが階段を登る足音が聞こえた。
マークは小説に栞を挟み、机に置いた。立ち上がって、部屋を後にする。出てすぐの廊下で、階段を登り切ったポーラと鉢合わせた。
「電話よ。アレックスさんから」
「アレックスから? ……そうか。そういえば、今日こっちに戻る予定だったな」
独り言のように呟くと、マークはポーラを避けて階段を降りた。居間に入り、電話機の置かれているチェストの前に行く。外されたままの受話器を取った。
「アレックスか? マークだ」
敬語を使う仲でもないので、マークは気軽に話しかけた。
『代わってもらってすまんな。視察は滞りなく終わったよ。今空港に着いた所だ。中々有意義な出張だった』
男性にしては少し高い声。耳障りの良い、澄んだ声だった。
「そうか、それは何よりだ。ご苦労さん」
『それでな、それとは別件なんだが、……今から会えないか?』
アレックスが突然声をひそめた。マークは不信に思って眉を潜める。
「今から? どうして……?」
『電話越しじゃ話しづらいんだ。カトラスで待ってるから、今すぐ来てくれ』
アレックスは二人でよく行く居酒屋の名前を出した。
「おいおい待ってくれ、用件くらい言ってもいいだろう?」
『頼む、会って話させてくれ。それに、絶対に後悔はさせない』
そう言うアレックスの声は少々上擦っていて、どこか嬉しそうな、そんな風に聞こえた。
「……わかった。 20分後にはそっちに着くように努力する」
マークはそれだけ言うと、一方的に電話を切った。溜息をついておもむろに顔を上げると、そこには不安げな表情を浮かべているポーラが立っていた。
「アレックスの奴、どうしたんだ? 突然話が有るって……。もしかして、転職の相談かな?」
マークはおどけた声で言った。が、ポーラの顔は曇ったままだった。
「何処に行くの?」
「カトラスだよ。すまんが先に寝ていてくれ、12時を回る事は無いから心配しないでほしい」
「わかったわ」
そう言って、ポーラはクローゼットの中から上着を取り出し、マークに手渡した。
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」
「気をつけて」
いつも通りの挨拶を交わして、マークは外に出た。室内の暖を背に、四月上旬の肌寒い夜風が身を包む。遠く西に、月明かりに照らされる山脈の尾根が見えた。
マークは上着のポケットから車のキーを取り出すと、さっき乗っていたセダンの扉を開けて、車内に入った。エンジンをかけ、しばらく暖気させた後、発進した。
住宅から聞こえる歓談の声を掻き消すように、車はエンジン音を唸らせて、再び都心の喧騒の中へと舞い戻っていく。