真実と戦争の行方
夜明け告げる朝の太陽。訓練用のジャージで城外を駆け抜ける私。珍しくその日は誰の姿もなく、毎朝眠そうなララーシェもいない。汗を拭い、腕時計のストップウォッチを停止しこの距離で要した時間を記録する。
この体になってからなんと言えばいいのか微妙なタイムの差が生まれていた。しかしなんとも言い難い体の変化に私は少々悩まされる。精霊といい、魔力といい、人間の科学はこんな現象すらもすべて科学という言葉で丸め込み魔法の存在を完全否定してきた。
この世界では科学そのものが存在しない。魔法で記憶の片隅から戦闘機すらも一瞬で生成出来る。そんな日常が当たり前のように私の目の前を過ぎ去っていた。
ここにほかのメンバーがいないのにはとある理由が存在する。メンバー全員がストライキを起こしたわけでも、風邪などの感染症に侵されたわけでもない。私が昨晩、ある王女にある願いをせがまれ急遽休暇を言い渡した。
「レラージェの奴。そろそろ起きるころだな」
時計の表示を確認し、足早に城内へと戻る。時の流れとは恐ろしく素早く、残酷にも私を置き去りにしていく。彼女が目覚めた瞬間、私の足元で漆黒の魔法陣が展開されあの部屋へと飛ばされる。
「お主。今日休暇じゃろう?」
「日課は休まない。時にそれが命取りになるからな」
「そうか。それでなんじゃが。今日はわらわと一日居てくれるのじゃろう?」
魔法陣へ吸い込まれると同時に目の前へ出現したレラージェが昨晩私へ呟いた願いを再び言葉にする。もちろんそれだけの理由で休暇を取ったわけではない....はずだ。
「昨日約束したからな。他のメンバーも連日の訓練で疲れが溜まっているはずだから。一日ぐらいの休みは取らせないと」
「そうか。ならいいんじゃ」
レラージェの呟きを耳にし用意されていた朝食を口へ運ぶ。すると起床してまだ間もなかった彼女が、突如として身に着けていた寝室着のボタンを外す。
「ちょっと待ってくれ。せめて何か隠すものを持って」
「なんじゃ? お主恥ずかしがっておるのか? かわいいのう」
不敵な笑みを表すレラージェに私は目線を向けられなかった。一度彼女のありのままを目にしていたはずだったのだが私には刺激が強すぎる。白い素肌に漆黒の翼。際立つ鋭利な歯。外見は普通の魔族と言うより吸血鬼に近い。私は恐る恐る彼女のプロフィールを聞き出そうとする。
「凄く失礼なんだが....レラージェはどんな魔族なんだ?」
「質問の意味がようわからん。どんなとは種族ということでいいのか?」
「ああ。それと....歳....も」
殺される覚悟で聞いた私へ彼女は声を出し高笑いを見せる。余程内容が馬鹿らしかったのか、彼女は包み隠さず話を始める。
「吸血鬼という部類に入るのかのう。それと歳じゃが....」
その合間に私は息を飲む。体はまだ幼い少女。その空白を破った一言が私の想像を絶していた。
「ざっと6000年は生きておるかの。人種がまだ言葉を話さなかった頃から魔族は存在している」
度肝を抜かれた。人間の比にならないその年齢に動揺を隠せなかった。しかしそこに違和感がない。イメージ通りと言えばいいのか動揺はしたもののその事実を呑み込める私がそこにはあった。
「....なんというか」
「なんじゃ? 申してみろ」
「イメージ通り....というか。その体変わらないんだな」
「そうじゃな。わらわの成長が止まったのは17の時か。そのくらいじゃな」
彼女の目線が私の瞳へ集中する。目線が交錯する中、扉の外側から声がする。ふと我に返り交錯していた目線が離れ扉へと向く。
「陛下ー入りますよ」
「入ってよいぞ」
扉が開かれ外で待機していたメイド服姿のラミアが部屋へと入室する。久しく見ていなかった命の恩人へ私は挨拶を交わす。
「久しくだ。ラミア」
「お、お久しぶりですクライス様」
「ウルフでいい」
彼女へ目を向けると、その仕草と手際に違和感を感じる。どこかぎこちないというか私の目線を彼女が感じとる度、体を震わせ内股で両手を擦る。
「どうした?」
「い、いえ。なんでも」
「そうじゃウルフ。外へ出ないか?」
「ああ。いいぞ。すまんなラミア。また後で」
部屋を訪れたラミアへこれ見よがしに私の腕へと巻きつくレラージェ。扉を閉め私はレラージェと共に城の廊下を歩く。
「レラージェ。さすがにここではまずいだろう」
「黙っておれ」
私の腕へしがみつきながら進んでいくレラージェ。なんとなく彼女の示していた独占欲が理解できるようになっていた。
「どうしたんだ? 急に」
「なんでもない。ただ....」
「ただ?」
「ウルフが他の者に目が行くことが少し嫌なのじゃ」
じゃあ私は部隊などでどこに目を向ければいいんですか? とまでは聞けなった。ここで何か付け足せば、彼女の逆鱗に触れると直感が囁き言葉を強制停止させた。
「そうか....ごめんな」
「いいのじゃ。最近まともに顔を合わせていなかったからのう」
「寝てるときいっつも見てるぞ。レラージェの愛らしい小さな寝顔を」
目線をレラージェへ合わせ言葉を呟く。彼女の目線は私を釘付けにし、頬をじっくりと確実に紅く染め上げていた。
「な、なにもでんぞ」
「求めてない」
笑顔で他愛のない会話を交わす私とレラージェ。あれからどれだけの月日が経っただろう。あの時、弾丸が内臓を貫く壮絶な苦痛を感じた瞬間から。そしてこの世界へ辿りつき再び戦場へ足を踏み入れた瞬間から。私はどれだけの期間を生き抜いただろう。彼女の紅い頬を見つめていると、醜くも恋しいあの世界を思い出す。
「どうしたのじゃ? ぼっとしておるが」
「なんでもない。ただ昔を思い出していた」
城の廊下にはそんな二人の会話と足音だけが響き、静寂へ微かな音響を残す。城の外へ足を踏み出した瞬間、微かな銃声が耳を揺らす。
「誰か訓練をしておるのか?」
「いや。今日は休暇を出したはず」
恐る恐る射撃演習場の方角へ足を向ける。静かに扉を開き中を覗くと、シューティングレンジの前で寝転がる魔族を私は視認する。
近くまで寄り肩を静かに叩き、その魔族を呼ぶ。
「今日は休暇を与えたはずだぞ。ミーシャ」
「一日でも撃たなければ腕が落ちる。そう言ったのウルフ」
「そうか。好きならいくらでもやっていいんだがな....休めるときに休めよ」
スコープを覗いていたミーシャと会話を交わす。これが休日の過ごし方なのだろうか。一日の自由とはなかなか使いどころがわからないものだ。彼女の正確な狙撃を目の前にレラージェは目を釘付けにする。
「お主凄いのう」
「過大評価。陛下の思っているほど....私は凄くない」
レラージェの賞賛は稀だというのにミーシャは自らの冷静さ、思考の理解が困難な表情を変えない。
「お主面白い。あとでわらわの部屋で話さないか?」
「....私と?」
「そうじゃ。お主以外に誰がおる」
また面倒にしつこい奴だレラージェは。そんなしつこいレラージェの誘いを嫌々受け取るのかと思うと彼女の表情が変わる。
「あ、あの。その。いいですよ」
頬が微妙に紅く染まりそれまで冷静だった表情が弛む。なんなんだこいつは。そしてこのやりとりは。私のとことん理解不能な会話と思考に、頭の処理が間に合わずにいた。
「そうじゃウルフ! せっかくじゃしわらわもライフルを撃ってみたい」
絶賛処理中の脳に変な刺激を与えないでくださいお願いします。私の耳に入る彼女の願いに私はそれまで処理していた彼女達の会話内容を放棄し、答えを出す。
「わかった。ちょっと待ってくれ」
彼女達をシューティングレンジへと置き去りにし、武器庫へと走った。兵舎に設置された武器庫を開きボルトアクションライフルM24、オートマチック拳銃M9、アサルトライフルM4とその他オプションパーツをライフルケースへ押し込みレンジへと戻る。
「待たせた。とりあえず武器庫にあるライフルと弾薬を適当に持ってきたぞ」
「ふむ。適当という割りに随分と選んでおるな」
ライフルケースへ手を掛けたレラージェはファスナーを開き、中に収められていたM24を取り出し付属されていたスコープを装着する。
「さて、お主の助言はいらぬ。一人で出来るからのう」
マガジンへ7.62mm弾を詰め込みライフル本体へ差し込むと、どこで覚えたのかライフルのボルトを引き、チャンバーへ弾薬を装填する。
「ターゲットは正面。距離750。手出しは無用じゃミーシャ」
「はい」
セーフティーレバーをFの位置へ押し込み、小さな人差し指をトリガーへと掛けスコープを右目で覗く。
「さてミーシャ。わらわは記憶を覗けるのじゃが、どこかの男がこんなことを申した」
「なに?」
「スナイパーと芸術家の共通点と言っておったのう。何かわかるか?」
どこかで聞き覚えのある言葉。この世界ではスナイパーという言葉はほとんど浸透していないはず。私はそこで口にするのもはばかられるとんでもない事実をレラージェに暴露させられた。
「わからない」
「ディテールじゃ」
「ディテール?」
「細部にこだわる。色の微妙な明るさ、違い。スナイパーはそれを識別できなければ死ぬとどこかの誰かが申しておったのじゃ」
その言葉を放つと、レラージェの小さな人差し指が躍動する。静かに引かれ始めたトリガーが、直結された撃鉄を起し続けあるポイントを境に撃鉄が元在った位置へと戻る。その瞬間、激突の正面で構えた弾薬の尻を叩く。刺激を受けた弾薬の炸薬が爆発的な力できっちりと填まっていた弾頭を押し出し、音速を超えた弾丸がバレルを通過し銃口から初めて外へと出る。大空の下、音速を超えた箱入り娘が数秒で標的の頭を射抜きそれまでの音速飛行が地面の制止で終わる。
「どこでライフルの扱い方を覚えた?」
「決まっておるじゃろ。お主の記憶じゃ」
やっぱりといえばいいのかあの気恥ずかしい言葉といい、ライフルの扱いといい。彼女はどこまで私の記憶を覗いたのか。まさか出生した瞬間からと思うと体が震える。彼女はボルトを引き、ボルトアクションのM24を撃ち続ける。その表情は人を簡単に殺めることの出来る恐怖ではなく、標的を的確に射抜くことを単純に楽しんでいる。
マガジンに込められた5発の7.62mm弾をすべて撃ちきり、チャンバーを露出させ中に弾薬が装填されていないことを直接目で確認する。
「オールクリア。ふむなかなかじゃな」
750m先の標的へ全弾命中、加えてその着弾位置がすべて誤差数ミリ。人の記憶で撃ち込んだとは思えない技術に言葉が出ない。
「どうしたのじゃウルフ。血相を変えて」
「それはそうだろう。レラージェがここまで完璧な狙撃を見せるからこうなる。魔王じゃなければ即部隊に入れていた」
彼女の対人狙撃能力は常軌を逸していた。人の視認できる距離を軽く超える距離から頭を正確に射抜く技術は賞賛に値する。
「お主は余程優れたスナイパーなんじゃな」
そうこれは私の記憶。私が元居た軍隊でも同じ現象を起した。それを彼女に再現させられた。目の前で繰り広げられた惨状を私は目の前にしレラージェの呟いた言葉に返答をする。
「そうでもない。人間の限界なんてものを超えたかっただけだ」
静かに呟いたその言葉は空薬莢の反響を縫うように二人の魔族へ届いた。M24をライフルケースへと収納するレラージェ。初めて見た姿とは思えない私とどこか奇妙な目線を送るミーシャ。交錯する視線を物ともせずライフルケースをレラージェは背負った。
「行くぞウルフ。わらわはもっと散歩したいのじゃ」
「ああ。ゆっくり休めよミーシャ」
「わかった」
背後のミーシャへ手を振り別れを告げる。シューティングレンジから足を踏み出した私とレラージェは特に目的もなく城中を歩いていた。
「お主の記憶は毎日見ていて飽きない。わらわをここまで楽しませてくれるとは」
「いつもどんな記憶を見ているかは聞かない。あまり詮索しないでくれよ」
「わかっておる。そうじゃ、お主はどうして死んだのか知っておるか?」
彼女はとことん人の話を聞かない。あまり詮索するなと言っただろう数秒前に。私はその正直答えたくもない質問に答える。
「撃たれた。ライフルで」
「....そうか。そう思っておるのじゃな」
「違う....のか?」
「そう思っておるならそうかもな」
彼女は私の死因を直接口にすることを躊躇った。あまりに言いがたかったことなのか。私にはその真相が伝えられない。
「違うなら言ってくれ。私は本当のことが知りたい」
「そうか....なら覚悟しておくれ。お主は....」
言葉との間隔に息を呑む。すべての記憶を司った彼女から発せられるその真実は、あまりに残酷で貪欲に塗れた醜い結末になっていた。
「味方に....同胞に殺された」
言い放ったその言葉が何を意味していたのか脳は確実に理解していた。しかし真実を呑み込むまでの処理で私の脳内では情報が錯綜し混乱していた。どうしてだ。私は部下に何か恨みを買っていたのか。理由の分からない殺害動機に私は困惑する。
「どういう」
「お主自身の記憶はないじゃろう。極限の苦痛に耐えていたのだからのう。じゃがお主の背後には一人同軍の奴がいた。腹を撃たれた直後、お主自身が名前を申しておったじゃろう」
誰なんだ。私を元居た醜い世界で殺した奴は。憎悪と激昂が沸く私へ彼女はその相手を静かに言葉にした。
「ナターシャとな」
私の憎悪と激昂が一気に沈黙し、疑問と悲哀が込み上がる。ナターシャが....生涯を共にしたあいつが....なぜ。私の脳内が処理落ち寸前まで加速し考えられる理由を思考する。しかし彼女は私と生涯共に歩むと誓っていた。聖書に書かれた誓約へ同意していた。それがなぜ。思考が複雑に絡み合い最終的な答えは導かれぬまま、哀しみ私は暮れた。戦場へ出るはずのない元の妻へ私は殺された。その現実が私には受け止めきれない悪夢だったのだ。
「....私は。なぜ」
小さく呟き膝から崩れ落ちる私をただ見つめ続けるレラージェ。真実を耳に瞳の涙腺が崩れ、涙が溢れ始める。
裏切られた屈辱に晒された私は静かに捨てた世界の元妻へ向け叫ぶ。
「なぜだァァァァァァァァァァァァ!」
廊下の沈黙を蹴破り付近を歩いていた誰もが私へ目線を向けた。何かを悟ったのかレラージェが私と共に魔法陣でテレポートを開始する。もちろん場所は一つ。プライバシーが絶対に侵されないレラージェの自室。私の悲痛な叫びを見つめどこか彼女の罪深さを感じたのか私へこんなことを呟き、私を抱きしめ慰めた。
「お主はもう十分向こうで尽くしたのじゃ。ナターシャがお主を裏切ったことは確かに辛い。じゃがそれでお主がこのまま何も知らずにただわらわの為に戦ってほしくはないのじゃ。だから」
強く受け止められた私はレラージェの加速する心拍数に安心を得る。彼女の放つ一言一言が私への道導になり、私を導いていった。
「お主はわらわが絶対に守る。お主もわらわを守ってくれ。これは他でもないわらわの頼みごとじゃ」
その言葉に私は頷く。彼女の小さくも暖かい胸にすべてを晒した。私は本当に弱い人間....魔族だと改めて自覚する。元妻の裏切りなどうでもいい。私はここで生きる今を見つめ続けることを静かに決意していた。
「お主は強い奴じゃ。こうしてわらわを飽きさせない強い男じゃ」
心の中を覗かれていたように私を慰める。私は強くなんてない。一人の女に裏切られる程弱い魔族だ。満足させられない。ナターシャもレラージェも。そうネガティブな思考を永遠繰り返した私へ彼女は刺激を与える。塞がった唇から冷たく甘い体液が浸食を開始する。悲しくも暖かい彼女の唇は私の思考を停止させ、初期化した。それまであったネガティブを私から取り除き、哀しき私の思考を打ち消した。
唇が静かに離れるとレラージェの口元が動き、声帯を震わせる。
「わかったじゃろ? お主は強いと」
「....ああ。すまなかったな。こんな私で」
「いいのじゃ。弱さを感じない奴に成長はない」
笑顔で呟いた彼女の言葉は私のストレージに強く刻まれた。何も告げずに落ちる太陽をレラージェの部屋から眺め、今宵も魔族の静かな夜が幕を明けたのだった。
時は過ぎ去りあれから数週間が経った。新兵として入隊したクロッシェットの訓練は彼女の高すぎる適応能力が期間を短縮させ、実戦への参加条件を超える成長を見せた。イエーガー、ヴァル共に訓練は順調に進み、実戦での調整のみ。戦闘機パイロットとしてはかなり短期間の習得で私も組んでいた予定をばっさり切り捨てた。
そんな私達へとある任務が入ろうとしてた。レラージェの呼び出しに参加した私は会議室的な場所へ集結していた各戦闘団のリーダーと顔を合わせる。
「ウルフ。久々だな」
「君かイグラス。あれから随分経った」
「あの時は助かった。それもウルフがここにいたからだ」
「礼には及ばない」
久しくその顔を拝んでいなかったイグラスへ挨拶を交わす。命を投げ捨てようとしてまでこの城を守った兵長だ。
「さてお主達。ここへ呼んだのは他でもない。わらわ達の今後の方針を採択する」
単刀直入に序盤から目的を晒したレラージェ。もう少し焦らしてもいいんじゃないか。私は彼女の話す方針という奴へ耳を傾ける。
「今後、わらわ達が人種と理解を得るために、今展開している勇者をすべて一掃することが重要じゃと考える。どうじゃ?」
そのあまりに曲がった方針に他の者は拍手を上げるものの私は異議を申し立てる。
「レラージェ。それでは勇者達との信頼は無理だ。私の案を言ってもいいか?」
「構わん。申せ」
「勇者を殺さず直接向こうの指導者を叩く。私達の部隊なら出来る」
「勇者達の護衛があっても....か?」
私はレラージェの質問に頷きで答える。すると彼女は高笑いを上げ私へこんな言葉を放った。
「ははは。面白いのう。つくづくお主はわらわを楽しませてくれる。どうやってそれを達成するのじゃ?」
「簡単だ。勇者に私達へ協力を申し出る。決裂すれば彼らを私は殺す。敵だからな」
私の言葉に納得の表情を見せるレラージェ。作戦の具体的な立案などは立っていない。しかし確かな確証があった。市民も勇者も圧政の中で生きている不自由な籠の鳥だと。レラージェはその提案を了承する。
「具体的なやり方はお主に任せる。ウルフは行って良いぞ」
「感謝する。私はこれで失礼する」
作戦行動の許可が出され会議室を後にする。真っ先に走った先はもちろん部隊メンバーの元。今後の展開を伝え作戦活動を立案するためだ。
射撃訓練を行っているメンバーと戦闘機の整備をしているメンバーを一箇所に招集し私が会話を始める。両手を背中で一斉に組み私の話へ耳を傾け始める。
「集まったな。私達の方針が決まった」
その言葉でざわつきを始めるメンバーだが、すぐに収まり息を呑む。私は先ほど話していた会議の内容を直接彼女達へ告げる。
「勇者達と交渉する。決裂したら皆殺し、成立すれば直接勇者達とその上を叩く。わかるな?」
「でも誰が交渉するんです? ウルフ様はすでに魔族に」
「簡単だ。私とヴァルが交渉の席に着く」
唯一コンタクトが取れるヴァルと私が交渉の席へと着く。他のメンバーには任せられない重要な任務だと彼女自身も察する。しかし私達二人では敵が大量の戦力投入を行った場合、対応が著しく遅れる。そこでスナイパーとしてミーシャ、ペンデを配置する。
「ミーシャ、ペンデはアウトレンジから敵の攻撃に備えてくれ。他のメンバーはペンデ、ミーシャの外郭で待機してくれ」
「了解。場所は」
「まだ未決定だ。だが前に勇者を攻撃した村の先に一つ街があることがわかった。ここも勇者さんたちが好き勝手にやってるらしいな。ヴァルにはそこでの交渉を持ちかけてもらう」
「私は大丈夫なんですけど、向こうが乗ってくれるかわかりませんよ」
「大丈夫だ。ヴァルのデータは調べさせてもらったがテンペスト級の魔法術士で戦死扱いになっている。初めて知った」
私は勝手ながらレラージェへ頼みこみ彼女の記憶を覗かせてもらった。戦死扱いというのは風の噂だ。そして彼女達は戦いを決意する。
「勇者の穴にでっけード玉をぶち込んでやろうぜ!」
「ララーシェ。もう少し恥というものをお前は持て。それとまだやりあうとは決まっていない」
手のひらを縦に彼女の頭へ打撃を軽く加える。解散させると彼女達は念入りに装備の確認と最終調整を行う。まだ出撃の日時も決まっていないというのに行動だけは早い。私は戦闘機の格納庫へと入りイエーガーへ調整の具合を聞く。
「どうだ調整は?」
「そうだねぇー。ミサイルは問題ないんだけどぉー位置情報がどうたらこうたらって毎回起動したときに出て大変なのよねぇー」
「そうか。位置情報の奴は気にしなくていい。衛星がないとどのみち使えない奴だから。それよりカメラはどうだ?」
「問題ないよぉー」
「そうか。ありがとう」
内部システムが位置情報の取得でエラーメッセージを発するが、今のこの環境では位置情報の取得など1000年掛かっても出来るはずないだろう。コックピットへと入り位置情報の取得を切る。
「一応エラーが出ないよう切っておいたぞ。それと次の任務。イエーガーには上空からの監視を頼みたいんだが」
「オッケーだよぉー」
承認されたことでいいのか。あまりに軽すぎる返事に困惑しながらも私は彼女へ背を向ける。手を振りこちらへ別れを告げる姿が後ろへ向けた目線から捉えられる。
格納庫から外へと踏み出すと射撃訓練が再開され次々と銃声が連続して鳴り響く。標的を射抜く金属の反響音が遠くからこだまし、着弾を知らせると次の弾丸がすでに放たれ連続して標的へと弾丸を着弾させる。一方的な狙撃がこれまで犯した勇者達への攻撃を思い出させる。フルオートの射撃音、空薬莢の響き、鳥が銃声を敵と認識し一斉に飛び立つ姿。あの世界と変わらない景色が目の前を染めていた。
銃声を耳に私はトレーニングルームへと向かう。ララーシェのナイフ術は私を凌ぐものとなりすでに敵わなくなっていた。青は藍より出でて藍よりも青しという言葉があるらしい。私は彼女を近接戦闘の怪物へと変貌させた。
「よぉーウルフ!」
「少しは女魔族らしくなれないのか?」
「魔族....か。私もやっぱりそうなんだな」
どこか不満そうな口調で言葉に私は引っかかる。傷つけるような単語だったかと内心不安しかない私に彼女は口を開いた。
「私は昔。魔族でいたことを後悔したんだ」
「どうしてだ?」
ここで話を広げるべきではなかったと私は深く後悔する。彼女から放たれた一言は私の過去なんかよりも凄まじく哀しき現実だった。
「私は....この戦争を引きこした魔族なんだ」
それまで微動だにしていなかった瞼が大きく開く。ララーシェは一体何を言っているのか理解できていなかった。しかしその過去を掘り下げていく度、彼女の口にした戦争を引き起こしたが理解できる。
「私は10年前まで奴隷だった。人種の王族に飼われていたペットとして生まれ、飼われた。だけどあの時、私は自由と引き換えに人種の村を襲った。そう命令された。逆らえば小さかった妹達が殺されるから私は....私は!」
さかのぼる時間と記憶と共に彼女の瞳から涙が溢れる。それまで強気を演じていた彼女らしくない涙だった。私は静かに彼女の頭を擦り、言葉を掛けた。
「そうか....だったらこの戦争を終わらせよう」
「え?」
「私とララーシェと皆の手で。この醜い戦争を終わらせよう。必ず」
私の途方へ向いている強い瞳にララーシェは強く頷く。戦争を終わらせる。そんな言葉で彼女の決意が定まり立ち上がると、ナイフを取り出し私へと向ける。
「私はウルフの部下だ! 仕事はきっちりするからな!」
「おいおい。さっきまでの欝はどうした?」
「私は切り替えが早いんだ! 気にするな!」
ナイフを手の平で回転させホルスターへと再び収納する。彼女の決意と共に時間は過ぎ煌々と地上を照らしていた太陽が静かに山陰へ沈みかけていた。
「そろそろ終了だな。全員に終了を伝えておいてくれないか?」
「まかせろ! じゃあなウルフ!」
トレーニングルームから走り出し射撃演習場へと向かったララーシェ。太陽と重なった後ろ姿が妙に輝いていた。
「あいつもでかくなったな」
そんな独り言を呟き、墜ち掛けた太陽を見つめ私はレラージェの部屋へと戻っていった。 戦争は重要な局面へと進み始め、時は同じくして進んでいった。方針決定から数週間。ヴァルのコンタクトと共に私達に告げられた出撃命令。レラージェの言葉を受け、私達は戦争の鍵を握る大役を背負った。
出撃数時間前。レラージェへと呼び出された私は真夜中一人城の庭へと赴いていた。
「なんだ。こんな夜中に」
「お主ら、またあの村を通っていくのじゃろう? それならわらわが手助けしてやろう」
テレポートかと思いきや彼女が展開した魔法陣は物質生成の魔法陣。ヘリか輸送機かと私は次に出るものを予想していた。
「お主の記憶には常に興味深いものがある。それで一つ地上を走るものを見てな」
「まさかとは思うが....」
戦車ですねわかります。と私の心が叫んでいる。しかしその予想は外れ、目の前に現れた車両。
「ハンヴィー?」
「お主達の世界ではそう呼んでおったな。二台用意すれば足りるじゃろう」
ハンヴィーが一瞬で生成され、目の前に堂々と置かれるが運転する人材がいない。私はそんな素朴な疑問をレラージェへ聞き出す。
「誰が運転するんだ?」
「私よ」
どこからか声が聞こえ、それと同時に声の正体が柱の影から姿を現す。深夜に呼び出した理由もここではっきり私は理解する。
「クロッシェット....そういうことか」
「わかったじゃろう?」
「一夜で運転を教えろってことか。いいだろう。乗ってくれ」
私は視界も得られぬ暗い真夜中、生成されたハンヴィーのエンジンを始動させクロッシェットを運転座席へ乗せた。
運命の歯車と共にハンヴィーの車輪も回りだし、私達の夜は静かに更けて行った。