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裏切りと八つ裂き

 交渉決裂から数時間。成果の得られなかった私はハンヴィーにて無念の帰還を果たした。同時に特殊作戦群と化したこの小隊でのセカンドフェイズを計画することになる。

 交渉決裂。この言葉が意味するものは誰もが想像していた、勇者との全面戦争を示していた。避けて通れなくなったその一本道は、歪な山道へと変貌していた。一歩間違えれば崖から引かれるように落ちるそこは、人間と魔族の歯車を狂わし、私の計画そのものを狂わせた。城の武器庫で一人ライフルの調整を行う私の目の前へ一人の兵士が現れる。

「あ、あの」

 その声に反応した私は声が飛ばされた方向へとライフルから目線を向ける。足を内股に閉めどこか緊張した面持ちで話しかけたその兵士に呼び出しの返答を私は行った。

「どうしたペンデ」

「い、いえ。その。なんというか」

 そこに立ち尽くしていた兵士は紛れもないインデペンデンス。自らペンデと呼んでくださいと言っていた彼女だが、未だに私がいるとぎこちない。足を細かく動かしながら私へ何かを訴えようとするペンデ。アサルトライフルSCAR-Lを手に取り、部品をひとつひとつ分解しているが、なかなか本題に入ろうとしない。

「あの....えーっと」

「早く言ってくれ」

「その....このチーム内に....」

 ペンデは私の耳元へ口を近づけ小声で用件を話す。それは私の信頼しているチームメンバー全員を標的にするものだった。

「このチーム内に裏切り者が....います」

 部品の整備を行っていた私の手が止まる。片手に持ったスプレータイプのオイルが床へと落下すると、その手が拳銃のグリップへと止まった。

「わわわわ。や、やめてください! 私じゃありません!」

「じゃあ....誰なんだ?」

「それが私にも。ただ見ちゃったんです。聞き覚えのある声で.......でも私」

 不確定な情報でもあるが、ペンデがそんな悪質な冗談を仕掛けるはずもない。仮にペンデ自身がその犯人だとしても利がない。チーム内の士気に大きく影響するが今ここでそんな私の詮索心を底上げさせ、犯人探しをさせることで行動を制限させられる。

「そうか。まぁいい。その件は私が引き継ぐ。ペンデはいつも通りやってくれ」

「いいんですか?」

「不確定情報が多すぎるからな。だが見抜く見込みはある」

 私の目がペンデの背後で会話を盗み聞きしていた金髪のおぞましい魔王へと映る。

「なんじゃ。すでに気づいておったか」

 その声と頭の上に乗せられた手にペンデは背後の影に気がつき、反射的に声を上げる。

「ふぇぇぇぇぇぇ! へ、陛下!」

「何を驚いておる。最初からここにおったぞ?」

「それでレラージェ。ペンデの記憶はどうだ?」

 頭に置いた手が離れると、レラージェは首を振り言葉を返した。

「大丈夫じゃ。純粋すぎてわらわも呆れるぐらいじゃ」

 その報告に私は確信を得る。記憶という偽りない保存媒体が証拠に私は頷く。落ちたオイルを手に取り、ライフルのパーツへ吹きかける。

「それだけか?」

「はい。あの....ありがとうございます!」

 深く頭を下げ廊下を走り始めようとするペンデ。私は武器庫の中にあったライフルに目をつけペンデを止める。

「待て。まだ用事がある」

「なんですか?」

 武器庫へと招き、最深部のガンラックへ立て掛けられていたライフルを一丁、手に取る。

「えっと。これなんですか?」

「バレットM82A3セミオートマチックスナイパーライフルだ。ヘカートと同じ12.7mm×99NATO弾を使用する。そろそろ武装のレベルを上げるときが来たからな」

 マガジンをペンデへ渡すと、彼女は肌寒い武器庫で保管された冷たいマガジンを頬に当てる。彼女なりの挨拶だろう。新しい主からの思いがけない歓迎にマガジンも熱を持つ。

「全員を後で呼び出す。ララーシェは....そうだな。グロック18のロングマガジンでも渡すか。格闘戦専門だし」

「そうじゃウルフ。このあと海とやらに行かぬか?」

 武器を触っていた手が止まり、レラージェの言葉に反応する。太陽はまだ天頂を通過していない。時間に余裕のあった私は口元を上げ頷く。

「装備の交換は追って通知しよう。伝達を任せられるか?」

「わかりました少尉」

 私はその返事に頷きレラージェの部屋へと飛ばされる。久々の海と張り切っているのか、クローゼットの奥へ埋蔵された水着を取り出す。

「あったあった。900年ほど前に来ておった水着じゃ。サイズは....残念ながら前と変わらぬ」

「そうか。けどどうやっていく?」

「簡単じゃ」

 その一言に私は嫌な予感を募らせる。足元に展開された魔法陣が距離、温度関係なく私とレラージェを海岸線へと送る。光すらも追いつけない魔法の移動速度は、私の予想を遥かに超えていた。

「着替えるには少々恥ずかしいがいいじゃろう。さて泳ぐぞウルフ」

 服を脱ぎだす彼女から私は目を一瞬で逸らす。さすがに少女とまったく変わらないレラージェの裸体を目の前に気恥ずかしさが込み上げた。

「どうしたのじゃ?」

「なんでもない。それより早く着替えてくれ」

「ほほうー」

 不気味な笑みを浮かべたレラージェは、すべてを曝け出したまま私の背中へ回り腕を肩へ掛ける。

「もしかしなくともわらわの裸体じゃな?」

「そんなことはあるはずない。そう私は思う」

「言葉がいつもより不自然じゃ。そこまで焦られるとわらわも燃える」

 言葉がつまり、冷静さを保とうと必死になっていることを見破られる。私といえど一人の男。肯定してもよいのではという思考が頭の中を廻り始める。しかしそれは自分自身とレラージェへの敗北を意味していた。意地を張り、何とかその状況を切り抜けようと努力する。

「まったくウルフも男じゃ」

 海岸線の波音に響く声と同時に、レラージェの姿が様変わりする。黒いビキニを身につけ、見た目には似合わない大人びた印象を私の認識に与える。

「泳がないのか?」

「ん? ああ。私は泳ぐのが苦手だ。一応12kmを十分以内には泳げるが」

「そうか。ならわらわと砂遊びで楽しまぬか?」

「そうだな。何を作ろうか」

 砂浜の艶やかな砂を固めていく。よくあるのがこの砂で城を作る恒例の砂遊び。しかし私は、城などという古代的なものは作らない。決まって私が作るものは異世界でもお世話になっているあの国の軍艦だ。

「何を作っているのじゃ?」

「見ていればわかる。この世界には存在しない船だ」

 船の全体を作り、別途製作した艦橋やボイラーを載せていく。原子力空母のような区域ごとの製作で大幅に時間を削る。そして完成した作品が、DDG-107グレーヴリー。アメリカ海軍所属アーレイバーク級ミサイル駆逐艦の最新鋭モデルブロックⅡA。私がテストパイロット時代に乗っていたレガシーホーネットの所属しているアメリカ海軍の駆逐艦。幼い頃アメリカ海軍の屈強な戦士に憧れていた頃を思い出す。

「お主の記憶にあったのう。こんな船が」

「ピンと来たか。私はアメリカ海軍に憧れて軍人になったんだ」

 時計に付けられた歯車を回しながら答える私に、彼女は一人高笑いを見せた。

「お主も夢やら憧れを持つのじゃな」

「持っていちゃおかしいか?」

「そうではない。ただちと意外だったからのう」

 口元を抑えながら笑いを見せるレラージェに、私も笑みを浮かべる。時計を確認していると遥か先から聞き覚えのある音響が微かに入る。

「何か聞こえぬか?」

 その存在に彼女も気がついていた。再び時計を確認する。針は昼を過ぎ太陽も天頂を通過していた。微かだった音響が徐々に大きさを増す。音の判別がついた頃には私達の目の前を音速でその物体は通過した。

 波しぶきと音速を超えたジェット機が放つソニックブーム。間違いない。レガシーホーネットだと私は肉眼で確認する。

「定時訓練か何かだな。しかしフロストとヴァルも綺麗に飛ぶな」

 低空をエルロンロールで通過していくレガシーホーネット。後に来る強烈な暴風に煽られながら、その勇士を私の目に刻み込む。

「わらわ達も飛びたいのう」

「飛んだら飛んだで気絶するだろう?」

「それは言うな。気恥ずかしい」

 彼女の靡く金髪を横目に彼方へ飛び去るレガシーホーネットを見つめ続ける。衝撃波で崩されたサンドアートの山を乗り越えるカニ。夏の風物詩と言える風景に私は水平線を見つめ続けた。

「さて。泳ぐか」

「泳ぐのは苦手じゃないのか?」

「泳ぎたいんだろ?」

 笑みで言葉を掛け渡すと、彼女は私の目から目線を逸らし頷く。海へと走り始めた私の後を追うレラージェ。

「お主はせっかちじゃのうウルフ」

 海水の抵抗が足の大半を埋め始め、次第に歩く速度が減速していく。体を横に向け、腕を大きく広げる。海水の塩分が口と目を覆い、多少の痛みを起すが耐えられるものだった。

 海岸線と平行に泳いでいると、再びレガシーホーネットのジェットエンジン音が現れ、海岸線の真上を通過する。

「まったくフロストは遊んでるな」

 衝撃波は海面に白波を形成し、沖へと私の体を押し出す。服の重みが体を海面へと引きずり落とそうとするがそれに抗うように体が浮く。

 レガシーホーネットのコックピットでは砂浜にいる二人の話題で持ちきりだった。まったく城の外へ出ようとしなかった魔王レラージェが、海岸線でしかも男と遊んでいるからだった。

「もぉー陛下だけズルいですよー」

「しょうがないですよイエーガーさん。私達一応定時訓練で飛んでいるんですから」

 音速飛行用のマスクに内蔵されたマイクが彼女らの声を広い、機内無線でやり取りを交わす。レーダーの反応に目を向けながら、フロストの低空飛行に付き合わされているヴァルキリーは、その行動一つ一つに一切動揺を見せない。それだけの戦場経験と精神力を持ち合わせた化け物だとフロストもここ数回の飛行で実感している。

「それより燃料。あと30分程度で切れますよ」

「それじゃぁ戻らないとねー」

「ちゃんと確認してくださいね。アフターバーナー噴かされたりなんかしたら海にドボン....」

 ヴァルキリーが言葉を止める。そのセリフに違和感を感じたフロストは後部座席の方向へ頭を向け、フロストへ言葉を掛けようとする。

「どうしたのぉー?」

「この反応。速度....ドラゴン!」

 そのヴァルキリーの言葉と同時に、フロストは操縦桿を手前へ引く。急激に上がった機首が機体を反転させ、それまで城の方向へ進んでいたレガシーホーネットがドラゴンの方向へと推力を上げていく。

「ちょっとフロスト! 今回は定時訓練ですよ!」

「だいじょーぶ。実戦慣れしたいだけだから」

「しょうがないですね。武装システムオールグリーン。機関砲、ミサイル、ECM、フレア問題ない。行けます!」

 再び音速を超えたレガシーホーネットがドラゴンとのヘッドオンを開始する。バイザーに映りこむ照準レティクルとドラゴンの全景。ミサイルのロックオンカーソルがドラゴンを捉えると、ヴァルキリーは発射ボタンの掛かる人差し指を動かした。

「フロスト。フォックスツー!」

「ヘッドオンだよぉー」

 終始ニッコリ笑顔を絶やさないフロスト。まさに戦場の化け物。緊迫しいつ死に直面するかわからない状況で笑顔を見せる。地上戦では敵の戦意にまで影響する危ない人格を見せつけていた。ミサイルに気がつき、魔力で形成した質量弾でミサイルへと攻撃を仕掛けるドラゴン。一瞬で砕けたミサイルはその場で黒煙を上げ、爆発を起す。

「ガウのタイミングは任せます」

「了解だよぉー」

 引き金へ人差し指を掛けた瞬間、彼女の表情が一変する。それまで笑顔を絶えず見せていた目が鋭く細くなり、ドラゴンを見つめ続けていた。

「ガウ!」

 人差し指が静かに押され、機首に設置された20mm機関砲が轟音と炎を挙げる。肉眼では捉えきれない大量の弾丸が放たれ、ドラゴンの目を潰しに掛かる。しかしその硬い鱗は並みの戦車とは比較にならない程、硬く密度の高い装甲を誇っていた。

「貫けないねぇー」

「旋回してきます! 180度後方!」

「行けるかなぁー。旋回は向こうの方が早いしー」

「グダグダ言ってると後ろ取られますよ!」

「はいはぁーい」

 操縦桿を右に倒し、機体を傾ける。機首を挙げようと操縦桿を手前に引くと機体は旋回を始めドラゴンと同じ動きを開始する。

「次こそ当てます! フォックスツー!」

 ロックカーソルがドラゴンを再び捉え、人差し指の発射ボタンを押し込む。翼のハードポイントに装着された空対空ミサイルが切り離され、入力された諸元のターゲットへ飛翔する。レガシーホーネットのコックピットから視認できるミサイルは一瞬の灯火。背中に設置されたブースターが音速の次元へ誘い、それまでこの世界では有り得ないはずだった誘導兵器が猛威を振るう。

「背後についたよぉー」

「どこか....どこかにあるドラゴンの弱点」

 機首下のカメラを駆使し、必死に探すヴァルキリー。赤外線カメラを使用するも鱗に包まれたドラゴンの体に露出した弱点などないと思われた。しかし彼女は赤い鱗の列が途切れている部分を発見する。それは赤外線やサーマルでは映らない微妙な切れ目。尾に隠れたそこはドラゴンが徐に動かすたび微かに露出する。

「見つけた。ガウの操作貰います!」

「どこぉー?」

 バイザーの照準レティクルが微妙に露出した鱗の隙間を捉える。その瞬間と同時に鳴り響く機関砲の回転。半押し状態で保ち続け、そのときが訪れるまでじっと待ち続ける。

 そして尾が大きく右に動いた瞬間、機首に設置された20mm機関砲が再び轟音を挙げた。20mmの砲弾がドラゴンの尾裏を正確に貫き、致命的な一撃を与える。

「やれる!」

 武装の切り替えスイッチを左翼ハードポイントのAGM-165ヘルファイアへ切り替え、レーザーの照射を開始する。元々空対地用に開発された対地ミサイルを、対空目標へ向けるなど無理な話だが、ヴァルキリーは確実に仕留めるための判断を下す。レーザーが再び現れた隙間へ刺し込み、その隙間へ鎖を繋ぐように捉える。

「とっとと落ちろ! 空の薄汚れた怪物!」

 発射ボタンが押されたと同時にヘルファイアミサイルがレーザーへ向かい飛翔を開始する。着弾と同時にドラゴンの尾が引きちぎれ赤く染まる血液が風防を染める。しかし音速を超えるレガシーホーネットはその血を強引に引き剥がす。

「ガウ!」

 再び兵装の切り替えスイッチを機関砲へ戻し、引き金を引く。赤い発射ボタンが橙の指に隠れると、機首のガトリング砲がドラゴンの露出した鱗内部へ直接攻撃を与える。傷口を医療用のメスでさらに抉るよう二人のパイロットは容赦なくドラゴンを追い詰める。噴き出す血液とドラゴンの肉片は、現代兵器の餌食となった何よりの証拠になっていた。

「サーマルに反応なし。終わりました」

「んー疲れたぁー。早く帰ってシャワー浴びたいよぉー」

 レガシーホーネットは海岸線を沿い、城の滑走路へと消えていった。海面から顔を出し戦闘の様子を止観していた私は魔族の学習能力に心底驚かされる。

「あの二人もやるようになったな」

 わ唐突な私の言葉が波音の中を縫うように広がった。岸まで戻り、レラージェの着替えを再び目にすると、私は城へ転送される。夕焼けに照らされるレラージェの一室からは山肌に隠れるそれが絶景になる。

「今日はどうするのじゃ?」

「どうするって....何がだ?」

「夜じゃ。作戦がないから久々に二人きりなのじゃ。何をするのじゃ?」

 何かを期待しているのか、彼女は私へ不敵な笑みを浮かべ言葉を待つ。しかし何も出ないことはわかっているだろう。レラージェへ私は今夜の予定について答える。

「別に何もしないが」

「久々に二人きりなのじゃよ。そうじゃ。この前持って帰ってきた迷い猫を呼ぶとしよう」

 また面倒なと私の心が叫びたがってるんだ。レラージェの言葉を待ち伏せていたかのように、メイド達がその少女をレラージェの元へ連れる。昔着ていたらしい服を着せ、人間なのかはたまた魔族なのかわからない幼女へと変貌していた。

「かわいいのう」

 それまで遠くから見つめていたレラージェは、幼女へ近づき抱きかかえる。表情が完全に固まり、急展開過ぎる事象にどこかついていけていない。抱きかかえながら頬へ指を当てるレラージェ。なんとか解そうと努力している。すると抱きかかえていた幼女がレラージェの加護を離れようともがく。

「どうしたんだ?」

 私が彼女へ近づくと、その幼女は私へしがみつき離れない。鼻の吸引音が耳に入ると、その少女が私の香りを嗅いでいる事に気づく。

「名前は?」

「クロウ」

「おうちは?」

「わからない」

 私の問いかけだけに応じる。名前はクロウ。しっかりと脳内のデータベースへ登録する。家などはわからない本物の迷子。

「そういえばなんで砂浜を走ってたんだ?」

「怖いおじさんたちが追ってきたから。なんか私に酷いことするんじゃないかって思って」

 あの状況からして彼女を必要に追いかけていたことは明白。しかしなぜ追われているのか。その理由がわからない。なんの利益にも繋がらないこの少女を追う理由。

「魔法は使える?」

 私の問いかけに首を縦に振る。すると腕をまっすぐ伸ばし空へ向け、魔法陣を展開する。青に輝いたそれは、空の天頂まで届き雲を発生させ、城の周辺に白い雪を降らした。膨大な魔力の使用に私の中で眠っていたナナシが声を上げる。

「ご主人ご主人! 大変だよ!」

「知っている。この子....何者なんだ」

 私はようやくクロウが追われていた理由に検討がつく。魔力の膨大な蓄積量とそれをいとも容易く放出する能力。抱きかかえた少女に恐ろしささえ感じる。

「ナナシ。少しいいか?」

「なにご主人?」

「あの魔法。私には到底元々備わった能力だとは思えない」

 魔法にはまだ私にも理解できないことがある。しかしここまで幼い子供がこれだけの魔法を操ることは不可能に近い。私はこの少女に施された何かへ近づいていた。

「ご主人がそう思うってことは私も同じかなー」

「だろうな。ただ雪は久々に見た。ドイツの山で訓練した以来白い雪なんて滅多に見れなかったからな」

 そんな現実とは裏腹に私の表情は和らいでいた。寒い夜は静かに進み、雪の舞う中私とレラージェ、クロウは共に同じ寝床へ入る。

「今日は冷える。三人で寝るほかないじゃろう?」

 レラージェはそう言葉で三人で寝る重要性を語る。私に意義はない。むしろ幼い少女が監視についてくれることで理性を保ち続けられる。私は二人の寝顔を見つめながら睡眠へと入っていった。

 そして翌日。雪の降り積もった城の周辺で私は寒冷地訓練を敢行しようと準備を進めていた。雪山での戦闘はどちらが長く集中力を保ち続け生き残れるかのサバイバルが7割を占める。実際に殺しあうのは大きな括りの3割だ。スキーとライフル、そして一式の装備を体に備え、部隊の一同は雪山への登山を開始した。

「さて。君達はまだ雪というものに親しみがないかも知れないが、ここでやっておけば損はない。今後寒冷地での戦闘が増えるかも知れないからな」

「ウルフー一ついいか?」

「なんだララーシェ」

 手を高らかに挙げ、私の言葉に質問を掛けるララーシェ。全員がこの魔王城暮らしなのは知っていた。しかし私は年齢を誤っていた。

「これもしかしてスキーか?」

「よく知ってるな。やったことあるのか?」

「そりゃもちろんだ! 百年前にな!」

 さりげなく私へ歳を伝える。もう慣れたと言ってもいい。魔族の寿命は永遠に近いのではないかと私も思うほど歳が遥かに離れている。

「雪も知ってたな」

「一応生まれたところはここら辺から離れた雪国だからな!」

 グットサインを出し、私へアピールするララーシェ。スキー板を履き器用に雪で覆われた路面を滑っていく。彼女に関しては問題ない。しかし問題は他だ。

「大丈夫かみんな?」

「ダメですよこれー」

「無理。滑れない」

「なんだいみっともない」

 ガイアは思いのほか滑れているものの、その他のメンバーは水の中へチンパンジーを放り込んだように雪の上で転倒する。

「っていうかなんでこんなことするんだよ」

 メイアの疑問を意味する言葉に私は即答する。

「雪国では偵察にスキーを使う。試しに雪で走ってみてくれ」

 私の言葉で履いていたスキー板を脱ぎ足を入れる。雪の路面は足を吸い寄せ、足を上げもう一度地面へ着地するまでにラグが生じる。掃除機と同等レベルの吸引力の中、走ることなど困難であることを彼女はこのときに実感する。

「私がいた世界に自衛隊という軍隊が存在した。北半球に位置するその軍隊は灼熱の熱帯地から北の寒冷地までを知り尽くしたプロの集団だ。その北部方面隊が愛用する用法間違いはない」

 その言葉を裏にララーシェは見事なすべりを見せる。雪の中で格闘戦などやらず逃げることに特化していれば良いが、彼女は唐突にスキー板での戦闘について考える。

「スキー板での格闘戦はやめろよ。雪の中では逃げるが勝ちだ」

「そんなこと言うなよウルフ。私はいつでも準備できてるんだ!」

「偵察中に殴りかかるバカがどこにいる? そうだろう?」

「言われてみれば....確かにそうだな!」

 やっとわかったか。時々ララーシェは天然のアホではないかと疑問になってくる。軍人にアリがちな探究心をそのまま魔族に埋め込んだある意味馬鹿野郎でもある。過去の私に照らし合わせられることが妙に引っかかる。

「さてまぁスキーに関してはそれぞれで好きにしてくれ。初めての雪だ。あとは自由に過ごしてくれ」

 スキー板を脱ぎ雪の路面を歩き始めた私は、背中に背負ったSCAR-Hアサルトライフルを担ぎ雪山へ消えていった。

「さて雪合戦でもするか!」

 ララーシェの言葉を最後に、私は彼女達の目が届かない場所へ移る。どこからか照準が私の頭へ向けられていることに感づくと、目を閉じナナシへ思考回路を通じ戦闘態勢を告げる。翼の展開と魔力の放出を最小限に抑えるべく、ギリギリまで抑える。そして背後に影を感じた瞬間、魔力で形成される羽広げ、7.62mmの弾丸へ加速術式を展開する。背後のサーベルへ向けドットサイトの照準を合わせるとサーベルへ向け、威力反動割り増しの矢を放つ。火花を散らし折れたサーベルは雪の路上へ刺さり鋭利だったものがただの棒へ変わる。

「スパイか」

 私の言葉に何も言わず格闘戦へと持ちかける。ライフルを背中へ収納し拳銃をホルスターから抜き応戦する。銃声は高らかに響き、その存在感を存分に周りへ知らしめる。9mmの弾丸がスパイの足へ着弾すると、ふらつきで雪のクッションへ倒れこむ。

 拳銃をホルスターへ収納し片手にナイフを持つ。首元に当てた左腕とナイフが周辺を探っていたスパイの男を恐怖へと誘う。

「さてなぜここにいる?」

「チッ」

「どうやらここをお前の血で染めたいようだな。望みどおりにしてやろうか?」

 ナイフの刃を皮膚へ当てると観念したのか脱力する。手に持っていた拘束具で手と脚を拘束し、翼を腕へ同化させる。

「ナナシ。殺さない程度で少し昇天させる」

「了解だよー」

 腹へ一撃、内臓を損傷させない程度に刺激を与え気絶させる。肩へ抱えた男をそのまま城へ持ち帰り、独房へとぶち込む。ジュネーブ条約....はこの世界で通用しないが、それと同等の扱いを行おうと努力する。

 目覚めればとりあえず拷問というのはお決まりだ。ナイフと拳銃を磨いておかなければと私は独房へぶち込み終え上層階へと戻る。その途中、銃声を聞きつけたララーシェが私へ慌てた表情で声を掛ける。

「ウルフ! 何があったんだ?」

「恐らくスパイだ。今独房にぶち込んだ。ララーシェに一つ頼みがある」

 私は耳へ口を近づけ言葉を放つ。もちろんその内容は誰にも聞かれないよう静かに話す。ララーシェが頷く素振りを見せたと同時に、私はその場を去った。裏切り者を炙りだす絶好の機会だと踏んでいたが、拷問にはトラウマがついていた。

「さて....お主に拷問はちと難しいじゃろうな」

「知って....て当然だよな。記憶をすべて網羅してるからな」

「当たり前じゃ。それで物は相談なのじゃが。わらわに拷問させてくれぬか?」

 笑みを浮かべながら話すレラージェ。危険かつ非情な手に乗らせたくなかったが、私は彼女に掛けてみることにした。

「わかった。本当はやらせたくないが....レラージェに任せる」

 壁へ寄りかかっていた彼女の体が離れ、静かに独房へと向かって歩き始めた。もちろんやることは一つ。その男から記憶を採取する。それが最も簡単な手法だと確信しているからだった。

 戦争の渦が激しく乱れ始め、私はその渦中にあることを酷く実感していた。裏切りなど二度と御免だったが炙りだし八つ裂きにする覚悟はあった。

 背中に背負ったSCAR-Hアサルトライフルが窓から太陽光を反射し、白く染められた景色は妙に明るく感じていた。この戦いを終わらせる。軽く口走った言葉が今になり、痛いほど私を突き刺す呪縛になっていたことは確かだった。ララーシェとレラージェへすべてを掛け、何事もなかったように私は他のメンバーへ振舞っていたのだった。

 

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