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決意と成長

 静寂の夜明け。ベットから起き上がり訓練用ジャージを身に着ける。何も変わらぬいつも通りの朝。遠くに堂々と面構えを見せる山と森。この世界で見るのも聊か新鮮なガラス。そこから照りつける朝日は、赤みががったオレンジに染まっていた。

 無駄に巨大な二枚の扉を開くと、その行動を引き金に私の中で生活する精霊が目を覚ます。

「はぁー。起きた起きた」

「ナナシ。遅いぞ」

「むぅー。ご主人様の意地悪!」

 朝から不機嫌そうな顔で私の目の前を飛ぶ。昨日のクロッシェットが放った言葉。私はそれが未だ本心なのか疑いを掛けていた。しかし城門で待機する彼女の表情を目にした瞬間、その疑いを無へと消し去っていった。

「おはよう。ウルフ」

「クロッシェットか。それと....」

「私ですかぁ?」

 城門へ到着すると、クロッシェットと別の魔族。昨日目にした顔と合致したが、自己紹介など受けていないため、私の記憶にはない。私の目線でその要求を察したのかまだ正式に採用すると決めたわけでもないが、その魔族は自己紹介を始めた。

「イエーガー・フロストです。気軽にイエーガーって呼んで下さい」

 気軽な形で挨拶されたが、なんだろうこの調子を狂わされそうな感覚は。独特の口調に私の言葉が取り乱される。

「それじゃあ行くぞ。二人は先に走ってくれ」

「了解」

「はーい。がんばっちゃいますよぉー」

 戦闘用服に着替えて待機していた二人が同時にスタートを切る。第一コーナーを二人の魔族が抜けた直後、私は無慈悲な追撃を始める。

 いつも通りのランニング。第一コーナーを失速せず曲がり、彼女達の後姿を捉える。しかし私と同じペースを維持しているのか1000メートルという果てしない差は縮まない。そこで私が取った行動。それはランニングペースを上げること。体への負担は承知の上、私は極端な加速を始め体力の半分を削る。

「はぁ。はぁ。もうつかれちゃいますよぉー」

「大丈夫。早く行きなさい」

 クロッシェットがイエーガーの背中を推し進める。行動としては悪くない。だがこの状態でその行動に出ることは私に抜かれる危険を伴い、かつ自殺的行為に近かった。

「来るわよ。イエーガー早く!」

「分かってるけど胸がおもくてぇー」

「あんたねっ!」

 日本には火事場の馬鹿力という言葉があるらしい。緊迫した場面に直面した人間は、アドレナリンが分泌されそれまで自分にあった能力とは懸け離れた能力を引き出す事を意味する。それが今の彼女から引き出されたのか。それまで彼女を押し減速していた速度が急上昇し、私を掛け離した。

 そしてゴールを踏んだ彼女達と1分の差を置き、私の足がランニングのゴールを踏む。

「イエーガーはほんとにどうしようもないんだから!」

「ごめんねぇ。いつもいつも」

「これで第一関門はクリアよね?」

 私は何も文句なく頷く。人の助けを借りたとはいえ合格は合格。次の筋力試験でどこまで追い詰められるか私には想像がついていた。

 しかしその想像さえも彼女達は覆す。スタートと同時に疲労の色を一切見せず、彼女達は一回一回を刻み込む。その回数は留まる事を知らない。

 息が荒ぶり汗を額に滑らせながらも、彼女達は腕立て伏せ、腹筋、背筋と言った筋力トレーニングを続けた。すべての項目が終了し、私が言い渡す結果を待つ彼女達は、合格ラインに達していたことをすでに知っている。しかし独特の緊張感が表情を和らげることはなかった。

「二人ともよくやってくれた。合格だ。だが一つ別のコースに進んでもらう」

「どういうこと?」

「ああ。地上戦要員はすでに十分なんだ。だから君達には少し違うメンバーになってほしい」

 話と違い彼女達の不満そうな表情が露わになる。しかし私が案内した先で目にした兵器が彼女達の闘争本能を燻らせた。

「この先がこれから君達の武器になる。覚悟はできているか?」

「話は違うけど見るだけ見るわよ」

「私もぉー」

 シューティングレンジから繋がる長い階段を降り、鉄製の装甲扉を開くとそこに出現する空飛ぶ異世界の兵器。制空を支配し、空を支配する支配者を彼女達は目にする。

「これって」

「異世界の龍....と言えば話は早い。戦闘機F

F/Aー18 ホーネット。少し古いがこの世界では丁度いい戦闘機だ。二人にはこれの操縦と攻撃を学んで欲しい」

 機体を見つける二人の目がホーネット一点に集中する。コックピットを開放したままの戦闘機はあまり好みではないが、彼女達にはこれがなんなのかまだ知らない。

 機首に設置された20mmバルカン砲と翼のハードポイントに備えられた空対空、空対地ミサイル。セーフティーピンが刺さり、誤射のないよう完璧な管理が成されている。

「....これが異世界の」

「そうだ。乗ってみるか?」

「どれだけすごいのか見させて欲しいの」

 その答えを予測し、対Gスーツを用意していた私は彼女達を専用の更衣室へと向かわせる。スーツを用意していた私はコックピットから取り出しその場で着替える。

 二人は着替えを終えると、格納庫へと足を踏み出す。複座戦闘機の後部コックピットへクロッシェットを乗せ、私はミサイルのセーフティーピンを引き抜きコックピットへ乗り込んだ。

「ヘルメットを着けてくれ。それとマスクもな。そうしないと機内で通話できない」

「なんか緊張するわね」

「なんだ怖いのか?」

 そんなからかいに彼女は、尖った発言を私へ投げる。

「そんなんじゃないわよ!」

 予想通りの展開に私は声を高らかに上げ笑う。同時に風防を閉じ完全な密閉空間をコックピット内に作る。酸素の供給はマスクからされ必要な情報はヘルメットに投影される。

「エンジン始動。滑走路へ出るぞ」

 エンジンのタービンが回転を始め、この世界では耳にしなかったであろうジェットエンジンの鼓膜を刺激する激しい音響が格納庫を包み込む。

「フラップ、エルロン、エレベーター異常なし。滑走路へ出る」

 地下の格納庫から昇降機へ機体を載せ、滑走路へと上昇させる。何トンとある戦闘機をなんとも重そうに動かすその姿は、誰かに似ていた。しかし滑走路のコンクリートが目の前の風景へ様変わりすると、そんな思考はどこか遠くへ消え去っていた。

「離陸する。掴まれよ」

 スロットルを徐々に引き上げ排出ノズルから噴出す空圧を上昇させていく。それと同時に得られる推力は、この異世界の飛行魔法を遥かに凌駕し、それまでクロッシェットの体験していた世界観を変貌させる。

「重力の4倍は掛かっているな」

「どうしてまともに話せるのよ!」

「慣れてるからな。もっと掛けてやろうか?」

 座席の中で誰かが私を拘束するような感覚が4Gの中では起されるが、こんなのはまだ序の口。ジェット機で恐ろしいのはここからだと私は心で忠告するが、クロッシェットには決して通達しない。

「行くぞ。しっかり気を持てよ」

 操縦桿を手前へ引き上げ、機首を遥か彼方の大空へと向ける。重力という神に等しい地球の加護へ逆らい、私達は上昇を続ける。その代償は私達を離したくない重力の強化。掛かる重力は通常の数倍。限界高度直前でそれまで掛かっていた拘束から解き放たれ一瞬の安らぎが訪れるものの、アフターバーナーの強力な推力で高度計の針が何度も回転し限界高度15000メートルを超え速度を失うホーネット。

 ストール警報がコックピットを埋め尽くしそれまでの景色が一変する。地上へ向かうホーネットを再び重力で引き戻す。それまで大空を目指していた私達は、地球へ連れ戻されるように降下を始め、高度計の針も逆回転を始める。

 エアスピードはアフターバーナーの影響もありマッハ1を優に超え、それまで掛かっていた重力による呪縛が再び戻る。上昇を続けたホーネットはやがて機体を発光させ、膨大な熱を持ち始める。機体の状態が危険と判断し、機首を上げ水平飛行へと姿勢を変える。それまで掛かっていた重力から解き放たれ、まともに会話を交わせる程度に回復を見せる。

「こんな物に乗れって?」

「ああ。そうだ。無理だと言うなら地上部隊への配属も考えるが」

「無理に決まってるでしょう! それにこんな危険な物扱える奴はウルフしかいないわよ!」

 私にとって何処が危険なのか理由がわからない。むしろ空でただ地上支援するという安全な仕事だと私は思う。

「それで一つ聞きたいんだがこの世界に空を飛ぶ奴はいるのか?」

「そうね....ドラゴンとかたまに飛んでいるけど最近は見ないわね」

 対空兵装の参考程度になる貴重な情報を得る。参考データ程度にホーネットへと戦闘データの更新を開始する。しかしそんな最中、彼女がレーダー画面を覗き込み私へ報告を出す。

「なんか紅い三角が緑の三角に近づいてきてるけど....」

「確認する」

 データの入力を中断し、液晶画面へレーダーを映し出す。そこへ映っていた戦闘機と同じ速度で迫る紅いレティクル。丁度正面方向から近づくその飛翔体を真正面で視認する。

「あれは....」

「ここから逃げて! 早く!」

 クロッシェットの焦る叫びに私は一瞬、操縦桿左へ傾けるがその行動と同時にドラゴンの口元が蒼く発光していたことに気づく。

「あの発光」

「魔法よ! ドラゴンの攻撃は口から放たれる魔力弾よ。今すぐここから....」

 クロッシェットの言葉に、私はトリガー横のセレクターを空対空ミサイルへと切り替える。ヘルメットのディスプレイがドラゴンを完全に捉え、空対空ミサイルのシーカーが追尾を開始する。アクティブレーダー誘導のアムラームが機体の中間誘導を受信し、正面からドラゴンとすれ違う。

「よく見ていろよ」

 ヘッドオンと同時にミサイルのトリガーを押し込む。ハードポイントへ固定されたミサイルが切り離され、地上の引力に引かれ落下する。しかしそのコンマ数秒後、排気ノズルから吹き出した蒼白い固体燃料の燃焼光がコックピットの左舷に現れ、熱の壁を超えマッハ4の飛翔速度で正面から対峙するドラゴンへと向かっていく。

「クロッシェット。正面からエルロンロールで回避する。ドラゴンをじっと見つめていろよ!」

 操縦桿を左へ傾け続け、エルロンを左右対称に上下させる。右翼の揚力が増え機体は回転を始めドラゴンを正面で回避する。

 相対速度約1500キロ。キャノピーを凄まじい圧力が刺激し、音を発て悲鳴をあげる。クロッシェットが頭を必死に背後へと向け、ドラゴンを目視し続ける。

「左へ行った」

「旋回する」

「待って! もう一体来てる!」

 その報告と共にレーダーへ現れるもう一つの機影。熱源と姿のフォルム自体を完全に忍ばせ迫っていたもう一体が姿を現す。

「先に正面をやる。武装は扱えるか?」

「無理よ! 操作もまともに教わってないのに!」

「ならいい。背後の警戒だけしてくれ」

 冷静さを保ちつつ、ドラゴンの行動に神経を擦り減らし、クロッシェットへの言葉が荒くなる。私は背後のドラゴンを一切目にせず、目の前を煽るようにして飛ぶドラゴンへ照準を合わせる。

「ロックした。落ちろ!」

 操縦桿の武装セレクターを機銃へ動かし、赤いトリガーボタンを押し込む。機首のガトリング砲台が回転を始め、コックピットへ何かを強調するように弾丸を大量に放った。

「背後撃って来る!」

「了解した」

 翼へ向けた銃口と飛び出した弾丸が、ドラゴンの蒼い翼へ大量の風穴を開き苦痛からか表情が変わる。

 私達の迎撃を諦めたのか高度を落とし、深く掛かった雲へと身を隠した一体のドラゴン。私は背後へと目線を向け、ブレスを構えたドラゴンを視界に止める。その瞬間赤褐色のドラゴンから放たれた一撃が、私達の操るホーネットへ接近していた。

「....しっかり掴まれよ」

 小さく呟いた私は操縦桿を手前へ引き込み機首を果てしない空へ向ける。推力の供給を凌ぎ、機体は再び失速を開始し大空へ向けた機首が戻る。ドラゴンはその機動を予測できず私達の横をブレスと共に通過する。

「こいつはお返しだ! フォックススリー!」

 セレクターを親指でアムラームへ押し上げ、赤いトリガーを押し込む。コックピットから視認したミサイルの排気ノズルは蒼く光線を発し、赤褐色のドラゴンを一撃で仕留める。

「....落ちたな」

「ドラゴンを....やったの」

 目の前の光景に目を疑うクロッシェット。ドラゴン二体の撃墜がそこまで偉業なのか。私はこの世界の価値観をまだ理解していなかったことにこの後気づかされる。

 戦闘空域を離脱、そして魔王城横に設営された滑走路へ着陸。数時間ぶりに感じる地面を擦るランディングギアの感覚がどこか懐かしくなった。

 昇降機で機体を地下へと収納。無駄に広く生成されたこのスペースへ無造作に戦闘機を駐機させる私。風防が上がりコックピットから飛び降りる私だが、後部座席に乗り込んでいたクロッシェットは目に映った固定概念を覆す光景に瞬きすら起こさない。

「クロッシェット。ついたぞ」

「....えっ!? あっごめん」

 コックピットから慌てた表情を見せ飛び降りるクロッシェット。消費したミサイルの搭載は訓練が終了し行おうと頭の中で一日のスケジュールを練る。

「あの機体動かせるか?」

 脳内で激しく蠢くあの光景でクロッシェットは動くことすらままならない状態で、私が投げた質問に答えを出す。

「....ごめんなさい。私はやっぱり地面を踏んでいた方がいいかも」

「そうか....」

 半ば強引にパイロットを勧めた私だったが今更になり後悔を覚える。

「なら私がやってもいいですか?」

 足音が階段から響き、その中で声を上げる人種。私が治療し、返す場所のない人種が私達へ目線を向けそう言葉を呟いていた。

「ヴァルか。こいつに乗りたいのか?」

「はい。ダメ....ですか?」

 しばらく頭を抱える私。元は敵だった彼女にこの兵器へ搭乗させることに躊躇いがあった。まだ私は彼女を信用していない。頭を過ぎる思考結果が強引に言葉で脱走しようとしていた。

「イエーガー。君はどうする?」

「私は乗ってみようかなぁー」

「そうか。ならヴァルは後部座席のレーダー員になってくれ。武装は預けられない」

 その言葉が意味していたことを彼女は完全に理解する。遠回しのつもりだった私は今になり、その直接性に気づく。

「そう....ですか。やっぱり私....」

 紙の切れ端を繋ぐように言葉を途切らすヴァルキリー。すると彼女の目に浮かぶ涙が私の目には映っていた。

「なら....」

 顔を俯かせ体を震わせると、彼女は迷いを捨て私の信用を得ようとある要求を告げる。

「なら私も魔族に....ウルフ様と同じになります!」

 その発言に私は彼女の眼球をしっかりと見つめる。彼女が人間を捨てると言い放ったことに間違いはない。だがそれは自分のすべてを失う出会うはずのない選択肢。人生の歯車を一瞬にして逆回転させる恐ろしいツール。しかしそこに彼女の迷いはなかった。

「君を壊す選択肢....か。それでも君は。ヴァルは私達と戦いたいか?」

「信用がないのが悔しい。それで戦いから目を逸らされるのが一番嫌です。だから私は....人間をやめる覚悟だってあります!」

 眉間にしわを作り至近距離で会話しているとは思えない声量で話す。迷いを捨てすべてを捨てる覚悟をした彼女に、なぜか手のひらが頭へと乗った。

「そんな選択はしなくていい。ヴァルはそのままでいいんだ」

 ヴァルキリーの瞳が瞼で隠れその手を静かに受け止める。その表情を目にした私はイエーガーに言葉を掛ける。

「さっきのは撤回だ。二人とも操縦、レーダー、攻撃方法、戦術まできっちり叩き込んでやる。今日はゆっくり休んでいい」

 私は二人の新兵へ休息の指示を与え、クロッシェットを武器庫へと連れ出す。戦闘で体力を大幅に消耗したのか立ったまま眠気を催し目を瞑る。

「おーい。大丈夫か?」

 体を左右へ不規則に揺さぶり今にも倒れこみそうな様子を見せる。私は仕方ないのでラミアのいるあの部屋へ運ぶことにした。

「起きろーと言っても無駄か。あれだけの戦闘があったから疲れも出る」

 ラミアのいるあの部屋の扉を足で開け、ベットへと放り投げる。布団を被せ彼女の清々しい寝顔を頭に焼付け、私はメンバーの錬度を確認する為、射撃演習場へと向かっていった。

 城の廊下にも外で発砲する音響が小さく鼓動する。至近距離で聞いている私はなんの驚きもない。すれ違う魔族は皆私という未知の存在へ慣れ始めいつしか普通になりつつあった。私の居た世界であたりまえだった風景も今は懐かしい幻想。目の前に広がる平原は、それまで繰り返されていた城への総攻撃を微塵も感じさせない。火薬の炸裂音と閃光が加わり世界のバランスが崩れたあの日からどれくらい立ったのだろうか。天頂から墜落を始めた太陽が時間の経過と共に進む度、それまで生存出来る保障のない明日を期待する。廊下を歩き切り、草原に設置されたシューティングレンジへと顔を出すとそれに気づいたメンバーが一斉に振り向く。

「今日は終わりか?」

「ララーシェ早いぞ。それより全員へ報告がある」

「なんだ? あの二人の件か?」

「察しが早いなガイヤ。そうだ。クロッシェットを地上メンバー、ヴァルとフロストを航空機メンバーに加えた。詳しいことはまた話す。三人がいる中でな」

 ライフルをベルトで肩に掛け、休めの姿勢を続けながら聞き入れるメンバー全員。最初はフリーダム過ぎた彼女達にも規律という言葉が浸透している表しでもあった。

「私も訓練し直す頃合が来たと思ったからな。総員解散。続けろ」

 その一声だけでそれぞれが散り、独自の訓練メニューを開始する。ミーシャと肩を合わせ観測機を覗く。私の行動を物ともせず、予告なしにミーシャは引き金を引いた。標的は

2000メートル先の人型ターゲット。弾丸の着弾まで4秒。銃声が山並みにこだまし、大きな反響音を作り出すと鉄板の貫く鈍い音が小さく耳を刺激する。

「ヒットだ。次は私がやる」

「出来る?」

「わからん。だがこいつならやれる」

 武器庫から持ち出したスナイパーライフルチェイタックM200を地面へと設置する。マガジンを装着し、ボルトを捻り薬室へ弾薬を供給する。特大のスコープを装着したライフルの重量は約20キロ。40倍ズームのスコープを通した目線は2000メートル離れた標的を、まるでライフルの銃口へ標的がくっついているような錯覚を起させるほど接近し、レティクルが標的の頭を捉え離さない。

「それ。何?」

 ミーシャがスコープを指差し質問を私へ掛ける。しかしその姿も私の目線に映らない。引き金へ掛けた人差し指が小さく躍動すると薬室でその瞬間を待っていた弾薬がハンマーの刺激を受け、火薬を炸裂させる。.408チェイタック弾と言われる特殊弾が銃口から音を凌ぐ速度で射出される。それと同時に吐き出される火薬の余韻。閃光と大音響の中躍動した人差し指がトリガーの反発で元の位置へと帰る。

 スコープを覗いていたミーシャがチェイタック弾の結果を静かに待つ。着弾と同時に再び鈍い鉄板の悲鳴が響き渡ると、ターゲットを固定していた支柱が折れ曲がり宙へと舞い上がる。そのターゲットを肉眼で確認し私は隣のミーシャへ目を向けた。彼女の指が引き金を押し込み弾薬の火薬を炸裂させ、弾丸を舞い上がったターゲットへ直撃させ叩き落す。

「爪が甘い」

「オーバーキルだ。一度頭を撃てばいい。死体に撃つだけ無駄だな」

 拳のサインへ拳を合わせると彼女の無表情が小さな笑みへ変化する。2000メートルの長距離狙撃を完璧に習得した彼女はその後も弾丸を標的へ直撃させ続ける。まるで銃口と標的にケーブルが繋がりそこを弾丸が通るように狙った部位を潰す。

 そんな様子を眺めつつ、隣で撃ち込んでいたペンデへと目線を向けると戸惑いを見せながらもヘカートをモノにしていた。

「よく出来ているな。筋がいい」

「あ、ありがとうございます」

 褒めれば喜び無理を言えば困惑する純粋で何も知らない。その少女が武器を持ち戦場へと出る。現代世界でそれをやれば上官から真っ先クビを言い渡されるがここでは問題ない....らしい。

 肩を適度に叩き、これからの成長を期待する。その合図が重かったのかボルトを引き忘れたまま引き金を引く。

「わわわ。どうしっちゃったんですか?」

 慌ててボルトを引くと炸薬の切れた薬莢が飛び出し金属音を放つ。背中で聞いていた私は思わず声を出し笑う。

「わ、笑わないでくださいよー」

 背後へ向け手を振ると彼女の恥じらいを隠そうとする声が耳を響かせる。足を進めCQBのエリアへ踏み出すと、呼吸の合わさった三人が複雑に入り組んだベニヤ板の偽装ビルを迷いなく進む。もちろんフィールド各地に罠を大量に細工済み。突入してから最初の洗礼はスモーク。魔法使用禁止のここでどう切り抜けるか見物だ。

「IR。先に進むぞ」

 スモークを回避する唯一の手段。白黒の熱源探知機を内蔵したゴーグルで中身を捜索する。その画面で爆薬のレーザーなどが視認可能な為、一つ一つ丁寧に破壊していく。

「フラッシュ。行くぞ」

 ガイア、ルーネが左に、メイアが右につき扉の開放と同時にフラッシュバンを部屋の中へと投擲する。床との接触と同時に強烈な音響が鼓膜を破壊せんと言わんばかりに刺激する。目線を奪われた中の兵士に見立てた標的を射抜き訓練は一通り終了する。

「なかなか完成度は上がっているな。だが声を出すと位置がバレる。IRなどは個人が独自の判断で装着しろよ」

「わかったよ」

 ルーネの言葉に私は頷き、もう一人のメンバーの元へ足が進んでいた。言わずとも彼女は私がそこへ向かっていることに感づいていた。

「待ってたぜ」

「待たせた悪かったララーシェ。射撃から離れた気分はどうだ?」

「上々だ。それより」

 トレーニングルームへ足を踏み入れると、サンドバック相手にひたすら拳を打ち込み続けるララーシェの姿があった。一旦中断した彼女は私へ向け、手招きをする。

「わかっている。手加減はなしだ」

 体の姿勢を低くし、彼女へと構える私は鋭い目線で正面にいる敵を見つめる。

 互いに目線を交差させ相手の動きを読み合う。ダミーナイフを静かにホルスターから抜き、殺気を纏った体を私は大きく前進させた。

 右手に持ったその凶器を彼女の白い首に通った大動脈へ刃先を向ける。鋭器を目の前に彼女は私の右手を押し上げ、ダミーナイフのコースを強制的に偏向させ、私の腹部へナイフを向ける。直撃コースで向かっているナイフを体の反応だけで対処し、最適な回避行動を直感だけで選択する。無駄な思考は死を招くと上官に厳しく指導されている事を今になり思い出す。

 私の腹部を刺すはずだったナイフが空を切りコースを遮られたナイフを右手から離す。自然落下に入ったナイフを左手で受け止め、彼女の首筋へ刃先を立てた。

「さてどうする?」

「簡単だぜ!」

 私の疑問に行動で回答を示すララーシェ。力で私から距離を離し、ダミーナイフを忍者が使用するクナイのように投げる。空を切った右手から放たれたララーシェのナイフを左手に持ったナイフで叩き落とし、それまで受け気味だった足を踏み込みララーシェへと向かい駆ける。

 たがここで私はある懸念が頭の片隅から湧き出る。特殊部隊は如何なる状況でも戦闘を継続する。そのため自分の弾薬、武装は常に並みの兵士を超えると言われていた。距離を寸前まで詰め、ナイフを首の大動脈へ刺し込ませようとした私に微笑を浮かべるララーシェ。彼女は背中のベルトへ隠したダミーナイフを右手で抜き取りそのまま倒れ込んだ。

 引き下がろうと加速した足を踏みとどまらせるが、すでにその行動は遅れていた。彼女へ向けたナイフと私の体が同時に倒れこみ、腹部のダミーナイフが折れる感触を味わう。

「....どうだ今の?」

 私は奇想天外かつ予測不可能な攻撃に動揺が沈黙を引き起こす。

「なんだ? 私とこんなに近づいて緊張してるのか?」

 その言葉で私の沈黙は破られる。そんなはずは微塵もないからだ。

「動揺しているだけだ。だがそれをどこで覚えた?」

「考えたのさ。圧倒的不利に立たされた時の賭けって奴をな」

 戦況を見た百人がそう言うように圧倒的な優位に立っていた私。しかし彼女は首筋の皮膚へナイフを突き立てられようとも機を伺っていた。首筋からナイフを外し、行動を開始した時からすべて予測されていた。ナイフを投擲しそれを私が叩き落とすこと、そこから距離を詰め私が無防備に見せかけた彼女へ迫る事もすべて。

「一本取られた。だがそれは最後まで取っておけよ」

「当たり前だ! そんなにヤワじゃないからな私は!」

 高笑いを見せ自信を示すララーシェ。彼女は何も問題がないような仕草で振る舞うが、後に私は彼女の壮絶な過ちを知ってしまう。それまでのララーシェという固定概念を崩す真実に私は足を踏み入れていた。

 それぞれが兵舎へ戻る頃、私はトレーニングルームを後にしいつも通りレラージェの部屋へ飛ばされると、いつもと変わらぬ日常が戻った。

 傾いた太陽が山陰へ姿を消し、光がろうそくの朱色に染まる。今宵も魔族達の夜が始まったのだった。

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