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言葉の戦争

 一夜掛けクロッシェットに行ったハンヴィー教習を終え、一通りの操作方法と使える技、車両のステータスを叩き込み夜明けを迎える。出撃は午後。仮眠をこれまたハンヴィーで行い、目を覚ますと太陽はすでに頂点へと達していた。

「クロッシェット。起きてるか?」

 彼女の乗り込むハンヴィーの扉を開け、生存と覚醒の確認を行う。シートへ横になっていた彼女を目線に捉えると、瞳を閉じどこか安心そうな表情でぐっすりしていた。

 起こすのも癪だ。どうせ寝ているなら適当に装備を拝借して、こいつの枕元に置いておこう。私はハンヴィーの扉を閉じ武器庫へと向かう。

 厳重に施錠されたここを訪れるのも何度目だろうか。鍵を一つ一つ開錠し、扉を開ける。ガンラックへ丁寧に立てられた凶器。人を一瞬にして肉片に変えるライフルは人の造りし混沌の塊。火薬の爆発的な化学エネルギーを利用して鉛の塊を弾き飛ばし、彼らは自らの進化を現す。ボルトアクション、ライフリング、ガス圧を利用した自動小銃。彼らは独自の進化を続け発展していき、醜く血生臭い戦場では愛すべき戦友、それ以外では憎まれ軽蔑される嫌われ者となっていった。

 武器庫へ集結する小隊メンバー。無線機、プレートキャリア、マガジン、弾薬。各自ライフルへ合わせた口径の弾薬を手渡しで渡す。セカンドウェポンのハンドガン、そしてライフル。

 彼女達一人一人に一丁一丁渡されるオートマチックライフルは、憎しみと軽蔑の孤独から解放され、新しい主へと服従する。

 タンカラーに装飾されたアサルトライフルSCAR-Lのマガジンへ5.56mmNATO弾を押し込めていく。M4カービンとの互換性がある弾薬、マガジンをポーチへと挿入し、メンバー全員を引き連れハンヴィーの元へと向かっていった。



 天頂を突破し墜落を開始した太陽が送る午後の陽気な日差し。その下で完全武装しハンヴィーの扉を開く小隊メンバーと私。後続の車両で熟睡中のクロッシェットを叩き起こし運転席へと入る。キーを差し込み捻ると燃料を満載したタンクからエンジンへ命の息吹を与えられ、エンジン内の燃焼と爆発が車体を小刻みに揺らし続ける。余裕の音を靡かせ、余力を車体に送り続けるハンヴィーは、動かせと言わんばかりに震え続ける。

「全員、搭乗したか?」

「こっちは問題ない。それより装備ありがとう」

「気にするな。発進する」

 右足の裏で黒い踏み込みスイッチを緩徐に踏み出すと、ハンヴィーはそれまで車内へ与え続けていた震えを止め、前進を開始する。その動作に車内の一同は、初めて体感する車という未知の乗り物に興味深々の様子。床を覗く者、動く景色をしきりに見つめる者、シートへ顔を擦り付ける者、後者は論外として私にも興味が理解できる気がした。

「なぁウルフ!」

「なんだ? 下ネタは運転中だから聞かないぞ」

「これ、気持ちいいな!」

 シートを指差しながらララーシェは体の隅々をそれへ擦り付ける。勿論のことながらと言えばいいのか、常軌を逸していると言えばいいのか、自分の性感帯でもその肌触りを確認する。


「なんでララーシェを助手席に乗せたんだろう。まったく助手されてないような気がする」

「なんか言ったか?」

「....なんでもない」

 呆れた言葉を残す私だが戦場では頼りにしている。近接戦闘術、格闘術を特殊部隊レベルの水準まで短期間で叩き上げた。射撃に関しては数打ちゃ当たる思考の人間機関砲だが、一度間合いを詰められたら最後、影すら留めないだろう。

 そんな凶器が私の横で品のない行為に及んでいた。誇りを持てと一言入れたいところだが逆効果だろう。前方の森を見つめながら、不規則にサイドミラーを覗く。

 クロッシェットの真剣な眼差しが私のハンヴィーへ向けられ離さない。舗装されていない道なき道を突き進み深い樹海へとハンヴィーは踏み入れていった。

「クロッシェットは大丈夫そうだな」

「あいつなら多分心配しなくても大丈夫だ」

 私の呟きに助手席のララーシェが応える。変なところで話に加わってくることは彼女らしいと言えばらしい。

「その多分ってのはどこから湧くんだ?」

「感だ!」

「そうか」

 流れる木々を横目に樹海の中を、徒歩行軍の数倍で走り続けるハンヴィー。揺れ続ける助手席のララーシェ。心地良い振動が彼女の眠気を誘い、瞳を閉じまいと頭を揺らす。首の動きが次第に限界を迎える眠気をカウントしていくと、数分後には彼女の瞳が完全に閉鎖し夢空間へと誘っていった。

 樹海の先から光が差し込み徒歩での行軍では数時間を要した道のりを約40分で抜ける。その先に現れる藁葺屋根の街並み。小規模ながら懸命に農作業する村人。私達のハンヴィーを目にした瞬間、大きく手を振り自分達の存在を示す。私達の与えた自由、恩恵。そのすべてが彼らの恩返しが行動に含まれていた。

 正門へ出向くと村人達がそこで待機していたのか、一度停車した瞬間扉が開く。

「すまない。通るだけ通らせてもらう」

「あいよ! 英雄さんのお通りだ! 道を開けな!」

 ハンヴィーの正面が一気に開ける。江戸時代の大名行列に遭遇した一般人のような勢いで全員が私達へ手を振る。パレードか何かの間違いなのではと私は、気分がいささかハイな彼らの道を通り抜ける。

「すまないな。忙しいときに」

「いいんだよ! 早くお行き!」

 サイドウィンドウを開き、農作業を中断していた中年の女性へ謝罪を入れる。しかしその女性は満面の笑みで私達を見送り、先ほどの位置の反対側へたどり着く。

「それじゃあ行きな! かわいい魔族ちゃんたち!」

 若い男性がそう言葉を掛け、門を開く。その横で私をじっと見つめる幼い少女二人。ハンヴィーから目を離さずいた少女達へ私は小さく手を振った。

「ウルフも人がいいんだな!」

「急に起きてきて驚かすな。軍人というのはそういう職業でもあるんだぞ。覚えておけ」

「わかった。開いたぞ」

 それまで眠気に打ち負かされていたララーシェが、瞳をこれまでかというほど開き私へ言葉を掛ける。まったく気が済むまで寝やがって。こっちはほとんど睡眠を取っていないんだぞ。そう心で呟く。

 ハンヴィーのアクセルを再び踏み込み、ゆったりと発進していく。ここからは未知の領域。私はもちろん他のメンバーも誰一人として足を踏み入れたことのない異次元世界。彼女達は流れる風景に息を呑む。見たことのない空、海岸線沿いに出れば海。内陸部に位置する城からでは山に遮られ視界にすら入らない大海原を、私は初めて目撃する。

「この世界にも蒼い海はあるんだな」

「私は結構見慣れてるぜ。昔よく入ってたからな」

「しょっぱいか?」

「よく知ってるなウルフ。塩も取れるんだぜ」

 ここは私の存在していた世界と何処となく似ていた。海には塩分が含まれ重力の概念が存在する。人と魔物、人種間の相違は存在するもののレラージェの言葉にしていた共存共栄は、手の届く距離にある。私はそう信じ行動する。

 ハンヴィーを海岸線沿いに進め、一度砂浜へと降り車を止める。無線機を起動させマイクのスイッチを入れる。

「総員降車」

「何かあったの?」

 クロッシェットの言葉に鼻で笑う私。疑問の尽きない彼女をサイドミラーで覗くのは実に気分がいい。私は無線機でその疑問に直接回答する。

「何かって? 君達は初めての海だろう。ちょっとばかり寄り道だ」

「時間。いいの?」

「問題ない。予定より4時間42分14秒早い。それにこいつにもそろそろ燃料を給油しないといけないし」

 ハンヴィーのブレーキを踏み込み無理のない停車をする。装備品を置き、扉を押し開けると漣の尽きない音響が鼓膜を刺激し音を聞かせる。背後の傾斜装甲部へ満載した化石燃料のタンクを砂浜へと下ろし、給油口を指で摘まむ。

 タンクと同封された給油ホースで繋ぎ、ハンヴィーへ給油を開始する。直向きに走り続けたハンヴィーもエンジンを切られた途端、震えを止め大人しく間食の時間を楽しんでいる。

「....しょっぱい」

「海水は塩分を含んでいる。塩だって取れる」

「....持って帰る」 

 ミーシャと会話を交えていると背中のポーチから、筒を取り出し海水の中へ沈める。それまで中を独占していた空気が、海水の浸水により行き場を失う。海水の表面から気泡が連続して浮かび上がり、それがなくなったと同時にミーシャは筒を海水から出した。

 蒼く壮大な海洋は、時に自分の悩みや想いを言葉に出す。ミーシャは遠い水平線を目に留めながら私へあの時の思想を言葉にする。

「あの時。悔しかった」

「狙撃の時か?」

「うん。教えてもらうことは全部やってた。訓練も積んだ。けど陛下に負けた」

「そうか」

「凄く悔しかった。どうして私は陛下に負けたのか。考えた」

「答えは出たか?」

「....わからない」

 目線を水平線から砂浜の地面へ向け声を止めるミーシャ。私は流れる漣を捉えながら砂浜へ座る。

 ミーシャの背中が小刻みに震え始め、呼吸する速度が荒れる。短い髪から覗ける小さな粒は砂浜を黒く染める。

「自信をなくして....私なんて必要ない。そう思ってる」

 後ろ向きな言葉を放つミーシャ。私は後ろから彼女の頭へ自分の手を置く。ネガティヴの拘束に捕らわれた彼女へ私はこう呟いた。

「必要ない....なんて私も誰も思ってなんかいない」

「え?」

「スナイパーはな。一番後方にいながらメンバーの数倍敵を排除する。精神的にも肉体的にも圧殺される。ミーシャは正直なところよくやっている。技量、精神力共にメンバーの中では突出している。だから気を落とすな。私は少なくとも必要だ。ミーシャの狙撃が」

 私は何事にも置き換えられなかったありのままの言葉を彼女へ伝える。ミーシャの溢れる涙は留まる事を知らない。しかし徐々に収まる荒れた息が、涙の量を抑制し精神的な混乱を落ち着けさせる。

 撫でた頭から手を外し、燃料補給の完了したハンヴィーへと足を向けた。

「行くぞミーシャ。お前は私に必要だ。だからこい」

「....わかった」

 何かで釣られるように彼女は私の背中を追った。砂浜で走り回るメンバー全員を集め、ハンヴィーへと乗せる。

「いいか。今回の交渉絶対成功させるぞ」

「あたりまえですウルフ様」

「様はいい。ウルフで」

 無線機から聞こえる賑やかな声とヴァウキリーの強い言葉が帰る。その決意を確認したと同時にハンヴィーを発進させようとした瞬間、無線機の賑やかな声が切迫する。

「ほ、方角11時に影です」

「総員警戒態勢。私とララーシェが向かう。後部車両のペンデと前部車両のミーシャはルーフから周囲警戒。残りはハンヴィーの後ろに隠れていろ」

「了解」

 エンジンキーを引き抜き、SCAR-Lを右肩に影へと近づいていく。ララーシェは暢気に口笛を吹きながら歩く。

「拳銃はしまっておけ。警戒されたら元もないから」

「了解だ」

 二丁のM9をホルスターへ押し込み近づく影へと私達も近づく。影の正体を光学スコープで目視していたミーシャが、無線を私へ飛ばす。

「影の正体。幼女」

「了解した。ありがとうミーシャ」

「別に」

 砂が足をしつこく掴み取りなかなか離さない。重たい足取りでその少女へ接近を試みると、こちらに気づいたのか少女は私達へ向け、全力疾走を開始した。そして微かな言葉を耳にする。

「何か言ってないか?」

「きっと私達へ挨拶しているんだ」

 その言葉を鮮明にするため更なる接近を試みる。微かな声が徐々に鮮明な言葉になると体が自然と動き始める。

「た....て」

「聞こえない。もっと大きい声で」

「たす....て」

「もっとだ」

「助けて!」

 耳の鼓膜が確かに助けを求める声を感知した。私は重たい足取りを構わず全力疾走を開始する。

「ララーシェ。あの子を保護する。やり方は人質救出、防衛と同じだ」

「了解したぞウルフ!」

 背後に危険がないことを念密に確認し少女へと近づく。軽装のララーシェは私を軽く追い抜き少女の元へと辿りつく。

「どうしたんだ?」

「追ってくるの。こわい人たちが」

 少女の言葉と指した先の方向にこちらへ向かう影が捉えられる。ララーシェはその場から離れ少女の安全確保を優先した。

「ララーシェどうした?」

「影だ。盾と大剣、それと魔法術士が数名」

「人か?」

「わからない。けど彼女を追ってきてる」

 ララーシェが離脱を続行している先に、複数の男。少女の影を見つけるとこちらへ向かい走り出す。

「その女から離れろ!」

「へ。離れろって言われて離れるアホがどこにいるか」

「貴様。魔族だな。やれ!」

 複数の魔法陣が展開され、ララーシェを取り囲む。その瞬間光学スコープの反射がこちらへ向き、同時に朱色のマズルフラッシュが輝く。弾丸がララーシェの真横を音速で通過し目の前の男を貫く。

「アブネーよミーシャ!」

「ごめん。けど次来る」

 ボルトを引き空薬莢を排出すると、スコープで次の目標を選定する。私もマウントへ装着した4倍スコープを右目で覗き、ララーシェへ迫る男達を排除していく。

「リローディング!」

「カバーする! 総員前進だよ!」

 ガイアの一声でハンヴィーの背後でじっとその瞬間を待ち望んでいた小隊メンバーが前進を開始する。

「ミーシャ! あいつを援護してやんな! 気の弱い譲はララーシェを!」

「了解」

「わ、わかりました!」

 M4カービンのマガジンを差し込み前進するメンバーへ指示を出すガイア。SCARから抜き取られた空のマガジンを腰に付けられたダンプポーチへ押し込みマグポーチから新しいマガジンを取り出す。

 口径5.56mm、銅被覆を纏った鉛の弾丸が背中についた炸薬と共にマガジンへ収められ、それを私は手で取りSCAR本体へ差し込む。ボルトリリースを専用のボタンで行い、マガジンから弾薬が薬室へと送り込まれる。

「ララーシェ。残り何mだ?」

「残り300。人抱えながらだとちょっと遅くなるぜ」

 少女を抱えながら全力で走るララーシェ。その横を弾丸の嵐が通過する。

「もう少しだ。ガイア! あれを使っていい」

「本当にいいのか!?」

「ああ。M32で焼いてやれ!」

 鼻を長くして待ち望んでいたガイアはスリングベルトで背中に収納していたM32グレネードランチャーを右腕で構える。

「距離400。弾頭、接触時期信管弾。ぶっ放すよ!」

 その言葉と同時に後方約50mから銃声とはまた別の空気音に似た音響が響く。真横を通り越した黄色い弾頭は男達の目の前へと着弾し、砂浜に埋まりこむ。地面との接触と共に爆発までの時限カウントが開始され、男達は目にしたことのないグレネードランチャーのモスカートを物ともせず突き進む。

 しかしそれが命取りになるとはこの時、誰も頭の片隅にすら置かなかった。時期信管が発動しモスカートの内部に仕込まれた高性能爆薬が炸裂する。黒煙と共に吐き出された赤黒い血と炎は、それまで何事もなかった男達を肉片へと変貌させた。

「次弾。距離250」

「撃て。ララーシェの後方25だ」

 ガイアの人差し指がトリガーを押し込み躍動すると、再びモスカートが高圧ガスの推進力で弾き飛ばされる。砂浜のクッションがモスカートを埋め込み、それは的確に撃ち込まれ作動する地雷のような役割を担っていた。

 そして爆発。炸裂したグレネード本体は破片を飛び散らせ、周りの男達にも危害を加える。その口径は一方的な猛攻を物ともせず男達が屈強に立ち向かう図その物だった。勇敢といえばそうだろうが、我々にとってはただの的でしかなかった。

「ララーシェ。大丈夫か?」

「大丈夫だ。それよりこの子早く収容しようぜ」

 そう促され私とララーシェはハンヴィーへと撤退していった。乗り込みキーを差し込むと機嫌を損ねたのか、エンジンが掛からない。

「クッソ。こんなときに!」

 ライフルの制圧射撃と共に下がり続ける小隊メンバー。私はキーを必死に回し続ける物のエンジンは掛からない。

「クロッシェット! ハンヴィーを横に出してくれ!」

「わかったけど何するの!?」

「エンジンが掛からない。だから掛ける。方法があるんだ」

 クロッシェットの後部車両が動き出し前部車両の横へ移動する。ハンヴィーのボンネットを開き、運転席横に積んでいたケーブルを繋げる。

「私の合図と同時にアクセルを踏んでくれ。全力じゃないくていい」

「わかった」

 クロッシェットへグットサインで合図を出しアクセルを踏み込んでもらう。その瞬間、キーを回すもののバッテリーがなかなかエンジン点火まで至らず不発に終わる。

「もう一回だ」

 同じ動作を繰り返しエンジンの起動を試みる。しかし機嫌を損ねたハンヴィーのご機嫌取りは楽なものじゃなかった。

「もう弾薬がやばいですー!」

「もう一回だクロッシェット」

「諦めましょう!」

「まだだ!」

 諦め切れない私がそこにはいた。キーを力強く回し起動を試みる。無数に迫る敵を目の前に私とクロッシェット無防備な状態で必死に起動を試みる。

「動いてくれ! お願いだ!」

 その声に同調するかのようにエンジンが唸りを上げ、起動する。まるで待たせたなと言わんばかりにエンジンを駆動させ、音響を上げる。

「掛かった」

「ケーブルを収納する。クロッシェット。しばらく援護に回ってくれ」

「わかった」

 車外へ飛び出し、二台を繋いでいた高圧ケーブルを引き抜く。ハンヴィーのボンネットを引き下げ完全にエンジンルームを密閉し、運転席へと乗り込んだ。

「総員搭乗! またせた」

「了解。この子は私の膝に乗せる」

 扉が次々と開きメンバーが乗り込む。全員が搭乗したことを目視で確認し、アクセルを踏み込むと砂浜を凄まじい勢いで加速する。

「逃げ切るぞ。ミーシャ、ペンデは車内に戻れ」

「わ、わかりました」

「りょうか」

 ミーシャの返事が途中で停止し、ライフルを再び構える。無線機のスイッチを切りイヤホンを耳から取り外すと、瞳を閉じ何かを感知しようとする。

「どうしたミーシャ」

「来る。後ろから」

 運転席からルーフで顔が隠れているミーシャへ肉声で質問を投げると、返ってきた声絵と同時にライフルのスコープを覗き込みボルトを引いた。そして小言で彼女は静かに呪文を唱える。

「荒野の戦場に我あり。神気受け入れし我は....ほこり高き魔族!」

 魔法陣がライフルの周りを囲うように展開され、引き金に掛かった彼女の指が躍動する。男達の追撃を目視で確認していたミーシャは砂浜を走行していたハンヴィーから高エネルギーのレーザー砲弾を放った。

 作用反作用の法則が、急激な推力を生み出しハンドルを横転しない程度に切る。クロッシェットの運転するハンヴィーを追い抜かすと蒼い可視レーザーの放射が止まり推力が収まる。レーザーはというと追撃にしようしていた馬の足元を掠め、錯乱を起し戦闘不能にまで陥っていた。逃げるが勝利とはこのことである。

 ふと一息つくとララーシェの膝に居座っていた少女が私の瞳をじっと見つめる。あそこまで窮地に立たされることもそう滅多にない。特にこの世界へ飛ばされてから私史上では初だ。

 ハンヴィーを海岸線沿いに走らせると次第に街の影が現れ始める。ポケットサイズに折りたたんだ地図を広げ位置情報を確認すると、交渉場所に指定した目的地と判明し、私達はそこへハンヴィーを向かわせた。

「さてと。私とヴァルキリーはここからだな」

「はい。それでどこで降りるんですか」

 近くの草陰にハンヴィーを停止させ、扉を開く。無線機には常にスイッチを入れ会話の内容がすべて送信できる設備に整えておく。

「ここからは私とヴァルキリーで行く。他のメンバーは待機。ミーシャとペンデは位置取りを頼む」

「了解」

「了解しました」

 彼女達特製草木に偽装するギリースーツをプレートキャリアの上から着用し、草むらと同化する。ライフルスコープにもカバーを被せ反射光を防ぐ。プレートキャリアーの内側には対剣用のプレートを二枚敷き、背中にはSCAR。拳銃もすぐ取れる位置にホルスターを仕込み街へと向かっていった。

 足が進むに連れ、この世界の人間はどんな生活様式を行っているのか。文明はどこまで進んでいるのか。徐々に溢れ出る興味や関心を抑え切れなくなっていた。周囲を取り囲む防壁の入り口、正門へとたどり着くと私達を待ち望んでいたのかなんの尋問もなく街の住人に通される。しかし私達を見るその目は軽蔑と怨念がこもっていた。

「あ、あの。私達なんか変に見られてませんか?」

「そりゃそうだ。10年前の事件で魔族は相当な悪意を買ってるはずなんだからな。これも圧政の仕業なのかそれとも教育の問題なのか」

 妙な視線を向けられる事は慣れていた。イラク、アフガニスタンでもこんな目線を向けられ、現地住民からは石が飛ぶ。最初はそうだった。しかしここからが本題。交渉を成立させ圧政の打倒を確実な物にすれば、彼らもこんな腐った支配の鎖から解き放たれる。

 そんな未来の希望を胸焦がれていると交渉場所の一角へたどり着く。そこは閑静な街の外れ。一件の喫茶店がある程度の寂れた裏路地。私はその扉をゆっくり開放した。

「いらっしゃいま。あっ」

「勇者様から話は聞いているかな?」

「はい。二階です」

 店員の女はなんとも息苦しい出迎えと急激に下がる声のトーン。裏路地でも軽蔑され、二階へと上がりながら彼女は視線を送る。こちらを監視し続けているのだろうか。軋む階段を上がり、そこで待っていたのは十人程度の集団。中央のテーブル席へ腰掛ける茶髪の剣術士がこちらへと目線を向け、言葉を発する。

「おやおや。やっと来ましたか」

「待たせたな。勇者さん殿」

 テーブルへと向かい座席へ腰を掛けると、目の前に座る勇者が店員を呼びつけ注文を送る。

「ああ君。紅茶のおかわりを頼むよ。そちらは何か貰いますか?」

「何もいらない。それより早速だが交渉を始めようじゃないか」

 話を本題へと移す私へ代表の勇者は遮るようにこんな提案を行う。

「その前に一つお互いに自己紹介をしましょう。私はカルクライン・モーメント。一応勇者をやっています」

「クライス・ウルフだ」

 互いに自己紹介を終えるとモーメントは出された紅茶を一口啜る。カップをソーサーへ置くとそれまで埋まっていた口で言葉を話す。

「さて。交渉ということでしたが一体魔族さん達がどんなことを私達へ要求するんですか?」

「単刀直入に言う。私達と協力しろ」

 私の言葉で周りの勇者達がざわつきを始める。交渉人のモーメントもその常軌を逸した要求に困惑した表情を見せながら言葉を放つ。

「いや。まさかあなた方からそういったものが要求されるとは....それで何をするんです?」

「君達の王を打倒する。圧政から君達人間を解放すると約束しよう」

「拒否したら?」

 拒否という単語に私は間を置く。それは私達を根絶し圧政の世へ留まることの表し。私は彼らへ向けていた目線を変える。銃口を向け照準器を覗くその目で彼らへ言い放つ。

「それならいい。君達を後々殺すことになる」

 一斉に勇者達は剣を引き抜き、私達へと向ける。SCARのセーフティーを外し銃口を勇者達へと構えた。

「さて。この数を二人の魔族....いや一人は元勇者でしたね。止められますか?」

「私達が二人だと思っているなら大きな勘違いだな」

 引き金の指が躍動しようとしたその瞬間、テラスへ繋がる窓ガラスが崩壊し勇者の一人が倒れこむ。肩へ風穴を開けられ流れ出る赤い血液が純白の壁を染める。私達は弾丸が次々と勇者達を襲っていく中、テラスへと移り転落防止用の柵へとラペリングのフックを掛ける。

「ヴァル。私に掴まっていろ」

「かしこまりました」

 彼女を抱きかかえロープを片手で掴み滑る。柔らかい土の感触が足全体を包み込むと彼女を離し、撤退を始める。

「走るぞ。ヴァルは先に行け」

「でもウルフは!?」

「あとで行く。とにかく撤退だ。急ぐぞ」

 店の扉から次々と現れる勇者達へ、私は5.56mmの鉛弾を浴びせていく。マガジン内が空になったと同時に、ヴァルの後を追うように走る。

「ナナシ! 戦闘態勢だ」

「ご主人待ってたよ!」

 背中から漆黒の腕が現れ重量が増す。魔力は使いたくなかった私だったが状況が状況。SCARのマガジンを差し込みボルトリリースを行うと、ナナシへ魔法陣展開の指示を送る。

「加速術式。弾丸本体だけに掛けてくれ」

「わかった。けどご主人の体、持つかわからないよ」

「構わない。やってくれ」

 深紅の魔法陣がSCARを包み込むと、引き金を引いた瞬間の反動が劇的に変化する。それまで音速を超えていた弾丸が更に加速を帯び、勇者達へと向かっていった。

「これまたなんとも言えないな」

「だから言ったじゃん。ご主人の体が持つかわからないって」

「大丈夫だ。そろそろ私も撤退しなければな」

 追撃する勇者へ弾丸を浴びせると、彼らも遠距離からの一方的な攻撃に恐れを生したのか、追撃を中断し私を追っていた大群は消え去った。

 気づけば正門に戻り、正面で出迎えていたのは二台のハンヴィーだった。ヴァルはすでに撤退を完了しハンヴィーの後部座席でぐったりと睡眠を取っている。ここまで運転した人物は誰だかわからないが私は先頭車両の運転席へと座った。

「ミーシャ、ペンデを回収後私達は撤退する」

「了解したぜ。それより交渉はどうなった?」

 ララーシェの疑問も無理ない。ここでじっと待機し数時間の間、彼女達は結果を知らない。無線はオープンにしていたはずだったが話をまったく聴いていなかった彼女は笑顔でこちらを見つめる。

「ああ。それが」

「交渉は決裂した」

 ギリースーツを被りっぱなしで乗り込んだミーシャがそう言葉を放った。その結末をララーシェは望んでいなかった。誰もが同じだ。しかし勇者側がやる気ならばこちらも。

「そうか....ならやるしかないってことだな」

「そうだ。総員今の話は聞いていたな。交渉は決裂した。よって私達は今より過酷な戦地へ出向くことになる。覚悟はあるか?」

 その愚問にメンバー全員が声を上げる。

「あたいはある。このメンバーに選出された時からそのつもりだよ」

「僕も同じ」

「わ、私も頑張ります!」

「同感」

「私もそうだ。な! ララーシェ」

 私へと目線を向けるララーシェも直接言葉を放つ。

「そうに決まってる。ウルフが行くところにはどこでもついて行くぞ!」

 確かな決意を確認した私は彼女達へ何も話す言葉はなかった。結成当初は右も左も理解できなかった彼女達が独自で成長した印。言葉にならない達成感と決意が湧き上がった。

「....本当に私は驚かされる。やるぞ。私達がこの戦争を終わらせる」

 その言葉が私の口から発せられ、ハンヴィーのアクセルを静かに踏んだ。交渉の決裂からこの戦争は泥沼へと陥って行ったのだった。


 




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